第65話 バトロワ2 死神3
「じゃ、行ってくるねスペさん」
「ああ、気を付けてな」
ミルキィが杖に腰かけると、杖が呼応するように宙に浮いた。大魔女ダスピルクエットの杖。RDAで潜ったとあるダンジョンからの出土品で、自由に跳びまわれる他、魔法の効果も上げてくれる逸品だ。
ミルキィ軽く杖を指で叩いて、杖によって高く飛び上がった。地上から十メートルは離れたくらいの高さだ。
「さ、行こう☆」
ニヤリ笑って、ミルキィは高速で巡回を始めた。廃墟と化した摩天楼が次々にミルキィの視界から消えていく。
―――次のミルキィの策は、巡回と一掃作戦だ。
火の雨やアシッドレインは、敵が大勢であればあるほど効果がある。だがある程度バトロワが進んで人数が減ってくると、場合によっては一人も死なない、なんてことがあるくらい大雑把な攻撃なのだ。
だからミルキィは、このタイミングからもう少し緻密に動く。つまり、サーチ&デストロイということだ。
「気になるあなた、今どこで何しているの? 気になって眠れない」
飛び回っているだけでは、ここまで生き残った歴戦のプレイヤーは炙り出せない。だからミルキィは、さらに追加の魔法を唱える。
「気になるの、気になるから覗いちゃう、全てを見通すこの瞳で」
―――テンダー☆クレアボヤンス
ミルキィは手で作ったのぞき穴を通して周囲を観察する。するといまだにデュオのまま残っている部隊を発見して、ニヤリと笑った。
「いるね☆ なら、この地域は全滅させよう」
杖の石突の方をくんっと持ち上げて、ミルキィは上空百メートル近くまで急上昇した。いかな摩天楼とて、この周囲はもうミルキィよりも高い位置に屋上はない。
そしてミルキィは、唱え始めるのだ。
「空より降るは小さな星、地球と惹かれ合うそれは引力という名の恋模様」
周囲に展開される魔法陣。これそのものに意味はない。だがそれらしいことは、それらしいというだけで幻想魔法にとって意味がある。
「きらめく軌跡は恋の輝き、放つ衝撃は胸の鼓動、その熱は愛ゆえのもの」
意味があるなしで言えば、たった二人に大魔法をぶつけるミルキィの行動にも疑問がわくところだろう。だが、そうではないのだ。
誰が生きているなら、その近くはそういった偏りがあるという事。運か、地理関係か。
「来たれ愛のときめき」
その正体をミルキィは知らない。だが、経験則で、ここでぶっぱすれば大抵複数パーティが死ぬことを理解している。
「ラブリー♡メテオ」
そして。
隕石が、落ちる。
一瞬の真っ白な軌跡が走った直後、この周囲一帯を衝撃が砕き、熱が焼いた。ミルキィとて魔法の防護膜がなければ死んでいるような、そんな攻撃だ。
「わー、すっごい音☆」
耳をふさいでこれなのだから、我ながらえげつない。そして数十秒して、轟音が終わった。キルログには、6人を自らが倒したと表示されている。
それと同じくして、コメくんが同じ人数を軽やかに殺したという記録も。
「……」
ミルキィは、変わらないその様子に苛立ちを覚えた。
それが、まるで歯牙に掛けていないとばかり淡々とキルを重ねているのを見ると、無視をされているような気持ちになってくる。
「そりゃ、最終収縮で、なんて約束はしたけどさ」
ふん、だ。とミルキィはクレーターと化したその地域から抜け出した。杖は高速で空を駆ける。小回り重視な飛行だが、直線に振り切ればこういう事も出来るのだ。
そこで不意に、ミルキィの脳裏にいい案が思いついた。にやっと笑って、呟く。
「そうだ。最終収縮で、とは言ったけど、必ずしもそうなるなんて約束したわけじゃないしね☆」
つまみ食いしちゃお。クスクスと嘯きながら、ミルキィは杖で飛びつつ呪文を唱える。
「焦がれるほど恋するこの心、あなたの下へと飛んで行け」
同時に属性魔法で簡単に作るのは、一枚の紙だ。それを折り紙のように折り畳み、折り畳み、一枚の紙飛行機のようにする。
「ハートの形の飛行機は、あなたの下へと一直線。空を飛んで、一直線」
形はもちろんハート型。ミルキィは唱えながら、コメくんのことを思い浮かべる。
「サーチ☆ペーパー☆エアプレーン」
そして、飛行機を飛ばした。それは風に操られるようにくるりと方向を変え、そしてまっすぐに進んでいく。
「そっちだね☆ じゃあ今から行くから待ってて、コメくん」
ミルキィはクスクス笑いながら、紙飛行機について行く。
飛行機について行きながら思うのは、キルログが止まらない、ということだ。
『CosmicMental-man』→『■■■■■■』
