第23話 突入

―第七艦隊旗艦「アドミラル・イール」作戦会議室―


「それでは、配布した作戦計画書を見て欲しい」

 今回の作戦計画書。準備まで1日くらいしか時間がなかったのに、副会長は完璧に仕上げていた!


「今回の作戦は、時間が大事になる。突入チーム4名は、この地点に会長が用意した魔族除けの結界がある。そこで待機だ」

「敵の本陣だと思われる場所のかなり近くにありますね」

「ああ、マリア局長の言う通りだ。会長がかなり無理をして確保してくれたらしい。また、眷属たちの戦闘法や特徴もまとめられているから、目を通してほしい。こちらも会長が実戦を通してまとめてくれている」


 どんだけ優秀なんだよ、トップ2。


―――


<眷属>

体が黒く変色した人間の成れの果て。脳のリミッターが解除されているため、元は一般人でもすさまじい力を持つ。上半身の筋肉が異常に発達したためか、歩く速度はかなり遅い。歯に洗脳毒がしこまれており、噛まれると眷属化するため、注意。


すでに、B級・C級の冒険者の眷属化が確認されているため、ヴァンパイアの直属部隊に彼らが配置されているものだと思われる。


身体再生能力も高く10分もすれば、破損個所も自然回復する。光の魔術もしくは聖魔法が弱点で、それをぶつければ、1時間以上の活動停止が確認されている。


―――


「結界への移動前に何度か眷属と接触があると思うが、基本は逃げに徹して欲しい。逃げるだけなら、氷魔法であいつらの足を固めてしまえばいい。足は貧弱だからな。抜け出すまでにかなりの時間を要するはずだ」

「わかりました」


「不死身の怪物だが、ヴァンパイア本体を倒せば、彼らも洗脳から解放される。私たちの勝利条件は、神官ふたりのどちらかがヴァンパイア本体に接触することだ!簡単だろ?」

 副会長は緊張を解くためか、そんな軽口をたたいて、みんなを笑わせてくれた。


「言うのは簡単ですが、実行に移すのはかなり難しいですよ」

 俺も冗談交じりにそう言うと


「世界ランク2位の最強オールラウンダーに、白兵戦のスペシャリスト、情報技術の天才、現代の聖女様という最強のチームだからな。私としても、軽口くらい叩きたくなるものだよ、官房長? それに、伝説の会長がサポートし、指揮官として私がついている。勝てない敵を知りたいものだよ」


 俺たちを持ち上げて士気まで上げてくれているのだ。さすがは、現代最強の名将とも呼ばれている元帥様だ。こういうところもうまい。


「ところで、どうして、作戦開始は19時なんですか? 眷属たちが活発化している時間ですよね。動きが鈍い朝の方が……」

「さすがだね、ナターシャ君。会長の報告では、眷属たちは、17時ごろから活発に獲物を求めて動き出す。しかし、日中は、本陣の前に眠るように密集しているんだよ。だから、動き出してもらった方が、突入は楽になる」

「なるほど」


「定刻になったら、この艦隊から威嚇射撃をすることになっている。同時に会長も動き始めて、眷属たちの注意を双方に集める。キミたちはそれから20分後に、ヴァンパイアの拠点であるアルグイス村の大聖堂を目指してほしい。以上、キミたちの健闘を祈る!」


 作戦会議はこうして終了した。

 数時間後には、北大陸に上陸し、半日後には作戦決行だ。


 俺は、剣の手入れや魔力回復アイテムを手荷物に加えて、作戦に備えた。


 ※

「先輩、前から10体きてます!」

「わかった、みんなちょっと離れてくれ」


 そう言うと俺は、詠唱し氷結魔法を発動する。敵を倒す必要はない。ただ、足止めするだけでいいのだから、低威力の氷結魔法を広範囲に叩きこんだ。


 眼前には樹氷原ができ上がる。

「よし、みんな早めに突破しよう」


 そう言って、足が凍り付いて動けない眷属たちから離れた。


 ナターシャが前方を、マリアさんが後方を探索魔法で哨戒してくれている。さすがに、日中だから数こそ少ないが、まばらに眷属たちが跋扈ばっこしており、俺が哨戒にひっかかった奴から、氷結魔法で片っ端から無力化させていく。


 会長が用意してくれている結界まではあと少しのはずだが、すでに数十体の眷属と接触している。

 神官ふたりの哨戒魔法がなければ、もっと苦戦していたが、今では索敵サーチアンド無力化デストロイ作戦のおかげで、ほとんど距離を詰められることなく、安全に進むことができた。


