第17話 突然の迷探偵

俺と悟は車の中で気まずい空気に包まれていた。俺達がストーカーだと思っていた男の車内の後部座席で俺と悟はうなだれていた。



「本当にすいませんでした」



俺は彼にもう一度謝った。彼を吹っ飛ばした悟も一緒に謝罪の言葉を口にする。



「いえ、こっちも恥ずかしいところをみられちゃいましたからね」



彼は冷たい目で俺達を見た。俺はその目を知っているが悟はその目にひどく怯えていた。



「淳平がいけないんでしょ!」



助手席の美来ちゃん、俺達が助けようとしていた彼女が今は俺達を助けようとしてくれている。



「お兄様とは知らずに…」



悟はそう言うと青白い顔でうなだれた。俺達が捕まえようとしていた男は美来ちゃんの兄であり、俺が以前知り合った相模淳平だった。



「まぁ正直君たちのしたことは犯罪行為になりうるね」



冗談には聞こえないトーンで今度はこっちを見ずに話す彼の言葉に、俺は隣の悟が小さく震えているのを感じた。



「またそうやって理詰めしていじめないでよ!」



美来が甲高い声で何故か擁護してくれる。実際に俺達は彼女を付け回したり、彼を突き飛ばしたりしているので訴えられたら本当に犯罪者になりうる。悟もそれは感じているだろう。



「俺はいじめてるわけでも理詰めしているつもりもない。事実を言っただけで、そもそも理詰めというのは……」



車内での彼と彼女の会話を聞いていると、どうやら兄妹喧嘩中らしい。兄妹喧嘩と言っても第三者の俺からしたら美来が一方的に兄の意見を聞かないといった感じだった。



「あのときからずっと!」



彼女が声を荒らげる。



「おい!」



淡々と話していた彼が俺達にもはっきりと聞こえるぐらいの声を出した。



「わかってる…」



彼女がそう言ったような気がする。それからしばらくすると車が止まった。どこかの駅に到着したみたいだ。彼女は無言で車を降りると駅のほうへと歩いていった。

俺達はどうしようかと顔を見合わせていると彼が振り向いた。



「一応ここでは降りないでくれるかな?最寄り駅まで送るから」



「は、はい」



そのまま俺達は彼に送ってもらう流れになった。車に乗るまでの間に今回のことが起きた流れを大まかには話していたが、それでも俺達がしたことはかなりグレーなことだ。

俺は彼を知っていたが、特別親しいわけでは無いのでこれからの展開が読めなかった。



「いやーまさかこんなかたちでまた会うとはね」



「そうですね…すいません」



「一応イチロー君とは面識があるわけだけど…疑いが完全に晴れた訳ではないということははっきりと伝えておきますね」



ストーカーに狙われているということは本当のことらしく、ここ最近は淳平さんが送迎をしているということだった。そして俺達の考えと同じく怪しいやつがいたら警察に通報しようとしていたのだった。



「はい…確かに俺達を完全に信用はできないですよね…」



今の俺達は着実にストーカー容疑者への階段を登っているのも感じた。



「すいません…こんな状況の中で言いにくいんですけど…」



うなだれていた悟が振り絞るように声をだしながら何かをスマホで見ていた。



「言いたいは言っておいたほうがいいんじゃないですか?」



淳平の丁寧な口調に緊張感が走る。



「ストーカーの正体が解っちゃったかも知れません…」



「それはどういう意味かな?」



淳平は静かに悟に問いかける。



「はい…実は俺達というかファンの間で独自にストーカーのことを調べていたんですけど…淳平さんの存在が解ったことで不自然だと思っていた部分が繋がったんです」



「不自然だった部分っていうのは?」



「はい…少し話が長くなってしまうんですが…」



「構わないから続けて」



「はい…まず彼女がストーカー被害にあっているのではと噂になったきっかけが地下アイドルの匿名掲示板にアップされた画像でした。最初にアップされた画像だけみると普通の公園の風景の写真だったんですけど、毎日一枚づつアップされる統一性のない写真の法則性に気づいたと投稿がありました。」



「ああ、その件はエゴサの中でこっちも知っているよ。美来がSNSにアップしていた場所をそのまま真似してったていう」



「はい…まぁその掲示板では自作自演の話題作りなんじゃないかと…実際にその一件で多くの地下アイドルがいるなかで彼女のスレも何件かできてたので」



「ああ、ただ写真を再現したってだけで特にコメントもなくその時は美来も気にしてはいなかったな…一応言っておくが自作自演ではないよ」



「はい…その後はただ真似した写真だけをあげるスレになり、構図の再現性に感心するだけのもので一時の盛り上がりは失くなっていました」



「ああ、当時その件は特に問題にしてはいなかったかな」



「はい…問題になったのはその後の彼女の投稿でした。ぱっと見はいつも通りの写真と文章だったんですけど…」



「ああ、縦読みのメッセージってやつか」



「はい…もうやめて、めいわくしてます、そういった縦読みで読めるものが何件か…」



「ああ、それも確認して美来に聞いたんだが、淳平には関係無いと何故か怒りだし…とりあえず心配だからこうして送迎を」



「はい…その送迎を淳平さんがしているというのがこれからの話で重要になってきます…」



悟と淳平さんとの会話を聞いている俺は、ひとつのミステリードラマを見ているかのような錯覚に陥っていた。悟は話ながら、探偵にでもなったかのような雰囲気を醸し出し始めていた。



「送迎が…?まぁ、続けてくれ」



「はい…結論からいうと…彼女が送迎されているのは知っていました。というより今日のような病院に行った日は送迎がくるということ…それも彼女がしぶしぶ乗り込んでいるとうこと…」



「それは…どうして?」



「はい…実は彼女の縦読みが解ったときに自分を含めた彼女推しの仲間で美来を守る会を作りまして…」



「美来を守る会…?政治団体みたいだな…それで?」



「はい…決してやましい気持ちではなく…純粋にいちファンとしての行動で…」



「ああ、そうゆうことにしておこう」



「はい…正直こういう風に言うのもなんですが…彼女の行動パターンはわかりやすいというか…」



「ああ、確かに…そこはそうかもしれないが…」



「はい…それで送迎に来た淳平さんを我々が目撃したこともあり…みらまものメンバーが…」



「みらまも?」



「あっ…はい…美来を守る会のメンバーがそれを目撃したことで、彼氏がいると判断しみらまもは解散…」



「ああ、それで?」



「はい…そのひとつの結論として彼女のストーカー問題はその彼氏とのトラブル、あるいは彼氏とのトラブルじゃなかったとしても彼氏がいるなら我々の出る幕はないということに…」



「ああ、まぁそういう結論にね…」



「はい…ただ自分には引っ掛かっていたことがあったんです」



「引っ掛かっていたこと?」



「はい…彼女のSNSの縦読みはグループでの活動の時にアップしたものだけだったことです」



「ああ、全部が?」



「はい…で、話が戻るんですけど掲示板にあがっていた真似写真はグループでの活動以外での写真だけ、つまり彼女個人だけの写真の再現だけだったんです」



「ああ、つまり…それが?」



「はい…再現性の高い割りにはグループ活動での場所は一切していない…逆に彼女個人の写真はなかなか再現するには手間のかかりそうな旅行先の風景なども完璧に再現している…」



「ああ、言われてみれば違和感があるかも…」



「はい…そして縦読みはグループのだけ…」



「ああ、つまり君は何が言いたいだい?」



「はい…詳しい事情はわからないですが、この一連の流れは彼女対第三者では無く、彼女対グループのどちらかなんじゃないかと…」



「ああ、完全にすっきりとはしないが…」



「はい…ちなみにグループ活動での縦読みはさらに絞れます」



「それは?」



「はい…日中のライブがあった日、つまり今日です。さっき彼女のSNSを確認しました…縦読みできます」



「ああ、なんて?」



「はい…もうおわりにしよう…です。何か嫌な予感がしませんか…?」



少し間が空くと、淳平は進行方向を変えるためにハンドルを切った。



「ああ、すまないが君たちを帰すことはできなさそうだ」



淳平は馴れた手つきでタバコに火を付けると、深く吸い込みふぅーと大きく煙を吐き出す。窓を開けると煙が逃げ出し、何か狼煙をあげているかのようだ。



「今から美来のところへ向かう、いいかな?」



「は、はい!」



俺と悟は同時に返事をした。



「ああ、なかなかまわりくどかったが万が一を考えて君の話に乗ってみるよ。ところで君の名前は?大学生かい?」



少しスピードが上がった車に釣られたのか、悟も少し上がったテンションで答えた。



「はい!川野辺 悟……探偵さ」



「バーロー」



俺は反射的に悟にツッコミをいれていた。

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