あなたの天職は《大妖怪》です
@kiseruman
「やーい、お前のかーちゃん毒婦ぅ!」「何も言えねえ」①
ガタンゴトンと揺れる”汽車”の中、威吹は頬杖を突きぼんやり車窓を眺めていた。
過去と現在が目まぐるしく移り変わる光景は物珍しいが何時間も見ていれば流石に飽きてきた。
溜め息を吐き、そっと目を閉じる。
「………………大妖怪、か」
思い起こすのは一年ちょっと前のこと。
中学二年の冬。
いい加減、進路というものを真面目に考えねばいけなくなった時期のある放課後のこと。
威吹は放課後の教室で友人と進路について話していた。
『威吹はさあ将来やりたいこととかあんの?』
『ない』
小さい頃からそうだった。
子供らしい馬鹿げた大きな夢も、現実的な夢も何もなかった。
『マジで?』
『うん。普通に働いて暮らしていければってぐらいかなぁ』
『うっわ、夢がねえな』
返す言葉もなかった。
『いやでも、まるっきり将来設計がないわけでもないよ』
『ほう……具体的には?』
『とりあえずOracleで天職探してもらって、全寮制の高専に進むつもり』
かつて人的資源が著しく損失した時代。
適材適所を徹底せねば社会を維持することは不可能だった。
そこで生み出されたのが適職斡旋システムOracleだ。
遺伝子をサーチしてうんたらかんたらとのことだが威吹も詳しい原理は知らない。
専門用語が多過ぎるのだ。
『俺の天職がよっぽどの際物でない限り、大抵の職に高専はあるしな』
暗黒の時代を乗り切り再度自由に職へ就ける時代となり早数百年。
それでもOracleは未だに存在し、一定以上の支持を集めていた。
威吹のように就きたい職業もなければ就きたくない職業も直ぐには思い浮かばない。
糧を得るために働けるのならばそれで構わない。
そう割り切れる人間にとってOracleは打ってつけのシステムだからだ。
かつては役所などにしかなかったOracleも今では中学校以上の学び舎ならば大抵は設置されている。
子供らがそれに頼って進路を決めるというのは何ら珍しいことではない。
『…………将来設計って言う割りに殆ど機械任せじゃん』
『良いじゃん、楽なんだから』
『いやまあ、それはそうだけど……若い内はもっとこう……』
『そういうノリ、苦手だもん』
その十分後ぐらいか。
準備が出来たと呼びに来た教師立会いの下、Oracleを受けたのは。
なるべく給料が多い仕事が良いな。
そんなことを考えながら卵型のカプセルに入り三十分。
大概は五分程度で終わるのに三十分もかかってしまった。
その段階で嫌な予感はしていたのだ。
そして予感通りに珍奇な天職が導き出されてしまった。
『………………先生”大妖怪”って何です?』
『いや、私に聞かれても……うーん、故障なのかしら?』
その後、数回システムを使用したのだが結果は変わらず。
故障かもしれないというので後日、またOracleを受けてくれとその日は家に帰された。
「……まさか、家で政府の人間が待ち構えてるとはなあ」
不都合な真実を知る可能性があるお前には消えてもらう――なんて展開ではない。
むしろその逆だ。
政府の人間――神崎は積極的に世界の構造を明かしてくれた。
渾然となっていた科学と神秘が時間と共に完全乖離し表裏一体の世界が生まれたこと。
人の叡智が大黒柱となる現実世界が表であること。
神秘が大黒柱となる幻想世界が裏であること。
表裏どちらが欠けても世界は成立しないこと。
様々なことを教えられた。
とは言え直ぐに鵜呑みにしたわけではない。
『あの、こんなこと言っちゃいけないんでしょうけど……頭、大丈夫ですか?』
思わずそう言ってしまった威吹を誰が責められようか。
しかし、神崎は冷静にこう返した。
『それを言うならOracleなんてシステム自体、オカルトの産物でしょうよ。
遺伝子を隈なく調べた程度で完全なる天職を見つけられるなんておかしいと思いませんか?
今の狗藤さんであれば”おかしい”と思うはずですよ』
言われて、気付く。
確かにその通りだと。
これはどういうことなのかと問うと政府の人間は教えてくれた。
曰く、Oracleというシステムに対するミームがどうたらこうたら。
威吹は半分も理解することは出来なかった。
『申し訳ありません、私、どうも説明下手で』
あちらにもそれが分かったのだろう。
だがこちらを責めるでもなく自分の不足だと笑ってくれた。
普通に良い人だった。
『ここからの説明は狗藤さんにも深く関わるお話ですので、ご理解頂けるよう誠心誠意ご説明致しますね』
まず教えられたのがOracleの成り立ちについてだった。
適材適所を求めて、世に広く知られている理由は真実だ。
だが適材適所を求めるようになった原因。
人的資源の深刻な損失については少々事情が異なるのだと彼は言った。
『世界恐慌や大規模な戦争で人が沢山死んだからじゃないんですか?』
『その通りです。それは間違いではありません。
ですが、そうなった根本の原因は幻想世界に存在するのです』
曰く、暗黒期に突入する少し前のことだ。
幻想世界にて大規模な戦争が起こり世界が滅びかけたことがある。
その影響で現実世界において世界恐慌や戦争が起きたのだと言う。
『さっきも申しましたが表裏、どちらが欠けても世界は成立し得ないのです』
ようはリンクしているということだ。
とは言っても何から何まで影響し合っているわけではない。
目に見える大きな影響を及ぼすとなればそれこそ世界滅亡クラスの事件だけ。
――――だからこそ気付けなかった。
現実世界の住人も幻想世界の住人も、
事が起きるまで互いが切っても切り離せない関係であることを知らなかったのだ。
そこで幻想世界の住人は自らの世界を建て直すため現実世界の住人に接触を図る。
幾度も幾度も秘密裏に会談を重ねた結果、表裏の世界は国交を樹立。
『その証として生み出されたのが……』
『神秘と人類の叡智が融合した完全なるシステムOracleってことですか』
『ええ、今日の世界があるのはOracleが”両世界”に最適な配置をしたお陰と言っても過言ではありません』
両世界という単語を聞き、威吹もようやく理解した。
Oracleは表裏どちらの世界も含めた天職を導き出しているのだ。
『そう、狗藤さんが得た大妖怪という結果は決して間違いではないのです』
『いや、あの、俺、人間だと思うんですけど……』
異常に身体能力が高いとか、不思議な術が使えるとかそういう要素は皆無だ。
どこをどう見渡しても普通の人間である。
妖怪の血が流れているようには思えない。
威吹はそう言うが、神崎は否と答えた。
『狗藤さんには確かに妖怪の血が流れています――が、それは決して珍しいことではありません』
『そう、なんですか?』
『表裏に分かたれる以前の世界では人を孕ませる妖怪も妖怪を孕ませる人も普通に居ましたので。
一度妖怪の血が混ざるとそれは薄まることも消えることもないんです。
と言っても普通の人間は生涯、その血に目覚めることはありませんが』
血を目覚めさせられるかどうかで道が分かたれる。
そして妖怪の血とは単なる遺伝子とはまた違うものでもある。
ゆえに目覚めさせられなければ人間のままだと神崎は語る。
『私にも妖怪の血は流れていますが適正がないので妖怪に成ることは出来ませんしね。
ただ、天職は魔法使いでそっちの勉強もしていますから一応、魔法は使えます』
言うや神崎は空中に幾つもの水球を作り出してみせた。
『こう見えて完全武装した軍人百人ぐらいなら相手取れるんですよ私?
まあ、狗藤さんに比べると木っ端のようなものですがね。
九尾の狐、酒呑童子、鞍馬山魔王大僧正――サラブレッドとかそういう次元じゃありませんよ』
『は、はあ』
その時は知識も何もなかったので生返事を返すことしか出来なかった。
『どこで三者の血が合流したのかまでは分かりませんが、これは凄いことですよ』
『ど、どうも……?』
『ですから是非、狗藤さんには大妖怪になって頂きたいのです』
鼻息荒く詰め寄る神崎に顔を引き攣らせる威吹。
神崎はハっと我に返り頭を下げて、こう続けた。
『失礼。無論、強制するつもりはありません。
幻想世界における天職を得た方には義務として説明はしていますが、
中には現実世界で普通に職を得たという方も多く居ますから。
ええはい、今は昔と違って職業選択の自由がありますしね』
ですが、と神崎は強く言葉を区切った。
『政府としましては是非、狗藤さんには大妖怪への道を歩んで頂きたい。
そのためならば可能な限りの便宜を図る用意があります』
何故そこまで、と威吹は問うた。
『大妖怪というのはただ存在するだけで世界の安定に繋がるのです。
目に見えて何かが、というのはありませんが長期的に見れば確実に益となります。
特別、何かをしろとは言いません。
いえ、大妖怪になるのならそのために学んで頂きたいですし努力もして頂きますがね?』
威吹にとってのメリット、デメリットも神崎は懇切丁寧に教えてくれた。
時間も与えると言ってくれた。