「しかし、すごいわね!アレク君!!いくら魔力消費が少ない下位魔法とはいえ、こんなに広範囲に影響を及ぼすものを連発して……全然疲れてないなんて、どんな魔力容量しているのよ?」

 長身の女神官はあきれ気味につぶやいた。この人は年齢不詳な不思議な雰囲気だが、こんな修羅場でもほとんど動揺していない。女性ながら、ギルド協会の最高幹部の重責を担っていることはある。


「先輩は、上級魔法も20発くらいは連発できますよね?」

「うん、たぶんそれくらい。まぁ、上級魔法を連発するシチュなんてほとんどありませんけどね」


「20発とか、本当に魔法戦士!?最強クラスのS級黒魔導士レベル同じくらいの魔法容量じゃないの……」

「剣の腕だって、ほとんどS級戦士と同じくらいのレベルですからね、こいつは、なにやらせても強いですよ」

「さすがは、"世界最強オールラウンダー"の異名は伊達じゃないわね」


 ヤレヤレとボリスとマリアさんは首を横に振っていた。いや、俺は器用貧乏なだけなんですけどね。


 ※


 会長が指定した場所には、小屋があった。その中が結界になっているようだ。ヴァンパイア系は、悪魔族に分類される魔物なので、この結界は効果テキメンのはずだ。会長ほどの実力者が作った結界なら、眷属が周囲に近づくことすらできないだろう。


 水や簡単な保存食も用意しておいてくれたらしい。正直に言えば助かる。ここに来るまで、みんな神経を使いすぎていたからな。


 だが、奥の寝室は凄惨な現場になっていた。ドアに血痕が飛び散っていて、家具は散乱していた。飾られていた家族写真から、小さな娘がいる3人家族だったことが分かり、俺たちの気分を落ちこませた。ナターシャはその現場を見ながら、目に涙をためている。


「大丈夫だ、この作戦がうまくいけば、みんな救われる。頑張るしかないんだよ、ナターシャ!」

「そうよ、ここまでは私たちは完璧にやってきたんだから、次も大丈夫よ、ナターシャちゃん!」

「ああ、俺はここまで出番はなかったからな。夜の作戦の時は、全力でいけるんだ。絶対にうまくいくさ!」


ほんの短い間だったが、俺たちは修羅場をくぐり抜けてチームになっていた。全員実力者だが、スタンドプレーする人間もいないためか信頼関係は少しずつ強くなったのだろう。


 もう何年も同じパーティーだったかのように、俺たち4人のチームワークは抜群になっていた。


「みんな、ありがとうございます!」

 ナターシャも無理して笑った。


 ※


「味気ない保存食食べていても、落ち込むだけだから、俺がスープを作るよ。水に余裕あるし!」

「えっ、でも、火は使えませんよね。煙が出て、敵に場所がバレるから?」


「ああ、でもこうやって、鍋に水を入れて、火の魔力を持った両手で触れば、そのうち沸騰するんだよ。威力調整が難しいんだけどさ!」

 俺は心配するナターシャにそうやって説明する。

 これは結構便利で、俺はニコライのパーティーにいた時からこれを使っていた。


「ねぇ、ナターシャちゃん。今、アレク君、両手に魔力を持たせるって言ってなかった?」

「はい、言ってましたね。応用範囲が広いからと言って、まさか、伝説の"ダブルマジック"を料理に活用したのは先輩がはじめてでしょうね」


「嘘……彼、使えるの?……あの伝説の技を……こうもあっさり?」

「そうみたいです。私もつい最近、知ったことなんですけどね」


「ありえない。なんて、非常識で規格外のひとなのよ!?あんなの神話の世界の話だと、私は思っていたのに」

「見てもらえば、わかりますが、使えちゃってますよね、あれ?」


「使えているわね。両手から魔力波が出ているのがわかるわ……ありえない。どうして、あんな怪物が、世間ではニコライのおまけくらいにしか思われていなかったのよ?」

「まったくもってそう思います」


「普通にパーティのナンバー2なんか、していていい人材には思えないわ!!どうして、あれほどの実力を持っていたのに、勇者ニコライなんかに虐げられていたのかしら?」

「先輩の献身的な性格のせいですよ、きっと」


 いろんなことを話しながら、女性陣は俺の方を見ていた。

 気にしたら負けだと思って、俺は干し肉と干しキノコを鍋に投入する。


―作戦まであと4時間―

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