第74話 双頭龍の記憶
「(それでは、行こうか、主様! 我が、知識の迷宮に……)」
エルがそう言うと、俺の意識は「
※
ここがエルの精神世界か。ここに無数の扉が存在していた。そのひとつひとつから、エルの記憶が想起される。
数百年。人が経験すれば、発狂してしまうだろう世界に幽閉された双頭龍としての記憶。邪龍への最後の対抗手段として、封印されている時、彼らは一体を何を考えたのだろうか。
ダンジョンの奥深くで、いつ来るかもわからない救世主を待っているだけの生活。我こそはと思う冒険者が無謀にも双頭龍に挑み炎に溶かされていく姿。
それが何度もフラッシュバックしていく。
エル、お前はこんなに苦しかったんだな。そして、彼の記憶は原始のものになっていく。そこにいたのは、ひとりの女性だった。
その女性は、魔術師の装いで、邪龍と戦っていた。傍らには、もうひとり護衛の男がいる。
驚くことに、彼女は魔法を使う際にほとんど時間を使っていない。双頭龍たちも、彼女と協力して邪龍を追いこんでいる。
彼女の魔力は絶大なもののようだ。ただ、傍観者として見ていることしかできない俺でもよく分かる。
ひとりの男も邪龍に接近戦を挑んでいる。ふたりは相当な手練れ。もしかすると、ニコライすらも上回る可能性があるほど、みごとな戦い方だった。
光の魔術こそ使えないだろうが、それが無くてもふたりは互角に邪龍と戦っている。
男女は見事に戦い、邪龍を火山の火口へと突き落とす。
女魔導士は、極大封印魔法を用いて、邪龍をマグマの中に封じこめる。
そして、力を失い倒れこんだ。
「「マスター!!」」
双頭龍は、倒れこんだ女性に近づく。男は、泣いていた。
「もうダメね、さすがに力を使いすぎたわ」
女性はそう言って笑う。
「エル、あなたには、私の知識と邪龍を完全に滅ぼすための力を与えるわ。私に、できなかったことを、お願いするわね。無詠唱魔法の奥義と、あなたたちの体を伝説の武具にすることができる秘術、無駄にしないでね?」
「「はい、マスター!」」
双頭龍は泣いていた。
「愛しているわ、あなた……」
ふたりは恋人なのだろうか。なんとなく、俺とナターシャを重ね合わせてしまう。
男が、最後に何を言ったかは、わからなかった。
※
また別の部屋の扉が開いた。
そこにはエルがいた。
「さっきのは、初代のお前の主様との思い出か?」
エルは無言でうなずいた。
「ありがとう、教えてくれて」
俺がそう言うと、エルは優しく笑った。
「(よかった、主様は、資格を得たようですね)」
「資格?」
「(資格がなければ、さっきの記憶は見ることはできません。あなたは、我が初代の主であるソーニャ様に選ばれた。もう、あなたには、彼女の秘術が使えるはずです)
「それは、つまり……」
「(そう、彼女しか使うことができない秘術"無詠唱魔法"です。さあ、帰りましょう。ふたりがあなた様を呼んでいる)」
「エル、本当にありがとうな。お前の大事な思い出を、俺に教えてくれて……」
「(主様たちを見ていると、どうしてだか、幸せだった頃を思い出すんですよ。それに、私も見てみたいんだよ。あなたたちが誓った夢の先を、ね)」
エルは、少しだけ涙ぐみながら続ける。
「(主様たちは、伝説級冒険者になるのでしょう?)」と……
※
エルの知識の迷宮を抜けた俺の目の前に、ブオナパルテが迫っていた。
長い間、夢を見ていたはずなのに、実際は一瞬だった。
「(さあ、今こそ秘術を放つ時です)」
エルはそう言って、俺を現実に戻した。
ブオナパルテが俺の攻撃を避けることができないギリギリの間合いに、誘導する……
※
ブオナパルテのナイフが俺の顔に迫る。しかし、こいつは俺が無詠唱魔法が使えるとは気がついていない。ならば、この接近は逆にチャンスだ。
俺は、右手に剣を持ちながらカウンターの構えをする。もちろん、ブオナパルテもそれはわかっているはず。だからこそ、このカウンターの構えは陽動になる。
あいつとしては、魔力が飛んでくるとは思っていない。剣によるカウンターだけしか、あいつの頭にはない。魔力攻撃による奇襲は最高の効果を発揮する。
無詠唱魔法なんて、隠し玉があるなんて思っていないはず。俺の横には、ナターシャがいる。彼女がいれば、多少の毒攻撃はもらっても回復してくれる。ならば、ナイフ攻撃は怖くない。俺は、カウンターを仕掛ける構えだけを見せて、ブオナパルテのナイフを受け入れた。
「ぐっ」
「先輩!!」
「アレク!!!」
さすがに強烈な痛みだ。だが、ナイフが俺の腕に刺さったことで、一瞬ブオナパルテの動きを拘束することができる。
ふたりに心配をかけて本当にすまないが……
その瞬間が俺が待っていた最大のチャンス。中級魔法を無詠唱で発動し、俺は魔術で作りだした火球を大盗賊の顔面に叩きつける。
「ウオオオォォォオオオオ」
ブオナパルテの不気味な悲鳴がこだました。
さすがの大盗賊も、無防備で中級火球魔法を顔面に受けては、我慢することはできない。一時的に、視力も奪うことができたはずだ。
続けて、俺の蹴りが、火傷を負った大盗賊の顔面にクリーンヒットする。完全に決まった。この2つのダメージを負えば、どんなS級冒険だって、継戦能力を完全に奪うことができる。
こいつは、ナターシャの親友の仇だ。だからこそ、しっかりとした裁判の場に引きずり出さなくてはいけない。そうしなければ、こいつにやられた犠牲者はうかばれない。
