第63話 バトロワ2 死神1

 会場への移動で、俺はARディスプレイでずっとミルキィちゃんの配信を眺めていた。


 絶対に勝ってくると約束したので、ギンコなどの付き添いはなしだ。妖怪三人組には適当に祝賀会用の店を確保してもらう事になっている。


 あとの理由としては、シンプル目立つので邪魔だからと置いてきた、というのもある。前回は女児服を着て尻尾を隠したギンコだけだったからいいものの、八尺様は八尺様と分からなくとも目立つ存在だ。ぬらりひょんのじいちゃんだけは目立たないだろうが。


「なぁ、ねむ」


「何ですか先輩」


 俺が呼ぶと、隣に座るねむがこちらに視線を向けてくる。


「ミルキィちゃんのバトロワ配信を色々と見てたんだけど、何かこう……手心を感じね?」


「同意を求められても、あたし見てないので」


「これ」


 俺は自分のARディスプレイからねむのそれに情報を送る。ねむは自分でも開いてみて、シークバーをすすっと動かして確認した。


「……ぬるいですね。というより、あたしたちへの大魔法がえげつないというか」


 何ででしょう。首を傾げるねむに、「んー」と俺は考える。


「大量殲滅が十八番なのに、前のバトロワで俺のチームがそれを越えてったから、とか?」


 流石に自意識過剰か、と俺は笑う。一方、眉を顰めるのはねむだ。


「……それ、結構あると思いますよ。あたし、大魔法使いさんと戦うにあたって色々調べましたけど、インタビュー記事とかで『80人を一人で倒したなんて記録持ってるのはボクくらいだよね~☆』なんて言ってましたし」


 誇らしげなインタビューである。確かにそれならありそうだ。


「それであの大災害かぁ」


 俺はかつてのことを思い出す。火の雨、硫酸の雨、隕石、凍土、竜巻、落雷……。


「……ムカつくなぁ」


「っ?」


 俺がボソッと漏らした一言に、ねむはぎょっとして飛びのいた。


「え、何ですか。先輩が荒っぽい言葉を使うと、かなり怖いのでやめてください」


「何だよ。普通にみんな言うだろ『ムカつく』くらい」


「いつもあんまり言わない癖に、相応の行動を実行してる先輩が言うと怖いって話です」


 確かにそいつは怖いかもしれん。言わないのにやる奴が言ったら、もう間違いなくやらかしそうだ。


「でもムカつかね? そんなちょっとしたミルキィちゃんの虚栄心で俺たちあんなひどい目に遭ったってことだろ? 殺すぞって思うじゃん」


「怖い怖い怖いです」


「んでもなぁ、元々殺すつもりではあったし……。あ、そうだ。いいこと思いついた。俺たちあの大災害は予習済み対策済みだし、ついでに数人殺して俺の記録超えらんねーようにしてやろうぜ」


「えっ」


 ねむが青い顔になる。震える声で、確かめてきた。


「そ、それはつまり、何ですか。あの大災害をぬって、五人以上殺すとでも?」


「五人……。んー、少ないな。火の雨で一パ、硫酸の雨で一パ、隕石で一パ、吹雪で一パ。合計四パで八人以上殺そうぜ」


「八人以上も!?」


 ねむは驚愕に叫んだ。地方のガラガラの電車の中でも、ほどほどに座っている人はいる。俺はすいませんと周囲に片手謝りしつつ「うるさいぞねむ」とたしなめた。


「……先輩ってどこまで高みを目指せば気が済むんですか」


 ねむの引き気味の言葉に、俺はこう答えた。


「高み? 馬鹿言うなよ。俺は、遊びは派手な方がいいだろ、って話をしてるだけだ」


 ダンジョンっていう治外法権で人殺しまくることが高みな訳ないだろ。











 そんな訳で、俺たちはバトロワ会場についていた。


 ミルキィちゃんが現れるのも、片隅に立っていた俺を見つけるのも、前回通り。このあたりのやり取りを大きく前回と変える必要はないと考えての行動だ。


 やり取りもほぼ同じ。サインを送り合って、仲良く談笑し、そして揃って入場して飛行船内の席に並んで座り、周囲と和気藹々と会話するまでを、特に波風立てることなく行った。


 ただ最後、俺は「そろそろ行くか」とダンジョン上空で風を感じつつ立ち上がり、「そうだ」とミルキィちゃんに話を持ち掛ける。


「ミルキィちゃん。もしかしてだけどさ――――自分以外の全パ、全滅させようとか狙ってたりする?」


 俺の質問に、ねむを始めとして周囲の参加者全員がぎょっとした。視線は自然とミルキィちゃんに集まっていく。


 ミルキィちゃんは、にっこにこの笑顔を俺に向けていた。そして答える。


「……おかしいなぁ☆ ボク、殺気は隠してたつもりだったのに」


 漏れちゃってた? と彼女は目を細めた。周囲全員が凍り付く。俺もその敵意の強さに、背筋がぞくぞくしてくる。


「だってさ、ボクの80人殺しの記録を破るパーティが現れるなんて思わないでしょ。チョームカつくに決まってるよね。だったら、本気☆ 出すしかないじゃん」


 ね☆ と愛らしい笑みを浮かべて、ミルキィちゃんは笑いかけてきた。それに俺は「ああ☆」と笑い返す。


「よかった。なら、俺もちゃあんと宣言できる」


「ん? なぁにコメくん☆」


 俺は、獰猛に笑って告げた。


「俺の95人殺し、越えられないようにしてやるよ。ミルキィちゃんの大災害潜り抜けて、ざっくり十人程度殺す。そうすれば、ミルキィちゃんは絶対に95人も殺せない。そうしてから、ミルキィちゃんのことも正面からぶち殺してやる」

「増えてる……」


 ねむの呟きには知らん顔。俺の宣言を受けて、ミルキィちゃんも笑った。


「あは☆ 面白くなってきた。いいね、いいよコメくん。ボクが思ってたよりずっといい。なら、ボクも本気で全員殺しに行くよ☆ 君を含めたバトロワ参加者すべてを、一切合切、蒸発させてあげる」


 周囲の参加者全員が、息をのんで震えていた。口に貼りつくのが乾いた笑みか、恐怖に引きつるそれかの違いはあれど、一様に息も出来ないほどに硬直している。


「じゃあ、また後で会おうぜ! 最終収縮で」


「うん。また数時間後、最終収縮で☆」


 そうして、俺はねむを連れ飛行船から降下した。着陸。同時、「何でケンカ売るんですか!」とねむに怒られる。


「えー、良いじゃんこのくらい。より楽しむための前振りだろ。それよりほら、ミルキィちゃんが降下したらすぐ火の雨降るぞ。準備準備」


「あーもう! 行ってきます!」


「うぃー。俺も行ってくる」


 初動はかなり重要だ。アーマーに回復アイテム。武器は最低限でいい。俺は前回通り適当な鉈を拾った。結局物資なんて、ほとんどがミルキィちゃんの魔法で破壊される。それに俺にとっては、どんな武器だって神を殺しうる剣になる。


 そしてダッシュでねむが戻ってきた。俺は空を見上げる。高らかに上がる花火の軌跡。それは火の雨の前兆だ。


「さぁやるぞ、ねむ。俺の呼吸確保は任せたからな」


「はい!」


 そして、空が火の弾で覆われた。重力に従って降り注ぐ。俺は、呟いた。


「スキルセット、パリィ。予約複製、300」


 さぁ、まずは火の雨の中で踊ろう。俺は、盛大に笑う。


「やるぞ。やるぞやるぞやるぞやるぞォッ!」


「ついて行きます! コメオ先輩!」


【パリィ】【付与効果武器】


 俺はソードブレイカーを振るう。降り注いだ火の弾が概念抽出を受けて火の粉同然に砕け散った。


 詠唱を連続して唱えながら我武者羅に火の雨を打ち払い続ける。最初のような必死さはもうない。俺は体の温まる感覚に身を任せながら、笑って火の雨を潰し続けた。


 俺はマルチチャンターで自動詠唱される自らの魔法詠唱を聞きながら、まるでダンスしているみたいだと思う。歌も踊りもここにある。なんて―――なんて楽しいんだ。


 俺の周囲に火が舞う。火の粉が散り、幻想的に空気を彩る。俺の手の中でソードブレイカーが回る。銀閃を描いて何物にも邪魔されない奇跡を描く。


「先輩! 呼吸確保します―――スキルセット、銃パリィ」


 俺の息が切れてくるタイミングで、ねむが反撃銃ヘッジホッグで火の雨の一粒を銃撃した。


【銃パリィ】


 俺はそのタイミングで呼吸を回復し、再び火の雨と踊る。高まる体温に滴る汗。俺は笑顔で火の雨の全てを砕いた。


 最後の火の弾を打ち払った時、俺は全身に心地よい倦怠感を抱いていた。回復薬を一本取り出し、概念抽出魔法の詠唱をしながら飲み下す。


【回復】


 俺は全快し、一息ついた。俺の足にしがみついて震えるねむの肩をポンと叩いて、言う。


「良い働きだったぜ。さ、次だ。―――敵はどこだ、ねむ」


 尋ねると、ねむはふっと急に震えをなくして、「あっちです」指さした。


「おけ、行ってくる」


 俺はねむを置いて駆け出した。ねむが迷いなく敵の居場所を探しあてたのは、きっと悪夢から覚めたからだ。この大災害でなお生き残る敵がどこにいるのかを探し回って、見つかるまで悪夢を繰り返した。だから、これ以上ないほど情報は正確だ。


「見つけた」


 俺は「縮地」と呟きながら駆け付ける。Tatsujinのスキル発動に従って俺の速度が何倍にも上がる。彼らは「ハハハハ! 何だよこの惨状はよぉ!」とパニックになりながら泣き笑いしていた。


 そこに、俺は声をかける。


「よぉ。死神が死を届けに来たぜ」


「――――ッ!? おまっ、コメ」


 オ、とまで俺は言わせなかった。飛行船で、俺の視聴者だと語った男性。俺は彼の虚を突いて接近し、せめて痛くないように、と鉈で一息にその首を刎ねた。


 デュオを組んでいたもう一人が「ひっ、やめ」と叫ぶ。それに俺は、こう答えた。


「おいおい。パニくってたからって反撃しないのはないぜ。ハイグレードで、ミルキィちゃん以外も楽しみにしてんだからよ」


 言いながらソードブレイカーをその首に突き上げる。絶命。俺は引き抜いて、亡骸が粒子に変わるのを看取った。


「一パめ、達成」


 俺はニヤリ笑う。キルログを見ると、連続するたった一人の殺戮の中に、異物が混じる。


……

『Milky-chang』→『■■■■■■■■■』

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『CosmicMental-man』→『■■■■■■』

『CosmicMental-man』→『■■■■■■』


「先輩~! そろそろ硫酸の雨が降りますよ! 早く移動しましょう~?」


 ねむの呼びかけに手を挙げて応じながら、俺は呟く。


「ミルキィちゃん、キルログ見てっか? あと三人だ。あと三人で、もうお前は俺を越えられないんだぜ」


 厳密には俺のチームだが、と俺は笑った。さぁ、次に行こう。大災害が荒れ狂う中で、悠々と自らの戦果を飾りに行こう。

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