旦那様とお茶を
オリヴィアは落ち着かなかった。
夫レオンの自室に招待されたのは、初めてのこと。
飲めというので紅茶を口にしたが、いつも以上に味が分からない。
元よりオリヴィアは出がらしの紅茶ばかり飲んできたから、真面な紅茶は本当に久しぶりで、その味を判別することが出来なかった。
元伯爵令嬢、現公爵夫人として、あり得ない状態にある。
先まで部屋で飲んでいたものにいたってはただの水で、紅茶用のカップを使っていたために、レオンは当然、夜分に妻が自室で紅茶を嗜んでいたのだと思い込んだ。
「以前はよく共に茶を飲んだが、覚えているか?」
レオンが穏やかな声で問い掛けると、オリヴィアは頷いた。
オリヴィアにも、美味しい紅茶を味わっていた時代がある。
だが当時のオリヴィアは紅茶の美味しさを理解することが出来ず、温めたミルクが飲みたいといつも願った。
悲しいかな、好きだと思えなかった紅茶の味はオリヴィアの記憶には定着していない。
オリヴィアがもっとよく味わっておけばよかったと思っても、後の祭り。
「あの頃が懐かしいな。すぐに退屈して、遊び回っていたことも覚えているか?」
「もちろんです」
オリヴィアとレオンの婚約は、それぞれが僅か六歳と八歳のときに決められたものだった。
領地が隣接していたこともあって母親たちの仲は良く、その母親たち主導の元に二人の婚約は早期にまとめられている。
婚約者とは何か、よく分かっていなかった当時に、二人は母親に連れられて頻繁に顔を合わせた。
母親に促されて最初はおとなしく席に着いて紅茶を飲むも、幼い二人は早々に飽き始め、共に手を取り、屋敷や庭を駆け回った。
つまり子どもたちにとっては、婚約者というより、二歳差の遊び相手だったというわけだ。
ところがその関係もオリヴィアが母を亡くしてから変わっていく。
互いに喪に服している間に会う習慣は途絶え、さらに時間が過ぎると、今度はレオンが馬車の事故で両親を亡くしてしまった。
レオンは若くして公爵位を継ぐことになり、日々忙しく、ますます二人の会う機会は失われていく。
レオンは苦々しくこれまでの日々を想い出していたが、オリヴィアは違ったようだ。
懐かしそうに目を細め、手にした紅茶カップの中身を眺めながら、微笑を浮かべる。
そんなオリヴィアの様子に安堵したレオンは、勇気を出して聞くことにした。
「前からオリヴィアに聞きたいことがあった」
「何でしょうか?」
「俺には会いたくなかったか?」
「はい?」
思わずというようにオリヴィアは聞き返してから、顔色を悪くした。
「そのように誤解を与える失礼な行動を取ってきたこと、大変申し訳ありません。今後は行動を慎みます」
どうやらオリヴィアにはすぐに謝る習性が出来ているらしい。
気付いたレオンは、また新たに憤りを感じていく。
その怒りの矛先は、他者だけでなく、自分に対しても向けられていた。
何故今まで気が付けなかったのだ、という怒りだ。
だがもう妻を怯えさせたくないレオンは、心を鎮めるように呼吸を繰り返して、問題ないと思ったところで口を開く。
「言葉の裏を読もうとするな。俺がオリヴィアに掛ける言葉に裏などないぞ」
これがレオンの出せる精一杯の優しい声だ。
しかし残念ながら、近年僅かな交流しかしてこなかったオリヴィアにはよく伝わっていないようである。
「申し訳ありません。また勝手なことをして、旦那様には不快な想いをさせてしまいました」
レオンが違和を覚えたのは、その呼び方に対してだった。
オリヴィアはいつから自分の名を呼ばなくなっていただろうかと記憶を辿るきっかけを得る。
「俺は不快さなど感じていないし、どうか謝らないでくれ。それより正直に答えてくれないか?俺が夫であることをオリヴィアは残念に想っているだろうか?」
オリヴィアが驚いた顔を見せたとき、レオンは心底ほっとした。だが──。
「え?それは旦那様の方では……」
妻はレオンが想ってもみないことを言い出した。
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