第三十話 私はあなたのママだから!
「ああっ! ああっ! 嫌ああーーっ!!」
「ママーッ! ママーッ!!」
アイカとヒマリの想いも虚しく、握力を失った二人の手は離れてしまった。
(ヒマリッ! ヒマリが……時空ゲートに吸い込まれちゃう!? ヒマリと……離れ離れになっちゃう!?)
二人を繋ぎ止めていた手が離れてしまい、アイカの視界の中ではヒマリが時空ゲートに向かって吸い込まれていく様子がスローモーションで進んで行く。
(嫌っ! 嫌っ! 嫌ぁぁーーっ!!)
この時アイカは不思議と……ヒマリを妊娠していたある日の出来事と、出産した直後の出来事を思い出していた。
──アイカがヒマリを妊娠して七ヶ月を迎えた頃。夫であるコウスケと一緒にアパートのリビングで過ごしていた時……。
「あっ!」
「アイカ? どうかしたの?」
「コウスケ、今ね、赤ちゃんが動いた」
「そっかぁ。お腹の赤ちゃんはアイカに似て元気なのかなぁ?」
「なによそれ? 私がおてんばだとでも言いたいのー?」
「いやっ、そういう訳じゃないよ。でも、お腹の赤ちゃんが足で蹴る……って聞くけど本当なんだね」
「うん、でもね。今のはきっと蹴ったんじゃなくて……手で叩いたんだと思う」
「ええっ? そんな事ある? だって、お腹の中の赤ちゃんの手ってすごい小さいでしょ? 手で叩く事なんてできるの?」
「まぁそうなんだけど……でもね、不思議と『あ、今のは蹴ったんじゃなくて叩いたんだな』……って私がそう感じたのよ」
「ふーん。まぁ、アイカが言うならそうなのかもね」
……そう、普通に考えたらお腹の中の赤ちゃんが手で叩いて母親が気付くなんてきっとない事だ。でも、あの時私は確かにそう感じたんだ。「あっ、この子は自分の手で私に何かを伝えようとしてる……私の手をちゃんと見て! 産まれたら私の手をちゃんと握ってね!」……って、そう言ってる様に感じたんだ。
──また、アイカがヒマリの出産を終えた直後。
「ギャァーー! ギャァーー!」
「はぁ……はぁ……」
「お母さん! 良く頑張りましたね! 元気な女の子ですよ!!」
「アイカ、ありがとう! 本当にありがとう!! 僕たちの子供を産んでくれて……僕を父親にしてくれて……ああっ! ああぁぁっ!!」
「ちょ、コウスケ、しっかりしてよ……もう、お父さんでしょ!」
「うん、ゴメン。でも本当に嬉しくて……ありがとう!」
「ほら、お母さん、お嬢さんを抱いてあげてください」
助産師から受けとった小さな身体。私の子供。肌を通して温かい体温が伝わって来る。
自然と涙が出てきた。止める事ができなかった。泣きながら小さな身体を抱きしめていると……その子は右手で私の胸を押した様な気がした。産まれた直後の子供が何か意図的な動作をするとは思えない。きっと偶然の動作だ……でも、その時も私は感じたんだ。この子は「これが私の手。ちゃんと繋いでいてね。私の手、大きくなるまでずっと見守っていてね」……って言ってる様に感じたんだ。
アイカはヒマリの手を離してしまった状況で、過去の印象的な思い出深い出来事を走馬灯のように思い出す。そして回想を終えて……我に返る。
(そう! そうよ!! ……ヒマリは私の娘! 産まれる前から……産まれてからもずっと……ヒマリはこの手を私に伸ばしてくれたんだ! ……離さない! ……離せない! ヒマリが伸ばすこの手を! 私は離すわけにはいかない!!)
改めてそう決意した瞬間、アイカはヒマリに向かってかろうじて動く両腕を使って、時空ゲートに吸い込まれようとするヒマリの身体を飛び込むようにして
(手は動かなくても腕なら動く!! ヒマリの手を離すくらいなら! どんな世界にでも一緒に飛ばされる方がマシだわ!!)