「わ、またキル……」
もうミルキィとコメくんのパーティしか残っていないのでは、というほど、断続的にコメくんのキルがログに上がる。
彼の配信のアーカイブを一通り追っていて、ちゃんとファンのつもりだったが、実際にマッチしてみると分かることは多いのだと思う。特にその殺意の高さ、挑戦心。
コメくんの最強の質は、接近戦においてのそれだ。遠距離になればなるほど相性が悪い。つまりミルキィはコメくんにとって相性最悪なのに、あろうことか別れる寸前で宣戦布告。
そして、その宣言を守るかのように、彼は生き残ることに加えてキルを重ねている。
「あ、落ちた」
物思いにふけっていると、眼前で紙飛行機が突然墜落した。ということは、この直下にコメくんがいるという事だ。
念のため親指と人差し指で作った眼鏡で透視。ちゃんとコメくんはそこにいた。何なら、他の敵を追い回しているところのようだった。それに、ミルキィは少し意地悪な顔をする。
「悪いんだ☆ メインディッシュを前に、ビュッフェに夢中になりすぎだよ、コメくん。だから、ちょっとオシオキ」
注意してなかった君が悪いんだから。そう呟いて、ミルキィは上空へと昇る。昇り切ってから、見下ろした。
狙うは一掃だ。ミルキィへの警戒を怠ってキルを稼ぐなんて、
「いーい? コメくん。
ミルキィは、はるか上空より告げる。
「主催を放置なんて、マナー違反なんだから☆」
呪文を紡ぐ。先ほどのような隕石の魔法を。慣れた詠唱はミルキィの下の上で滑らかに紡がれる。そして、完了した。
「ラブリー♡メテオ」
展開された魔法陣を打ち砕きながら、隕石が落ちた。空気摩擦によって白熱した、夜を裂く真っ白な軌跡。そして轟音。
だが、耳を押さえたミルキィの下には衝撃波も熱波も来なかった。轟音も先ほどのものに比べるとひどく短い。「あれ?」と下を見下ろしながら、不意にミルキィは思った。
―――そういえば、隕石を落とす瞬間、コメくんの場所どこだったか見失ってたな―――
直後、
ミルキィの防護膜が、何かによって貫通した。
「……え」
間一髪だった。頬に触れると、一筋の血が垂れている。防護膜は粉々に砕けたガラスのようにパラパラと落ちていく。
何をされた、と人差し指と親指の手眼鏡で見下ろして見ると、ソードブレイカーを構えてこちらを見つめるコメくんが立っていた。
「―――ま、まさかっ……!」
隕石をパリィしたとでもいうのか。そのパリィして砕けた隕石の破片が、威力そのままにミルキィの防御を突き抜けたとでも言うのか。
隕石はどこにもない。と思ったその瞬間、一拍おいて廃墟のいくつかが轟音を上げて吹き飛んだ。根元からではなく、十何階から上が消えうせる、と言うような崩壊の仕方。
間違いない。本当に隕石をパリィしたんだ、と戦慄しながら見下ろしていると、彼は獰猛に笑い、そして口を動かした。
その唇の動きを、ミルキィは必死で追う。あ、い、あ、う……。
「……あいさつ代わりだ、って……?」
途端に、ミルキィの背筋にぞくりとしたものが走った。それは二つの感情の複合体。恐怖のそれ。コメくんはちゃんとミルキィを意識していたというそれ。
思わずミルキィは、強く自らを抱きしめていた。
「ふ、ふふ、あは、あはは……☆」
ミルキィの中で、自覚と共に衝動が湧きあがる。狂おしいほど彼を求める欲望。彼を自らの魔法で消し炭にしてやりたいと思うと同時、彼になら殺されてもいいと思う気持ち。
身をよじりながら、ミルキィは言った。
「コメくん、君、最高だよ……☆ 君のファンで良かった。君とマッチ前に話せてよかった。君の敵で良かった」
コメくん、とミルキィははるか遠くに立つ仇敵を見る。
「ボクが、君を殺してあげる。だから、君がボクを殺してよ。絶対楽しいから、さ☆」
ミルキィの瞳にギラギラと星が輝く。それはコメくんがミルキィを見つめる瞳の輝きと同種のもの。憧憬と殺意が入り混じった、殺し合いに狂う者のみが持つ独特のそれ。
二人は見つめ合い、どちらともなく視線をそらした。それ以上はやり合わず、再び散っていく。
ミルキィは独り言ちる。
「さってと。じゃあコメくんとの最終決戦で邪魔になるような他の敵は、みんな殺しておこうかな」
キルログでまたコメくんがキルを重ねたのが分かった。恐らく先ほど追っていた敵だろう。ミルキィはにっと笑って、また杖で空中を駆けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます