第二十八話 離したらダメよ! 絶対!

 アイカは目の前でみるみる危険な気配が増していく魔女パンソーとの話し合いは諦め、ヒマリを抱えてその場から逃げ出す。しかし、パンソーは走り去ろうとするアイカの足元に向けて衝撃波を放つ。


……バシュッ!


「きゃぁっ!」


……ザザァーーッ!


 アイカはヒマリを抱えたまま足元をすくわれて転倒した。アイカは胸に抱えたヒマリを守る様に身体を反転させて倒れた為、背中から激しく地面に叩きつけられる。


「がはっ!」

「ママッ! 大丈夫っ?!」


 アイカの顔を覗き込んで心配するヒマリの姿がアイカの視界いっぱいに広がる。 


(ヒマリ……ヒマリだけでも逃げて欲しいけど、これじゃ無理ね。私がヒマリを連れていかないとっ!)


「ヒマリ、お願い! ママの手を取って起こして! 一緒に逃げるわよ!」

「えっ? ……うん、ママッ!」


 一瞬返事を迷ったヒマリは「魔女の説得」という課題を思い出したのだが、魔女のおぞましい姿とアイカの必死な様子を見て直ぐに従う。


「ありがとっ、ヒマリ!」


(……そう、この小さな手が! ヒマリのこの手が! 私に無限の力をくれるんだ! ヒマリッ! ママは……あなたを必ず守るからねっ!)


 アイカは背中を強打した痛みなど忘れてヒマリを抱いて走り出す。


「来訪者……愛する……者。大切な……存在……! ああっ! ああっ!」


 アイカは走りながら奇声と叫び声をあげるパンソーに向かって大声で言う。


「ちょっと魔女さん! 何があったか知らないけど、他人に迷惑かけてるんじゃないわよっ! 熊さんもお爺さん達もあなたの友達なんでしょ! それなのに酷い事をして! しっかりしなさいよ!」


「う……うるさいっ! うるさいっ!! 別れ……愛する大切な存在との別れ!! ああっ!」


「お爺さんもお婆さんもあなたの事を凄く心配してるのよ! ちょっと位落ち着いて話を聞いてあげたらどうなのよ!?」


「黙れっ……お前には……わからない。わからない……んだ。そう、愛する者と別れる辛さが……」


「少しくらいなら私にも分かるわよ! でも、どんなに辛い事だって乗り越えなきゃいけない時だってあるでしょ!?」


……シュタッ!


 声をあげながらパンソーとの距離をとっていたアイカだったが、再びパンソーが目の前に現れる。


(……えっ!? せっかく少し離れたのにまた目の前にっ!?)


 アイカはヒマリを抱いて再び走ろうとするが、パンソーは奇声をあげながらアイカの足を狙っていくつかの衝撃波を放つ。


「はあぁぅあーっ!」


……ピシッ! ピシッ! ピシッ!!


「きゃあっっ!!」


……ザザァーーッ!


 衝撃波はアイカの足に命中し、ヒマリを抱いたアイカが再び地面を滑る。


(ああっ! 先より足が痛い!? 足に命中したっ!? これじゃ早く走れないっ!?)


「ママ! 大丈夫!?」

「ええっ! ママは大丈夫よ、ヒマリ!!」


 アイカはヒマリを不安にさせない様に虚勢を張る。しかし足の痛みは酷く、直ぐに起き上がる事が出来ない。先程と違って直ぐに起き上がろうとしないアイカの様子を見て、ヒマリはアイカの腕から離れてアイカとパンソーの間に立つ。そして、小さな両腕をいっぱいに広げて叫ぶ。


「ダメッ! ママをこれ以上いじめないで!!」


(ああっ! ヒマリ!!)


 自分を守ろうと危険な魔女に対して無謀な行動に出るヒマリの姿にアイカは感情が壊れそうになる。しかし、アイカもヒマリだけは守ろうと声をあげる。


「ヒマリッ! ダメ! 危ないからママの後ろに隠れて! お願いだから! ママは大丈夫だからっ!!」


 母を守ろうとする小さな娘。動けなくなっても小さな娘を守ろうとする母……大切な者を守ろうとする二人の姿にパンソーは苦悩と苛立ちを増す様に言う。


「分からないんだ……お前は、愛する者と別れた事がないから……そうだ、同じ苦しみ、同じ辛さ……味わうと良い。そうだ、それで良い……私と同じ思い……そうしたら、辛いのは私一人じゃない……」


「ちょ、ちょっと……何を言い出すの?」

「別れ……永遠の別れ……愛する者と二度と会えない苦しみ……」


 パンソーはゆっくりと数歩下がってアイカとの間に距離をとる。そして、低く重たい声で呪文を唱え始めるとパンソーの頭上にブラックホールの様な黒い空間が現れた。


(あれは何っ!? あれが……魔女が操るっていう「時空ゲート」なのっ!?)


 パンソーの頭上に現れた時空ゲートは少しずつ大きくなり、人の身体を飲み込むのに十分な大きさにまで広がった。パンソーは片手を頭上に掲げて時空ゲートを維持し、もう一方の片手をアイカとヒマリに向ける。するとヒマリの身体がゆっくりと宙に浮き始める。


(えっ!? ……ヒマリの身体が浮いてくっ!?)


「ママーッ! 身体が……浮いてる! 何これ……怖いよ、ママッ!!」


……パシッ!


 ヒマリは宙に浮きジタバタしながらアイカに向けて右手を伸ばす。足の痛みなど忘れてアイカは咄嗟にヒマリの右手を両手で掴んだ。しっかりと、力強く……アイカは両手でヒマリの右手を掴んだ。ヒマリもそれに応えるように、自分の左手も使って両手でアイカの手を強く掴む。


「別れ……だ。愛する者との別れ……時空ゲートに娘だけを飛ばしてやる……別れ……別れ……永遠の別れだ……ははっ! はうぁぁーっ! 二度と会えない別れーっ!!」


……ビュゥーッ!


 ヒマリの身体が宙に浮き、ヒマリの身体だけが不思議な引力で時空ゲートに向かって吸い込まれようとしていく。


「ははっ。会えない……会えない! もう二度とっ!!」

「ちょっと! そこの魔女! 馬鹿な事はやめなさい! こんな事……承知しないわよ!」


「ママーッ! ママーッ! 怖いよ! ヒマリ……どうなっちゃうの? あの黒いのに吸い込まれたらどうなっちゃうの!?」


「ヒマリッ! そんな事を考える必要ないわ! ママの手をしっかり握りなさい! 離したらダメよ! 絶対! 絶対よ!」


「うん、分かった! ヒマリッ、ママの手、絶対離さない!!」


「良い子よヒマリ! ママも……絶対にヒマリの手を離さないからねっ!」

「うん! ママーッ!」


 ヒマリは恐怖で泣きながらもしっかりとアイカの手を掴む。ヒマリの頬を伝う涙の粒が時空ゲートに吸い込まれてゆく。ヒマリは恐怖に負けずにアイカの手をしっかりと掴む。しかし時空ゲートがヒマリを吸い込もうとする力は次第に強くなり、ヒマリを両手で掴むアイカの身体ごと少しずつ時空ゲートに引き寄せられていく。


……ズズッ、ズズッ。


(何よこれっ!? ……どんどん引き寄せる力が強くなってる!? ああっ、足に力が入らない!? このままじゃ……二人とも吸い込まれちゃう!?)


 アイカは痛みをこらえて必死に足を踏ん張るが、時空ゲートとの距離は確実に近くなってゆく……。

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