第2話 Battle Between Two Man①
雪が粉砂糖のように降りつもり、煌めく街には賛美歌が響く。
火星府、地域偵察部隊の駐屯地は、聖母子大聖堂から
ガシャン
そこへ、扉を開く音が突然響く。
「ただいま。ギエナ」
ギエナは、音がしたドアを見る。そこに立っていたのは、コートを着たエニフだった。ギエナは「ああ」と一つ声を上げ、エニフに話しかける。
「今お帰りですか」
「ああ。遅くなった」
エニフは笑って返す。
「今、友人を家に送ってきた所でね。申しない」
「左様ですか」
ギエナはそつなく返す。その言葉を聞くとエニフは部屋の中へ歩いて、コートを剥ぎ取りながら、部屋のクローゼットへ、そのコートをかける為に向かった。
「聖母子大聖堂のクリスマスコンサートに行ってこられたんですか」
ギエナが続けて質問する。
「ああ」
エニフが返す。
「とても明るくて、楽しかったぞ」
ハンガーにコートや服を掛けながら、エニフはギエナを見て答える。エニフの方は笑いながら返すのだが、しかし、ギエナはそれと同じように答えなかった。
そして少しの間があった所で、ギエナはエニフに、低い声で指摘した。
「ミスター・エニフ。一つ申し上げたい」
エニフが怪訝な表情をする。
「ん?」
「任務として聖母子大聖堂へ行くのは結構ですが、それ以上のもてはやしを受ける為に行くのはどうかと」
「あのなあ」
エニフは少し驚き、しかし半ば諦めたような態度をした。
「お前そんな事言うなよ」
そしてギエナに言う。
「お前、少し真面目すぎやしないか?」
「私はあくまで対応を弁えているだけです」
ギエナはそう言った。
「大体お前なあ、前から思っていたんだが、何で今回のクリスマスコンサートには出なかったんだ?」
ギエナは答える。
「私には出る必要が無いからです」
エニフはその言葉に、ほんの少し苛ついて返す。
「お前がこのクリスマスコンサートには出ないなんて言うから、俺の友人にピアノを弾くのを手伝って貰ったんだぞ!」
「それは申し訳なかった」
ギエナから謝罪がありエニフは小さく溜息を吐いた。ギエナはそれを気にもせず無視する。
そして少し沈黙があり、エニフとギエナの間に、ヒリヒリとした空気が流れ始めた。
「ギエナ」
エニフが、少し恨んだような、そんな表情を浮かべる。
そして、エニフはギエナの核心を突こうと、こう言った。
「――人工人間が嫌いだからじゃないのか?」
エニフの口から少し低めに出たその言葉に、ギエナはエニフに顔を向ける。
「と、申しますと」
「今日お前があのクリスマスコンサートに出なかったのは、あの聖母子大聖堂に人工人間の孤児が多くいるからだ。お前はそんな奴らと一緒に過ごすのなんて真っ平御免なんだろう。違うか?」
その言葉に、ギエナは事も無げに答える。
「仰る通りですが。それが何か?」
「どういう事だ」
「人工人間と同じ場にいるのは癪に障る」
「お前……」
ギエナのあまりにキッパリとした言葉に、エニフは驚く。
エニフは、彼と初めて仕事を共にしてから、この男の人工人間嫌いは知っていた。エニフはそれを好きにしておいたが、それでも仕事上、人工人間の話になるととても意見が合わない。
「お前、それだけの理由でクリスマスコンサートを断ったのか?」
「十分過ぎる理由だと思います」
「……今回は仕事じゃないから良いが、ずっと仕事でもその態度を貫くつもりか?」
「仕事上、人工人間と関わるのはやむを得ませんが、それ以上の遊戯で関わるのは虫が好かない」
エニフはまた溜息を少し吐き、少し困惑した表情でギエナに質問をする。
「ギエナ、何でお前は人工人間が嫌いなんだ?」
エニフの質問にギエナは無表情で答える。
「貴方に語るほどの理由ではありません」
「何があったんだ」
エニフはさらに詰め寄った。
「貴方に言いたいとは思わない」
エニフはまたはっきりと返す。
「はあ?」
そうギエナに言われ、エニフは腹の虫が更に悪くなった。そして同時に、これはどうしようもないな、とエニフは思わざるを得なかった。
「なあ、ギエナ」
エニフは、少し懇願するように言う。
「お前も、人口人間の誰かと一回くらいは話してみろよ。そしたら、何か変わる事があるかもしれない」
そんなエニフの提案をよそにギエナは少し大きな声で返す。
「私にはそんな体験は十分だ。必要ありません」
「そんな事無いだろ、歩み寄れば何かが変わるって!」
「変わらない。人工人間の何かが変わるとは思えない」
「変わるって!」
「変わらない。人工人間には改善の余地などない。元々生まれてこなかった欠陥品だ」
「そんな事言うなよ」
エニフは眉にしわを寄せる。
「話せばきっと、何か分かる!」
ギエナは、椅子を少し回し、エニフの方へ体と顔を向けて、エニフの顔を見て言った。
「では何か話して何か変わった証拠があるのですか」
はっきりと言うギエナにエニフは堪らないといった表情で返す。
「そんな事に証拠がなきゃ駄目なのかよ!」
そしてエニフは諦め半分で、いつの間にか力が入っていた自分の手を解く。
「全く……」
エニフは横を俯いて、吐き捨てるように言った。
「人工人間を欠陥品だとか失敗作だとか言って、ギエナ、お前少し穿った見方をし過ぎじゃないのか!」
そして声を荒げ、エニフは激昂する。
「少しは歩み寄ってみろよ!」
そうして、遠くへ歩いて行こうとするエニフ。そこに、ギエナの声が降ってくる。
「歩み寄るなど言語道断ですな」
振り返るエニフ。
そしてギエナは、エニフに険しい目を向けてこう言い放つ。
「そのような行動は無意味としか言いようが無い。ミスター・エニフ、これは前から言おうと思っていたのだが、貴方の最近の人工人間を助けるような行動は、少し目に余る」
そして静かに言う。
「まるで人工人間を過剰に擁護するような行動は謹んで頂きたい」
「何だと?」
これに対し、エニフは驚いて頭に血が上り、こう反論した。
「ギエナ。言っておくがな、お前だってアンタレスとかいう人工人間排斥者とやらの演説に頭を突っ込んでいるんじゃないか」
エニフは追い打ちをかける。
「あれこそ人工人間の過剰な排斥運動だと俺は思うんだがね、ギエナ、お前はどうなんだ?あれこそ直すべきだろう」
エニフのこの言葉にギエナはもう黙っていられなくなった。彼は椅子から立ち上がると、エニフと向かい合ってこう言い放つ。
「それは個人の思想に対する冒涜だ」
そして二人は、立ってお互いに向かい合うような格好になった。
「そうかね。あの思想こそ、直した方が良いんじゃないのか?」
エニフは、冗談めかしたように笑って返す。
「聞き捨てならない言葉ですな。私にとってはあの少年の演説こそが一番大切な物事だと思っているのだが」
――ああ。
――ああ。
「分かった」
言っても無駄だ。
そう悟ったエニフは、少し落ち着いた声になった。
「お前の気持ちがどうむいているのかは、よく分かった」
そしてエニフはギエナに言う。
「確かに、お前がどんな事を考えて、どこへ行ってもそれは全然お前の自由だ。だがな、お前に俺のやっている事を否定される言われは無い!」
怒ったように喋るエニフに、ギエナは同じように声を荒げて返した。
「その通りです、確かに仰る通りだ。貴方にだって私のやる事を何か言う権利など無い」
そしてギエナは、エニフを少しだけ睨んだ。
「ああそうかい」
それを見て、ただ言葉を吐き捨てたエニフ。
「今日はもうお前の顔を見たくない。俺は向こうの部屋へ行く」
その言葉にギエナは返す。
「私もだ」
最後にそう言うと、二人は別々の部屋へと別れていった。
クリスマスの最中。
話し合いは平行線に終わった。
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