「ママッ!? 何で!?」
「ヒマリ! 私はあなたのママだからっ! ヒマリを離したりしない! どこか変な世界に行っちゃうかもしれないけど……! ママも一緒に行くわっ!」
「ママーッ! ママーッ!」
ヒマリがアイカの腕の中で泣き叫ぶ。宙に浮くアイカとヒマリの身体が時空ゲートに近づいてゆき、今にも吸い込まれようとした……その時であった。
……ザザァーッ!! ……ビュンッ!!
「パンソー様!! 一体何をなさっているのですか!? 軽傷で済ませますのでどうかお許しをっ!!」
……スパーンッ! スパーンッ!
「キエェェッ!! あうぅ!!」
空からカニフに乗って急降下でやってきたカルネは着地と同時に「はがねの剣」を鞘から抜きながら身体を固定していたベルトを切り、そのままの勢いで突進してパンソーに斬りかかった。そしてパンソーが両腕に軽傷を負うと同時に、時空ゲートを操る呪文は無効化された。
……ザザァーッ!
ヒマリを抱えたアイカの身体が地面を滑る。
「カルネ!? カルネなのっ!?」
「アイカ! ヒマリ! 遅くなってすみません!! 大丈夫ですか!? 怪我はありませんか!?」
「もう! 遅いわよバカッ! 大丈夫じゃないわよ! 怪我だってしてるわよ! ……でも、もう本当に……ダメかと思った。ああっ……カルネ! 来てくれてありがとう!」
「わーい! カルネだー!!」
安堵の余り……泣きながら地面に伏せるアイカとヒマリが歓喜の声をあげる。
「うぁぁー! 腕がっ! 腕がぁっ!」
パンソーは鋭い切れ味のはがねの剣で両腕に傷を与えられ、痛みとショックで奇声をあげている。
「ボーッ! ボボーッ!」
「あっ! ボボも来てる!!」
ボボは自らの判断で不穏な気配に包み込まれたパンソーに対して触手の様な紐状のものでベシベシ! ……と叩いて攻撃している。しかしこの攻撃によるパンソーへのダメージはない。パンソーにとってはただうっとおしくて邪魔なだけである。
「何だ? これは……! やめっ、は、離れろっ!」
パンソーとボボが絡み合ってる間にカルネはアイカを起こす。
「アイカ!」
「もうっ! カルネ! 私達、本当に怖かったんだからね! もう……ばかばかっ! でも……やっぱり助けに来てくれた! 最高のタイミングでっ! やっぱりあなたは私のアイドルよ! カルネ!!」
飛びついて抱き着こうとするアイカをカルネは一旦落ち着かせる。
「アイカ、ヒマリ、遅くなりすみません」
「うん、来てくれるのが遅かったのはきっと後で怒れてくるんでしょうけど……今はひとまず良かったわ。ところで魔女さんは大丈夫なの? 腕を怪我させちゃったみたいだけど?」
「ええ。非常事態だったので斬ってしまいました。でもあれ位の軽傷なら、プリム様の植物の力で治癒できるでしょう。それもこれも……鋭い切れ味をもったこの名刀、はがねの剣がなせる技です。ありがとう、ヒマリ!」
カルネはヒマリの頭を撫で、ヒマリが笑顔でそれに応える。
「うん、良かった! ヒマリもカルネの役に立ててうれしい!」
「ちょっと待って! そう言えばお爺さん達はどうなったの? 魔女さんに空に飛ばされちゃったのよ!?」
「アイカ、聞いてください。ポルトミーヌ様とプリム様も一緒です。空の上で遭遇したので、コンパに乗ってここに来ています」
「そっか、ウサギさん達に乗ってきたのね。で、二人は今どこに?」
「えっと……そう言えば?」
アイカとカルネが周囲を見渡す。すると上空から二人の声が聞こえてきた。
「こーれー! この魔女っ子め! 儂らだけでなく来訪者のお嬢ちゃん達まで襲うとは何事じゃ!」
「魔女っ子! ちいと痛いが我慢するんじゃて! 今、お主を救ってやるんじゃて!」
アイカは空を見上げると、空の上でコンパからジャンプして一緒に飛び降りてくるポルトミーヌとプリムの姿があった。
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