第12話
アノイトスの城下。
いろんな店が立ち並び、噴水のある中央広場は、皆の憩いの場だった。
劇場、サーカス、声楽隊。庶民食堂から高級レストラン。
動物の見世物小屋。酒屋の多い通りは色街へと続いている。
栄華を謳歌していた街は、今、閑散としていた。
夜逃げするものが相次いだのだ。
最近は、雪が止むことなく降っている。
今や物々しく見える闘技場と、宮城の中にあった破壊された聖楼が、この国――一人の男を物語っている。
――闘技場内。
国王軍が招集されていた。
その数、約一万。総数の半分程度だ。
「殿下。つつがなく整いましてございます」
「感謝します。軍団長」
「臣下に敬語などおやめ下さい。それに名前は呼び捨てで構わないと」
「そうだね。堅苦しい旅だと楽しくないからね、わかったよ、エクエス」
王の名代として、隣国に行くのに、楽しい旅。
まだまだ幼さ残る少年の屈託のない笑みに、エクエスは苦笑いを浮かべた。
「それで、今どの辺りだと思う?」
エクエスは、少し周りを気にした。
「大丈夫さ、ここにいるみんなの……なんだからね」
「まだ、道半ばかと……早いものであれば既に……」
「うーん、じゃ、ゆっくり行こう」
「はい」
「賛同しそうな貴族には声をかけておいたから、今頃悟られないよう動いているだろうさ」
エクエスは、真剣な眼差しとなり確認を取るように。
いや、覚悟を聞くかのように問うた。
「本当にこれで宜しかったので?」
「仕方ないさ、誰しも万能じゃないんだから。それに、十人十色。いろんな考えがあるものだよ。そのすべてを救う事なんてできやしないだろう?」
屈託のない笑顔だった少年の口から、今度は達観した意見。
「ヒーロス殿下……」
「流石に、これ以上もたもたしているのは良くないね。行きすがら話そうよ。兵たちも雪の中、立たせっぱなしってのも、上官として気が利かないと思われてしまうのも嫌だしね」
ヒーロスは十三歳と言うにはなかなか良い体格をしている。
用意された馬に、随分と慣れ親しんでいるような所作で、飛び乗った。
エクエスも騎乗すると、号令をかける。
先頭を国王軍の紋章旗を持つ者たちが先導し、次々と列をなして闘技場を出て行く。
しとしと降りしきる雪の中、城下を抜け、隊列を崩すことなく進んでいく。
目つき宜しく、皆、覚悟の雰囲気だ。
よく訓練されていると言えるだろう。
「うん、こう言うところだけは、あの愚かな男でも役に立ったかな」
エクエスは、こうも平然と言ってしまうヒーロスに、少し眉を動かした。
知らない者からすれば、まだ幼さ残る少年だからと思ってしまうかもしれない。
しかし、エクエスは、この少年の計画を聞かされ、その卓逸さと先見の明に驚嘆した。
計画のみならず、宮廷内での出来事に通じすぎている。
また、愚兄の王が自身も気づかずに置かれている状況。
そうしたあらゆる事象を、少ない情報から繋ぎ合わせ、正解を導き出す能力。
エクエスは、この当時、ヒーロスを恐ろしいとも感じていた、と後に振り返った。
「いや、アレはただ見物してただけだし、君が有能だったんだろうね、エクエス」
「……恐れ入ります、殿下」
旅を楽しむ。
その言葉通り、道行く道、途中の町や村。
休憩中。
ヒーロスは心から楽しんでいるようだった。
やがて、王都からヒエムス国境まで半分くらい来た。
ひと月半という道程は、少々ゆっくりだと言えるが、ヒーロスは特に急ぐ様子はない。
「兵站大丈夫?」
「問題ございません。行く町や村で買っております」
「そうか、多めに支払ってあるよね?」
「はい、仰せのままに」
鼻歌を歌いながら、まさに物見遊山。
兵士の士気が下がらないのかと思ってしまう。
そんなヒーロスが突然、爆弾を落とした。
「あの愚兄はさー、魔王なんて討伐してないと思うんだよねー」
エクエスはもちろんの事、周囲で声が聞えた兵士たちが一同動揺した。
それは、ざわざわと……。
とんでもない発現。
聞かなかった事にしたいと思った者がほとんどではないだろうか。
中には何を根拠にと、憤慨したものが居たかもしれない。
「で、殿下! そ、そのような軽はずみな……」
「えー、大丈夫だよ。ここにいる約一万人は、みーんな国への反逆者達なんだから、あははは」
「で、殿下……」
流石のエクセスも、こめかみから汗が垂れる思いだったろう。
そんなことは、お構いなし。
さぁ、ヒーロス殿下の紙芝居ショーの始り始り~などと高らかに宣って、プププートの話をし始めようとした。
ヒーロスの話に興味が沸いたのだろう。
次々と列を乱し、ヒーロスの周囲に輪を描く。
「お前たち! 隊列を……」
ヒーロスは、エクエスを制止し、まあ長旅に余興はつきものだ、と笑って言った。
「だけど、これだと確かに行軍が難儀するね。休憩しよう」
兵士数千人に周囲を取り巻かれはしているものの、全員は流石に無理だ
辺りを警戒する者が必要だし、声の届く範囲と言うものが有るのだから。
聞けなかった者たちへは、聞いたものたちが聞かせてる。
そうなった。
演説などしたことがないだろう少年。
しかしヒーロスは、何を臆することなく周囲を囲む兵士たちに、八方へ腕や足を使いながら、兄プププートの話をし始める。
兄は武芸などに優れていない。君たちより劣っているかもしれない、と……。
「殿下、それはありえません。我々は実際に陛下が剣を振るう姿を見た事がございます」
少年は、その質問を待っていたのだと、したり顔となる。
眼光は鋭く怪しげな笑みを浮かべ。
「君たちはプロの兵士だろう。ならさ、おかしいと思わない? 魔王が住むと言われる魔境まで、どれくらいの距離があるんだろうね? 知っている者は居るかな?」
「すごく遠いとしか……」
「君たちが耳にしたことは、きっと僕が耳にしたことと変わらないはずなんだよ」
途中の村を魔物から救った。
吹雪が荒れ狂う山を越えた。
森に迷い、谷底を渡り、砂漠を越え……。
「あははははは」
ヒーロスは、涙が出るほど、笑いだしてしまった。
兵士は皆、何がおかしいのか分からない、と顔を見合わせる。
「君たちが、魔王討伐の二年に及ぶ行程で聞いた話でしょ?」
「そうでございますが、それの何がおかしいので?」
「おかしいじゃない。それらすべてが抽象的で、どこの村なのか、どこの山なのか、森は? 谷は? 砂漠ってどこにあるのかな? あっはっはっはっは」
兵士たちは、段々とこの少年の話に惹きつけられているようだった。
訝しみながらも、忌憚のない、ずばずばモノを言うこの少年の話の続きが気になっているのだろう。
「君たちは、何故、魔王が討伐されたと信じたんだろう?」
兵士の一人が、手を挙げた。
「はい、そこの君、どうぞ」
「帰還した多くの兵が証言しております。そして、魔王討伐の報以来、魔物は明らかに衰退の一途で、外国を訪れる行商人からも、魔王が討伐されたからだと、諸外国でも噂になっていたと聞き及んでおります」
「君いいね。模範解答だよ……」
ヒーロス少年は、周囲の兵士たちを一通り見ますと、腰に両腕を汲んで胸を張って、笑顔で言った。
――みんな、操られているんだよ! と……。
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