だが、威吹はその場で決断した。
『…………家族と今直ぐ完全に縁を切れるのであれば』
耐え難く、時を重ねることでしか解放されない苦痛。
今直ぐにでもそれから逃れられるのなら人としての人生を捨てても後悔はなかった。
『分かりました。では、そのように手配致しましょう』
神崎の動きは早かった。
数日で何もかもが終わった。
新しい住居も快適だったし金銭的な不足もない。
威吹は卒業まで何不自由もなく現実世界での暮らしを送ることが出来た。
そして今、威吹は本格的に大妖怪になるべく汽車に揺られ幻想世界を目指している。
ちなみに威吹は今でも狗藤威吹という名を用いているがこれは未練とかそういうことではない。
単純に名前に繋がりを見出すタイプではないから、
いきなり違う名前にしても馴染ませるのが面倒だしとそのまま継続して使っているのだ。
「……相馬高等学院、ね」
手元にある入学案内を見つめる。
神崎の説明によると裏の世界で天職を得るつもりの者らが通う学舎らしい。
詳しく説明をしてもらったのが……イマイチ、ピンと来ない。
神秘とは縁遠い現実世界で暮らしていたからだろう。
「ちょっと身構えるなあ」
学費は無料。
住む場所も政府が用意してくれて生活費まで支給される至れり尽くせりの待遇だ。
緊張がないと言えばウソになる。
だが、出来る限り頑張ってみようという気持ちに嘘はない。
何せ政府には家族から解放してもらったという恩があるのだ。
相応の報いを返さねば不義理が過ぎるというもの。
《……――まもなく、終点。終点。お忘れ物をいたしませんよう、気をつけてお降りください》
アナウンスが鳴り響く。
威吹は棚からスポーツバッグを取り出し出入り口へと向かった。
「確か、こっちに滞在してる外交官が迎えに来てくれるんだったか?」
ガタン、と車内が揺れ停止する。
開かれたドアを出てレンガ造りのクラシカルな駅を歩き改札へ。
道中、様々な人とすれ違ったがあからさまに人外というのは意外と少なかった。
現実世界との国交を樹立して以降、人間の文化に歩み寄ったとは聞いていたが……少し、残念だ。
だがそのガッカリも駅を出た瞬間、霧散することとなる。
「おぉ」
思わず声が漏れてしまう。
一言で言えば大正浪漫。
映画や本の中でしか見たことのない光景が眼前に広がっているという事実に威吹は高揚していた。
「話では聞いてたが実際に見ると……」
立て直しのために現実世界と交流を図った幻想世界。
人間を多く受け入れるようになったから、その影響で環境も整備されたと聞く。
バランスの問題もあり科学を前面に押し出した近代社会のそれには出来なかったらしいが、
「良いじゃん。うん、風情があるよ」
笑みを浮かべる威吹だったが、ハッと我に返る。
街並みを楽しむのも良いが今は別にやることがあるだろう。
そう思いキョロキョロと周囲を見渡す。
「……まだ来てないのか?」
少し不安を覚える威吹であったが、直ぐにそれどころではなくなる。
「ッ」
”視線を感じた”。
十五年生きて来た中で、明確に誰かに見られていると思ったのはこれが初めてだった。
視線に重さがあることを知ったのはこれが初めてだった。
どこから自分を見ているか視線だけで理解できるなんてただごとではない。
総毛立ち、汗が噴き出す。
「ふっ、ふっ、ふっ」
息を整えながらゆっくりと顔を動かし”三つの視線”を辿る。
最初に見つけたのは女――いや、少女だった。
白いワンピースを着て日傘を差した同い年ぐらいの女の子。
首筋のあたりで切り揃えられた金糸の如き眩い”金髪”とアイスブルーの瞳、透き通るような”白い肌”。
紛うことなき美少女だ。
もっと言うなら好みのタイプだった。
(……白面? 金毛? いやまさか…………)
何となく引っ掛かりを覚えたが気のせいだろう。
そう納得し、次に視線を移す。
それは黒のレザーパンツに胸元を大きく開けた白いシャツを着た赤毛の男。
二メートル近い身長に色気を感じさせる筋肉――偉丈夫という形容がピッタリだ。
だが、容姿よりも何よりも目を引くのが手に持った酒瓶。
一升瓶の日本酒をゴクゴクと呷りながらじっとこちらを見ているのがどうしても気になった。
(いやいや、気にし過ぎだろう)
自身のルーツを知ってもう一年以上経つのだ。
いい加減にあれやこれやと考えるのは止めよう。
そう心に決め、最後の視線を辿る。
「――――」
赤毛の男ほどではないがそれでも見た目の割りにかなり体格の良い翁。
これは良い。
山伏の装束と僧衣を折衷させたような服装。
これも良い。
問題は顔の横に着けている”天狗面”。
(もう……これ…………)
いやそんなことはない。
想像通りならあまりにも惨過ぎる。
右も左も分からない状態でいきなりそれはない。
(俺、自意識過剰なんだな、うん)
よし、改めて外交官の人を探そう。
そう決めた正にその時である。
(いやぁあああああああ! 近付いてくるぅうううううううううううううううううう!!!!!?!?)
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