第21話

「――ここは?」

「ようやく、お目覚めですの」

「ナーマ、ここはどこだ」

「馬車の中ですわ」

「馬車……? あ、ああ……そうか、そうだった」

「そうですわ」 


 馬車が動いていない事に気づいたのだろう。


「兵士共は何をしている?」

「お食事を」

「食事?」


 プププートは、馬車の窓枠にかかるカーテンを上げ、外を覗く。

 見た途端に、眉が大きく上がった。

 

「――なっ!?」


 プププートは、村と思われう場所で、大きな焚火をあちらこちらに、兵士が食事している場面に驚いた顔となっている。

 覗いた体制のまま、首だけナーマに回し。


「あ、あれは!?」

「食事ですわ」

「食事なもの――そうか、そうだな。……腹が減っては戦は出来ぬからな」

「ええ、そうですとも。陛下も、お召し上がりになられては?」

「ああ、そうだな」

「人って、面倒ですわね」

「そうだな、面倒だな」


 ナーマは、指を鳴らす。

 しばらくすると、兵士が細長い骨付き肉を持ってきた。

 焼かれていて、何の肉かは分からない。

 この、動物がほぼいなくなった国で、一万人の兵士の食事分賄うのは大変だろう。


 王都の蓄えでも大量に持ってきたのだろうか。

 渡されたプププートは、噛り付く。

 咀嚼そしゃくするその顔からも、美味しくない、とありありと滲み出ていた。


 不味い干し肉でも、嚙んでいるように、不満そうに食べている。

 しかし、骨までしゃぶりつくした。

 余ほどに、腹が減っていたのだろう。


 王都に残っていた約一万の兵を連れて、進軍すること二ヶ月半。

 雪道を強行してきた。

 

 行く先々の村も町も、人はほとんどいない。

 そこで、少ない食事をしながら、今、ようやくヒエムス国境に迫ろうとしていた。


 プププートが、骨を窓を開けて捨てようとすると。


「あら、駄目ですわ」

「何がだ?」

「先の村でも言ったではありませんか。お貸しになって」


 プププートが骨を渡すと、ナーマは、いつの間にか刃物のように尖っていた爪で、骨を割いた。


「さぁ、どうぞ。味はあまりしないかもしれませんが、栄養価は高いんですのよ」

「……お、おお、そうであったな」


 プププートは、二つに割かれた骨の中から垂れる液を、口の中に注いでいく。

 ナーマの言った通り、味が余りしないのか不満気ではあるが。

 肉も髄液も無駄なく頂いた。

  

「そうか、塩を振りかければ……」

「あら、そうですのね。私、人間じゃありませんから、そこら辺が良く分からないんですわ」 

「人間じゃない……? あ、ああ、そうだったな」

「人間って本当に面倒ですわね、いろいろと」

「ああ、そうなのだよ、面倒なのだ」


 その後も、プププートは、幾つかの骨付き肉を持ってこさせ、腹を満たした。

 そして、また眠りについた。


「今は、それで良いのよ、坊や。来る決戦の前にたっぷり力を与えてあげるわ」


 そういうと、ナーマは馬車の外を確認し、兵士の食事もだいぶ終わったのを見越して指を鳴らした。

 兵士たちは、まるで、機械仕掛けのように、理路整然と隊列を組み直していく。


 そして、誰の合図もなしに、進みだす。

 雪を気にもせず、同じ速度で隊列を乱す事もない。

 ひたすら、ヒエムスを目指し進軍して行った。


 その隊列の殿の後方からは、無数の黒い影。

 

 開戦まで残すところ数週間前の出来事である。

 






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