俺は倒れ込んでイモムシのように、苦しんでいる大盗賊を捕縛するために、手足を凍結魔法で封じ込める。
「なぜだ、なぜ、詠唱もなく魔術が撃てるんだァ!!!!」
大盗賊はやっとまともに声が出せるようになったようだ。
「そんなことを、お前に言う義理はない。言いたいことがあったら法廷で言え」
俺は、捕縛したブオナパルテに見下ろして言う。
「いやだ、俺はそんなところに行きたくない。どうして、俺が愚民たちに裁かれなければいけないんだ? お前たちは能力がない。だから、俺はお前たちを従えることができる。なのに、お前たちは俺を裏切った。だから、復讐するんだ。俺には、その資格がある」
「おまえは選ばれた者だから、選ばれなかった人を守らなければいけなかったんだろ。どうして、そんな簡単なことが分からないんだ?」
「違う、選ばれなかった者は、選ばれた者の奴隷だ。奴隷を俺がどう使っても問題ないだろ? だから、俺は間違っていない。間違っているのは、お前たちだ。俺とエレンは誓っている。選ばれた者たちの楽園をこの世界に作るってな! しょせん、お前は選ばれなかった者の代務者にすぎないんだよォ。せいぜい、英雄でも気取ってやがれ。俺たちの革命が成功すれば、お前たちは断頭台に送られる。それまで、チヤホヤされればいいだろう! この偽善者がァ」
動かない体と、酷いやけどを負った顔で、こいつは演説を続けた。
「先輩、いま、回復を……」
ナターシャが怒りに震えながらも、俺の治療をしてくれる。ボリスの傷はもう治癒したようだった。
どうして、がんばっていたナターシャや友だちがこんな下道に襲われなくてはいかなかったんだろうな。偶然だとはわかるが、それでもやり切れない。
「ありがとうございました、先輩。これで彼女も少しは報われたはずです」
「無理するなよ、ナターシャ」
「帰ったら、いっぱい泣きますよ」
そう言って、必死に我慢を続ける彼女が痛々しい。
だが、俺たちにも時間はなかった。早く、エレンたちを捕まえなくてはいけない。あんな危険思想を持った女を自由にしていては、今後世界にどんな悪影響を及ぼすかわかったもんじゃない。
「おい、ブオナパルテ! エレンとニコライはどこに行った!! 教えろ!」
俺は、魔力をともした左手をブオナパルテに向ける。
「おまえたちに教える義理はない。それに、お前たちはここで死ぬ。俺は、愚民の見世物になるくらいなら、死を選んでやるからな!!!」
大盗賊は不敵に笑った後、腹の当たりが光りだした。まさか、体に魔力地雷をしかけているのか?
自爆!!
俺は、慌ててダブルマジックで魔力爆発を抑え込む。その瞬間、俺の意識は途切れた。
※
「ここは?」
「目が覚めたのか、アレク!」
「よかった、ほんとうによかった!」
次に目が覚めた時、俺は病院にいた。ナターシャとボリスが、心配そうに俺を看病してくれていた。
どうやら、俺は爆発を抑え込んだせいで、意識を失ってここに運び込まれたようだ。
「あいつらはどうなった?」
「ブオナパルテは体も残らないくらい大きなクレーターになっていました。私たちも先輩が守ってくれなければ、大けがをしていたと思います」
「ふたりは怪我がないんだな、よかった!」
俺は残念ながら、少し入院が必要らしいが、ふたりに大きな怪我がなかっただけ、本当に良かった。
「でも、あの自爆のせいで、ニコライとエレンには逃げられてしまいました。ギルドの陸上封鎖は、残念ながら突破されてしまいましたし」
「ふたりの行方は?」
「わかりません」
「そうか……」
俺は、敗北感に包まれながら、ニコライを救えなかったことを悔やんだ。
※
―ブオナパルテ―
「なんとか、まいたな」
俺は自爆に見せかけた爆発で、手足の拘束をなんとか吹き飛ばし、逃亡している。
顔の火傷と爆発の衝撃によって、重いダメージを負った腹部に絶望的な痛みが走る。あの愚民どももさすがに無傷とはいかないはずだ。
今のうちにエレンと合流しなくてはいけない。早く治癒魔法を受けなくては、本当にやばい。
左目は完全にやられた。何とか生きている右目を頼りに、森を駆け抜ける。
もうすぐ合流ポイントだ。早く、早く逃げなくては……
この屈辱は、あとで倍にして返さなくてはいけない。その復讐心だけが、俺を突き動かしていた。
「逃がすわけがないじゃろ~! やっと、会えたな、ブオナパルテ!」
その懐かしい声を聞いた瞬間、俺は地面に倒れていた。
何が起きたかはわからない。だが、後ろを振り向くと、俺の右手は空中を舞っていた。
間違いなく攻撃された。元S級冒険者の俺が、一撃で利き手を失うほどの攻撃が一瞬で……
こんなことができる奴は、ひとりしかいない。
森の闇から、ひとりの老人が現れる。まちがいない、奴だ。どうして、こんなところに……
「
「お主を処分するためじゃ。やっと、姿を現してくれたな。このチャンスを儂が逃すわけがないじゃろ?」
「くそ、ただで死ぬわけにはいかねぇ」
「無駄じゃよ。もう、お主は役割を終えた。あとは、ゆっくり眠るのじゃ」
俺が、ナイフを構えようとした瞬間、猛烈な衝撃が俺の首を襲った。
真っ赤な鮮血が、俺の視界を奪う。
それが俺の人生で最期に見た光景となった。
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