女たちがどうなったかって?
ルカがダニエルの妻子のその後を問うと、自然公爵夫妻は顔を合わせていた。
「ん?もしやあの二人に何かあったのかい?」
レオンは特別慌てることもなく、これを否定する。
「いや、元気に働いているぞ。何も問題はない」
「へぇ。何日持ったんだ?」
「どちらも夜だな。夕食を前に泣き出したと聞いている」
「あー……予想通りで何よりかな。それで、どうして二人は見つめ合っていたんだ?」
「別に俺たちは……そう穿った見方をするな。本当に何もない。ただ俺たちは、あやつらを受け入れた日のことを思い出していただけだ」
「え?受け入れた日のことって?あのとき、奥さんは同席していなかったよね?」
レオンもルカも同じ場面を回想する。
ダニエルよりずっと早く、あの二人はこの公爵領の管理棟へと現れた。
妻、そして娘、と順にレオンへの引き渡しが終わったとき、ルカは驚くほどに身体が軽くなったことを覚えている。
罪状の多いダニエルとはまた違い、彼女たちは存在するだけで聖剣院の者たちを疲れさせてきたのだ。
それは一向に会話が成り立たなかったからである。
特に娘の方は厄介だった。
何せ、彼女自身は、母やその夫の被害者とも言える立場で、悪事といえば伯爵令嬢への不敬であろうが。
彼女自身が自分も同じ伯爵令嬢であると思い込んでいたことを考えると、それは貴族としての品格を問う程度の罰で済む話だ。同じ家の令嬢同士と捉えれば、ただの姉妹間の問題とも言え、普通ならば表に出て来るような話でもない。
今回はお咎めなし、という意見も実際に上がっていたのだ。
そこで娘だけは許してやろうという空気がすぐに流れたのは何故かと言えば。
会話が成り立たないことが問題視されたから。
市井で暮らすにしても、今のままこの娘を放逐したら、またすぐに問題を起こすことは明白だった。
軽い罰を与え、同時に庶民としての常識を叩き込み、それから平民へ、という話でまとまったのだ。
けれども彼女はいくら諭しても、貴族でない自分を認めなかった。
だからこうなった。
「こうせいしせつ?」
「お前が平民であることは理解出来たか?」
「酷いですわ、お義兄さま!わたくしは貴族です!」
「……もう一度だけ言おう。お前には二つの選択肢がある。罰としての労働を行って、その後は平民として生きるか。あるいは貴族用の更生施設に入り、一年を過ごしたのちに晴れて貴族となるか。この場合は、途中で嫌になろうとも、十日は施設にいて貰うからそのつもりで。また、一年に満たず施設を出た場合にも、罰としての労働を行って貰うことになり、その後は平民だ。自由となるまでの時間が先になることを覚えておいてくれ……その顔は何も分かっていないな。もういい。これだけに答えろ。お前は平民か、貴族か、これからどちらで生きたいと願う?」
「よく分からないけれど、貴族として生きるに決まっているわ!」
レオンはほとほと疲れ切っていた。
「それより、お義兄さま!聞いてくださる?わたくしの、あの騎士様が!」
「おい、ルカ。どうなっている?」
「僕らもお手上げなんだよ。矯正はそちらで頼みたい」
はぁっと大きくため息を吐いたレオンを無視して、マリアは語った。
誰かに聞いて貰いたくて仕方がなかった、というように。
「ねぇ、聞いています、お義兄さま?そこのお兄さんが言ったのよ。あの素敵な騎士様は女だって!わたくし、悲しくて……そんなことありませんわよね?」
「……更生施設を希望でいいな?最後にもう一度だけ言っておくぞ?あとで聞いていないとは言うな。どんなに辞めたいと言っても、十日は施設から外に出さないからな。それから更生施設を途中で逃げ出そうとも、罪としての労働は消えることがない。平民として自由に生きることが出来るのは、労働を終えてからだ。分かったな?」
「何も分かりませんわ!それより、お義兄さま。お姉さまはどうされておりますの?」
「……お前の心配をしていたぞ」
「まぁ!お姉さまにお会いしたいわ。わたくし、聞きましたのよ。お姉さまがわたくしを助けてくださったのでしょう?お礼をしたいのですわ!それにお義兄さまともご一緒したく──」
ペラペラ語るマリアを、レオンは石の価値でも値踏みするようにまじまじと眺めていた。
『妹……かつて妹であった人は、そう悪い子ではありませんでした』
妻がそう語っていたからだ。
『あの子には本当に悪気がなくて、むしろとても純粋で素直ないい子なのだと思います』
だからこそ質が悪いと、レオンには思えるのだが。
『私も悪いのです。何も教えられず、姉らしいことをひとつも出来ませんでしたから』
悲しそうに妻が言えば、レオンもこの愚かな娘を許したくなってくるから不思議だ。
だがこの管理棟はお喋りに付き合う場ではない。
「……直に会うことになろう。それから妻は、お前が無事に貴族として戻ったときには……俺は認めていないが、妹として受け入れたいと言っていたぞ。それくらいは覚えておけ」
「妹として?どういうことですの?」
何を当たり前のことを。
という顔で、不思議そうに首を捻るマリアに、レオンはふたたび溜息を吐く。
それからも会話は成り立たず。
疲れ切った顔で施設に送り出したレオンと、肩の荷が下りまくって身軽になったルカが管理棟に残された。
「実はあのあと、妻はすぐに二人に会っているのだ」
「え?あの状態で会わせちゃったの?」
それは驚いたと、ルカは目を瞠った。
ダニエルに関しては、伯爵家の者としてその最後を見届けたかったのであろうが、その妻と娘については言ってしまえばオリヴィアには他人である。
ダニエルとの今日の面会に関しても。
レオンはぎりぎりまで渋っていて、なんとか妻に辞めるよう説得出来ないかと悩んでいたし、ルカはレオンが更生前のあの母娘にオリヴィアを会わせるわけがないと思い込んでいたのだ。
ルカは知らない。
レオンはどこまでも妻に弱いことを。
そして意外なことに、その妻のオリヴィアがとても頑固者であることを。
これからルカは、もっと驚かされることになっている。
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