第67話 モフモフ

 レタスのサラダも最高だった。

 優しい甘みと鮮度のよいシャキシャキ感。肉を包んで食べるのも美味しそうだ。

 やっぱり自分がつくったものを食べるのは最高だな。こういう生活の醍醐味だな。自分で頑張ってものを直接食べることができる。まさに生きているって感じがする。


 ナターシャがつくってくれたドレッシングもコクがあってとても美味しかった。なるほど、鮮度がいいものを直接食べるのって、本当に贅沢なんだな。


 たしかに料理人がつくってくれた豪華な料理も美味しい。だが、農村や漁村で直接取れたものを鮮度そのままに食べるのも、最高であることに気がついた。


「すごく美味しいよ、アレク様の作った野菜。なっ、アイラ!」

「うん、お兄ちゃん!! ナターシャ様の作ってくれたドレッシングも最高だよ!!」


 兄妹もとても満足していた。


「(ずいぶん、うまそうなものを食べているな、主人よ)」

 この声は……


「エルか?」

「(左様、ここじゃよ。ここ!)」


 テーブルの下に、小さなドラゴンは潜んでいた。


「なんだ、食べたいのか? でも、エルってドラゴンだよな。人間の食べ物をたべても大丈夫なのか?」


「(なにを犬や猫と同じに言ってるんじゃ。こう見えても、私は伝説のドラゴンじゃぞ。ジャガイモやレタスくらい問題なくたべられるよ)」


「なんだ、そうならそう言えばいいのに。今、小皿を持ってきてやるよ」


「(くるしゅうない、我が主人よ)」


 ずいぶん偉そうなサーバントだな、エル?


 しかし、好奇心旺盛な子供たちに見つかってしまったことにあいつは気がついていない。


「うわ~ちっちゃいドラゴンだー!!」

「もふもふでかわいいー!」


 兄妹の歓喜の声が後ろで聞こえる。


「(なにをする。この無礼者。私を誰と心得る。東の大陸の守り龍とも呼ばれる双頭龍様にあらせられるぞ! 頭が高い、頭が高い!!)」


 あっ、その設定俺も初めて聞いたぞ。


「なんか難しいこと言ってるけど、難しすぎてわかんなーい!」


「あっ、お兄ちゃんばっかりずるい、私ももふもふしたーい!」


 子供たちには効果がなく、ひたすらもみくちゃにされて、モフモフされている伝説の双頭龍様。


 まあ、平和で何よりだ。


「(ギャアアアアァァァァアアアア)」

 

「冷たくて気持ちいい!」

「抱っこしていると、ひんやりするー」


 本当に平和だ。ナターシャの料理がうまい!!!


 ※


「じゃあ、アレク様、ナターシャ様、エルちゃん! ばいばーい」とふたりは帰って行く。「(なんで私だけが"ちゃん"付けなんだよ)」と双頭龍様はご不満だった様子だが……


「ふたりで料理も楽しかったですね!」

「うん、悪くないな。ナターシャのご飯は美味しかったぞ」

「ありがとうございます! 先輩はご飯に関してはいつも素直に褒めてくれるので嬉しいですね」


 ちょっと毒をはらんでいる気がするが、無視しよう。


「でも、ナターシャは本当に手際がいいよな」

「結構練習してますからね。先輩に美味しいって言ってもらえるのって、結構嬉しいんですから」


「そっか、ならこれからももっと言うようにしようかな」

「お願いします!!」


 そう言って俺たちは恥ずかしがりながら誤魔化して笑い合った。

 本当にずっと一緒であることが前提の話ばかりになっているな。


 嬉しいような恥ずかしいような……


「そうだ、明日はポテトピザ作りましょうよ? グラタンの時のように、火の調整お願いしますね!」


「いいな。俺、ピザ大好きだよ。火力の調整くらいいくらでもやるぜ」


「わーい。これで明日も新婚さん気分を味わえますね!!!」


「おい!!」


「先輩はからかいがいが、ありますね!」


 いつものように俺たちはそう言って恥ずかしさを誤魔化した。


「(いい加減に結婚しちゃえばいいんじゃないかな、我が主よ? ていうか、イチャイチャを四六時中見せつけられている私の気持ちも考えて欲しいな!)」


 エルの言葉は聞こえなかったことにした。


 ※


 朝起きたら、ナターシャがルンルンで台所に立っていた。


「今日は早いな。ナターシャ!」

「はい、ピザパーティーの準備をしていたんですよ!」


 彼女は、嬉しそうに笑った。


 すでに野菜は下ごしらえを終えて、トマトソースはゴトゴトといい音を立てていた。


「これは、凍らせておいた、トマトソース?」

「そうですよ! 先輩の氷魔法を使って、地下室に冷凍庫を作ってもらったので、そこで凍らせておいたやつです。さすがは上位魔法ですね。全然溶けないですよ、あの氷!」


 さすがに絶対零度とも言われる最高位凍結魔法だ。そもそも、こんな家事のために使っていいものだろうか?


 黒魔道士ですらなかなか使えない魔法だからな。関係各所には内緒にしておかないと、逆恨みされかねない。


「ずいぶん、煮込んでいるんだな?」

 トマトソースは、かなりかさを減らしていた。


「酸味が強すぎるので、しっかり煮込まないとまろやかにならないんですよ! 酸味が強すぎると、せっかくの食材の味を消しちゃいますからね。しっかり、愛情を込めて煮込むんです」


「さすがによく知ってるな!」


「大好きな人にたくさん食べて欲しいですからね」


「ありがとう、ナターシャ!」

 俺はそう言いながら、野菜の下ごしらえを少しだけ手伝った。


 ※


「じゃあ、生地を練りましょうか?」


 ナターシャは小麦粉を棚から出してきて、笑顔でそう言う。


「さすがに村に酵母がなかったので、今日はパリパリの生地にしますね」

「ああ、この村は西の大陸なのに、米を食べるからな」

「そうなんですよね、だから、たまにはパンも食べたくなりますよね~」


 そう言って、小麦粉の真ん中にオリーブオイルと塩を入れて混ぜこんだ。少しずつぬるま湯を入れてさらにまぜて丸くこねていく。


「さすが、先輩ですね。力あるから助かります」

「でも、かなり疲れるな。結構、こねないと滑らかにならないし」

「頑張ってくださいね。丸くなったら、日向において、30分くらい寝かせておいてください」

「わかった!」


 俺は、無心で生地をこね続ける。


 ※


 30分くらい寝かせている間に、俺は窯の着火をして、鉄板を中に入れた。

 これで生地を焼くことができる。


 この窯も、村の人たちが作ってくれたものなので、結構重宝している。

 この前のグラタンもここで作った。


 着火が終わったところで、いい時間になったので、延べ棒で生地を丸く引き延ばした。こうやって生地とたわむれているといるといろんなことも忘れてしまう。


 ずっと冒険者として忙しい生活を送っていたからな。こういう無心になにかに熱中するなんて、戦闘以外になかったからな。


 こういう畑いじりや料理みたいな趣味は、本当に自分の神経を癒やしてくれる。


 日常を経験すればするほど、自分がいかに非日常にいたのかよくわかる。

 そして、こういうことをしなければ、殺し合いですさんだ心にこういう日常はよくしみる。

 今まで張り詰めていた緊張感が解消されていく。


 いい感じに伸ばすことができた。


「先輩、生地を丸めるのうまいですね。冒険者よりもパン屋さんの方が天職だったりして?」


 ナターシャがからかってくる。


「じゃあ、老後はパン屋でも開こうかな?」

「何年後の将来設計ですか、それ?」


 ※


 ピザにトマトソースとチーズ、ポテトや野菜をのせて、窯に入れて焼く。

 それを口にするだけで幸せな気持ちになる。


「早く焼けないですかね?」

「ああ、楽しみだ」


「でも、本当に不思議ですよ」

「なにが?」


「だって、ずっと離れていた先輩と一つ屋根の下で同棲生活を送りつつ、ヴァンパイアや邪龍みたいな国家災害クラスの相手と一緒に戦ったりできるなんて、数ヶ月前までは信じられませんでしたからね」


「ああ、俺もだ。でも、ナターシャがいなければ、光の魔術も使えなかったわけだから、本当にお前のおかげだよ。あのタイミングで、ナターシャに会えなければ、俺はたぶんどこかで腐ってのたれ死んでたかもしれないからな」


「本当に不思議ですよ。人の縁って。どこかでピースがそろわなければ、私たちは生きてここにいないかもしれない。先輩と学校で出会っていなければ。偶然、私があの街の近くにいなければ。ヴァンパイアとの戦いの時に、私が聖魔術をあなたに流しこんでいなければ。先輩が双頭龍にであっていなければ。ボリスさんやマリアさんが私たちを助けてくれなければ。こうして、楽しくピザを作れなかったかもしれませんよね?」


 窯を見ながら、俺たちは笑い合う。


「いつもありがとうな、ナターシャ」

「こちらこそですよ!」


 焼き上がったピザは、新鮮なポテトの甘みと濃厚なチーズのうまみ、まろやかなトマトソースのコクで最高のできあがりだった。


 ※


 しかし、俺たちの休暇は長く続かなかった。

 ピザパーティーの次の日。俺たちは、ギルド協会からの特別招集を受けてしまった。


 ギルドの招集命令書にはこう書かれていた。


<勇者ニコライが何者かによって拉致された>と……

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