第12話 苦い記憶
あれは俺が100万円を生みだしたあとのことだ。それはちょうど中二の夏休みに入るころだった。当時の俺は100万円のこと、自分が金を刷れることを誰にも言っていなかったが。しかし誰かに話したいという衝動は常に持っていた。
終業式が終わった日もいつものように友達と遊び呆け、家に帰ると母親が夕飯の支度をしている。そこには美幸もいた。
「おかえりー」
母親はそう言いながら何事もないように普段通りにしている。
「あー、ただいま」
中学に入ってからは減ったが、美幸がうちにいるのは珍しいことでは無かった。美幸の両親は共働きで忙しく、夕飯をうちで食べるのはよくあることだった。
俺は特別気にすることもなく、自分の部屋に行き100万円が無くなっていないかを確認する。これが帰宅後のルーティンになっていた。
ガチャッと扉が開く音と同時ぐらいに俺はクローゼットの扉をバタンと閉めた。このクローゼットの中に100万円が悟られぬようにあえて笑顔で振り返った。
「どうした?」
部屋の扉を開けたのは美幸だった。
「そろそろご飯できるから呼んできてって」
美幸の視線はクローゼットを指している。俺は不自然なぐらいにまっすぐに美幸の目を見ながら、わかったとだけ答えた。
「なんか隠したでしょ?」
美幸はにやにやしながらしながら俺に近づいてくる。
「なんもねぇよ!」
俺つい声が大きくなり、しまったと思った。
「やっぱ隠してるでしょ!まっどうせエッチな本とかでしょ?」
美幸はケラケラ笑いながらもそれ以上は追求してこなかった。俺は100万円の存在を話したい気持ちが込み上げてきたが、ぐっとこらえていた。クローゼットの中にはエッチな本もあったからだ。
夕飯を食べ終わっても美幸は帰る気配を微塵も感じさせずリビングに居すわり、母親と一緒にテレビを観ながらくつろいでいる。俺は今までとは違う空間にいる感じがした。
「そろそろ帰んないと心配するんじゃないか?」
俺の問いに答えたのは母親だった。
「あぁ、まだあんたに言ってなかったっけ?今日から夏休みの間は美幸ちゃんずっとうちにいるよ」
夕飯を食べたばかりなのに、煎餅をぽりぽり食べながら急な報告をされた。
「へっ?なんで?」
俺の返事はテレビの音に書き消されたのか、少し間が空いてからもう一度聞き返す。今度は俺の声が届いたみたいだ。
「あぁ、美幸ちゃんのお父さん単身赴任で今はお母さんと二人でしょ」
「そうなんだ」
「それで、そのお母さんの実家のおばあちゃんが最近体調が悪いみたいで」
「うん」
母親の話をまとめると、おばあちゃんの介護の為に美幸のお母さんが一ヶ月の間は面倒を診ることになったみたいだ。当初は美幸も一緒に連れて行こうとも考えたが、部活等あり美幸は一人で残ることに。それを聞いた俺の母親が、中学生でも女の子一人で一ヶ月も留守番は何かあったら心配だからとうちで預かることを提案し、今に至るといった感じだった。
それから美幸が家に居る生活が始まったのだが、俺は特に普段と変わらない日常に過ぎなかった。ただ隣に住んでいる幼馴染なだけで、漫画やドラマみたいなラブストーリーが始まる訳でもなく、淡い恋心も俺には全く無かった。
そんなある日、美幸が観たい映画があるということで一緒に観に行くことになった。俺は同級生に見られたら面倒くさいと思ったが、映画自体は興味があったので観に行くことにした。
しかし結果からいうとその日映画を観ることはできなかった。
映画を観に行く途中でがらの悪い連中に絡まれてしまったのだ。最初のきっかけはその連中に美幸が軽くぶつかってしまったことだった。当時の俺は身長も低く垢抜けてない田舎の少年のような容姿だった。
それに対して美幸は、俺よりも背が高く整った目鼻立ちで中学生には見えない大人っぽい顔で服装も洒落た感じだった。
ぶつかってしまった手前、美幸は最初謝っていたが相手はなかなか引き下がってくれなかった。それどころか俺のことは無視されて、一緒に遊びに行こうと強引に腕を掴まれていた。
「すいません、これで許してください」
俺は財布から一万円を出した。さすがに高校生ぐらいの不良三人相手には勝てないと思い俺は金を出すという手段に出た。
「いやいや、かつあげしてるみたくなっちゃうじゃん」
「まぁ、くれるなら貰ってあげるけどー」
「君はもう用ないから帰っていいよ」
そんな感じのことを言われた気がするが俺が出した金を一人がパッと取ると、俺は美幸の手を引っ張りその場を離れようとした。
そのあとのことはあまり覚えていなかった。気付いたら俺は病院のベッドに寝ていた。結局喧嘩というか一方的に俺はやられたらしい。頭を強く打ったかで丸一日は寝ていたみたいだ。
俺が目覚めるとベッドの横でどれくらい居たのかはわからないが、母親と美幸が泣きながら俺の顔をみている。
いろいろと話しかけてきているのは解るが意識が朦朧としているのか、俺はうんうんと頷くだけだった。
ぼーっとした感覚からはっと目が覚めたかのようになったのは美幸の右目の眼帯と頭を包帯で巻かれた姿に気づいた瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます