第十二話 これはママにはナイショなの!

 アイカはヒマリが知っているはずのない「はがねの剣」を描き出した事に困惑していた。その隣でヒマリがはがねの剣を持ち上げてカルネに渡す。


「カルネ、これを使って!」

「これは凄い! こんな立派な剣は……部隊長、いえ、将軍にでもならないと使う事ができませんよっ!? ヒマリ、ありがとうございます!」


 カルネは興奮しながら、はがねの剣を手に取りブンッブンッ……と振り回して近くに生える木の枝で数回試し切りをする。


……スパッ、スパッ!


 はがねの剣は見事な切れ味を見せ、いとも簡単に木の枝を切り落とす。


「これは素晴らしい名刀ですね! これなら……きっとやれます!」

「ピィーッ! ピィーッ!」


 カルネが手にした新しい武器に勝者の鹿も興奮して再戦を促す。そして第三戦が始まった。互いに精神を集中する。


……シュゥゥッーーー。


(ヒマリが描き出してくれたこの剣で……負ける訳にはいきませんね!!)


 カルネはヒマリの想いも自分の力に上乗せして会心のひと振りを叩き込む。大角の鹿も鋭い切れ味を見せたはがねの剣に怯む事なく全力で突進する。


「はぁぁーーっ!!」

「ピィィーッ!!」


 最後の真剣勝負。互いに全力を込めた一閃が炸裂する。すれ違いざま、やはり勝負は一瞬だ。


……カーーンッ!!


 今度は鹿の大角が宙を舞った。


「やった! カルネ!」

「カルネ! すごーい!!」

「ボボーッ! ボボーッ!」


 アイカ達は歓喜に湧いた。そして勝負を終えたカルネと大角の鹿は互いに勝負を讃え合う。


「緊張感のある良い勝負でした。ありがとう」

「ピィーッ、ピィーッ」


 こうして一行はカルネの活躍で最短ルートの道のりを確保する事ができたのだが、アイカは喜びも束の間、重要な事を思い出す。


(そう言えば! ……どうしてヒマリがこんな立派な剣を描けたの!? 一体どこでこんなモノを知ったわけ!?)


 アイカはヒマリを問い正す。


「ねぇヒマリ? どうしてヒマリが『はがねの剣』なんて知ってるの? どこでこんな物を知ったのよっ!? ママに教えなさい!!」


 アイカ口から出る少し強目の言葉に、ヒマリはハッとした表情をしてすかさずボボの後ろに隠れる。


「ヒーマーリーッ? 隠れてもダメ! 怒らないから、ママにちゃんと教えなさい!」


 ヒマリはボボの後ろからちょこっと顔を覗かせて小さな声を出す。


「ママ、本当? 怒らない?」

「ええ、本当よ。怒らないから、ママに教えて」


「うん、分かったよ、ママ……これはね、パパが教えてくれたの」


(えっ? コウスケが? ……一体どういう事!?)


 ヒマリの口から出た「夫であるコウスケ」という予想外の答えにアイカは戸惑う。


「ヒマリ、どうしてパパなの? 一体どういう事?」

「……」


 再びだんまりを決め込もうとするヒマリだったが、アイカはそれを逃さない。


「ヒーマーリーッ!」

「……え、えっとね、ママ。お家でヒマリが寝る時、パパが一緒に寝てくれる日があるでしょ?」


「ええ、そうね。でもその時はパパが動画で絵本とか子守唄を観せてくれてるのよね?」


「うん。初めはそうだったの。でもね、ヒマリが寝た後にパパがゲームのじっきょう動画っていうのを観てて、その音でヒマリが起きちゃった時があったの」


「……」


(何だか、状況が見えてきたような……)


 ヒマリは説明を続ける。


「それでね、パパに『ヒマリもパパが好きな動画を一緒に観たい』って言ったら、パパは『良いよ』って言って観せてくれる様になったの。でもっ、でもね! ……これはママにはナイショなの!」


……ピキッ!


 アイカの体内で何かがブチ切れる。そして怒りの炎が燃え盛る。


(コーウースーケーッ!! 最近やたらとヒマリが大人しくコウスケと一緒に寝に行くと思ったら! ……ゲームの実況動画ですって!? 私に隠れてヒマリに何てモノを観せてるのよっ!!)


 心の中では怒りの感情しか無いアイカだったが、それをヒマリに向けるのは一旦抑えてコウスケが確信犯である確実な証拠を掴みにかかる。


「ね、ねぇ、ヒマリ? ……その、パパが観せてくれてる実況動画のゲーム、名前は分かる?」


「え? ゲームのお名前?」

「うん、そうよ。ゲームのお名前」

「えっ、えっと……何だったかなぁ?」


……ゴゴゴォォッ!


(あっ……マ、ママ、怒ってる!? この話は『ママにはナイショだよ』ってパパと約束したのに!)


 アイカの体内で燃える怒りの炎が、今にも実体化して目に映りそうな雰囲気を醸し出している。ヒマリはアイカを怖がりながらも、必死にコウスケとの約束を守ろうと努力する……が、目の前にあるアイカの不敵な笑みと恐怖の重圧には勝てなかった。


「ヒーマーリーッ? ママ、知りたいなーっ」

「えっと……えっと……」


(ああっ、パパ、ごめんなさい! ママが怖いからっ、もう言っちゃうね!)


「はーやーくーっ! ママに教えなさい!? ヒマリッ!?」

「あっ、えっと、確かねっ……ど、どらやきクエスチョン!」


(……どっ、どらやきクエスチョン!? それ、多分アレよね!? 結婚する前にコウスケがいつもやってた……国民的ゲームのアレよねっ!)


「そ、そう……ど、どらやきクエスチョンって言うのね。ふっ、ふふふっ……教えてくれてありがとう、ヒマリ……ふふっ。ママ、とっても嬉しいわ」


 アイカはヒマリを抱き寄せる。


「マッ、ママ!? ちょっと……痛いっ」


 秘密を知ってしまった今のアイカに、ヒマリを抱きしめる力加減はできない。


……ゴゴゴォォッ!!


(コーウースーケーッ! 私に隠れてヒマリにゲームの実況動画を観せてたなんて! 許さないんだからっ! こうなったらもう……コウスケが楽しみにしてる週末だけのご褒美ビールは全て発泡酒に代えてやるわっ! ビール飲んで良いのは盆と正月と記念日だけにしてやるんだからっ!!)


 アイカの疑問が晴れて解決したと同時に、コウスケは毎週末楽しみにしているご褒美ビールを失う事となった。こうして諸々の諸事情が複雑に絡み合う中、大角の鹿達と勝負を終えた皆はそれぞれ……


・一行は「森を進む最短ルート」

・カルネは「はがねの剣」

・アイカは「コウスケの秘密」


を手に入れた。

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