第22話 バトロワ、2周目

 どうする、と話が事態の解決に向くのは、必然だっただろう。


「『悪夢から目覚めましょう』、と言ったのですね」


 キッシー君の確認に、「ああ」と俺は頷いた。とりま装備だけ整えて、開始直後の戦闘は室内に隠れることでいなしての今だ。


「悪い現実を悪夢にしてなかったことにする、ってとこかねぇ。ったく、これだから空想魔法使いってのは意味が分からんのだよな。『という夢を見たのさ!』を地でやって来やがるたぁ」


 愚痴るように言いながらも、Dさんはニヤニヤしっぱなしだ。楽しくて仕方がない、という表情である。


 まぁそうだろうな。この人は俺と同じで、目の前にそびえる壁が、高ければ高いほどワクワクしてくるタイプだ。どうでもいいけどアンタの幻想魔法も訳分からんぞ。


 一方、ワクワクしているかどうかはさておき、脳が直で分析に回るのがキッシー君である。


「となると、分かるのは二つ。一つは『敵は任意のタイミングで現実を悪夢として退けられる』こと。もう一つは、『それは死亡時も有効である、あるいは死亡すると自動で発動する』のどちらかであること」


「嫌なことがあればそれをなかったことに出来て、しかも死んだら自動発動か。いやーコマッタ! 中々の強敵だなぁ。いっひっひ」


 Dさんマジでご機嫌だな。


「あとはアレじゃねーか。多分複数人これに巻き込むことが出来てさ、悪夢退散の瞬間に触れている相手にはその『悪夢』の記憶が本人同様に引き継がれるとかじゃん?」


「おぉー! それでコメオっちもタイムリープ出来たって訳だな!? となると、次からは必ず『自分の手でその敵を殺す必要がある』わけだ! んん~……! これは前のループの俺が惜しまれるな。俺が殺しとけば俺がタイムリープできたのに!」


 仕方ないが、記憶引継ぎは一人がいいだろ。今後も譲るぜ……。とDさんは遠慮の構えだ。まぁまぁ。それが無難だろうしな。


 さて、では見えてきたことを一旦まとめておこう。


 敵が使用する空想魔法は『悪夢の退散』(仮)。効果は任意あるいは自らの死亡時に発動する『現実の夢オチ』化だ。


 付属情報として、この情報を引き継ぐには悪夢の主である俺の後釜ちゃんを俺の手でぶち殺す必要がある。


「よし、じゃあ次だ。二人は敵がどう動くと思う?」


「まず間違いなく俺たちを探し出して、集中狙いだろうなぁ~。こわーい敵を執拗に狙うのは定石だぜ。とにかく情報が欲しい。んで、可能ならちょっかい出して情報だけ握ってすぐ周回。そうすれば一方的に情報が蓄積する。いつかは勝てるってな」


「ですが同時に、この広大な大地を探し出すのは中々骨です。まず我々がどこに落ちたのかを逆算するように動くことでしょう。幸いこの場所は分かりません。最終決戦から逆算して、少しずつ絞っていく必要があります」


「んで、あの子は怠慢で部屋の中にこもってて、俺たちは勤勉に奴らがどこから現れて、どこでバトり出したってのはある程度予測がつく状態だ、と。いいね。じゃあ次」


 俺は獰猛に笑う。


「俺たちは、どうすべきだと思う?」


 俺の笑みに、二人は答えるように笑った。ゲタゲタと笑いながら話しあう。


「俺はやっぱりよ、俺の強みを生かしていきたいね。つまり、心で勝つ。逆に言おう。俺は何度も何度も何度も何度も周回を繰り返して、敵の心を折ってやりたい。だってこんな反則みてーな魔法使ってんのズルイじゃんか。だからその怖さを教えてやりたい」


「ハッハー! いいねコメオっち! やっぱ最高だぜ君。となれば、俺たちの土俵だ。RDAだ。悪夢の主でRDAをしてやろう。最速で迫って、最速で殺す。ああ、こんなワクワクできるたぁなぁおい! アガってきたぜ」


「ならば、敵の性質上、意表を突くように殺す必要がありますね。最初こそ師匠を侮って姿を見ても悪夢化はしないでしょうが、何度も殺すうちに姿を見られただけで、ということが増えていくと思います。その場合は敵に情報がほぼ渡りませんが、面倒です」


「その場合俺たちの記憶もその周回までになるからな。まぁ殺せるなら殺した方がいいし、そうしよう。なら、敵同様、俺たちがすべきは―――」


 俺たちは、邪悪な顔で語り合う。ああ、最高だ。バトロワなんてヒリヒリするようなことは少ないと思ってたが、そんなことはなかった。死を帳消しにできる敵。ループ魔法。それを、真正面からぶち殺す。


「さぁ、やろう。前のループは本気を出すまでもなかったが、RDAなら別だ。本気で、俺たちの最速を叩きつけに行こう」


 俺の宣言にDさんは哄笑を上げ、キッシー君は不敵に口端を持ち上げた。まずは、敵のルートを知るところからだな。











 ねむは、必死に訴えていた。


「だから、言ってるじゃないですか! あたしは悪夢から目覚めてきたんです! 悪夢では先輩方は全員死んでて、しかもあたしも即殺されて! だから敵は前の悪夢の記憶を引き継いでるんですよ!」


「ふん、バカバカしい。降下直後に息巻いて何を言うかと思えば、俺たちが全滅? 誰がそんなことを出来るというんだ」


 ヤオマサ先輩は、その訴えを棄却する。このままだとお前はその余裕顔を引きつらせて死ぬことになるんだぞ、とは言えなかった。


 何せ、この先輩は『不敗』という異常な経歴を持つ。実力も高いが、それ以上主人公めいて運命に愛されているのだ。呆気ない死など、信じられはしないだろう。


「まぁまぁ、ヤオマサ。あれだけやる気のなかったねむが、こうして必死になってくれているだけでも良かったじゃないか。それに物資は激戦区を制したお蔭で潤ってる。話す時間くらいはあると思うぞ」


 ゴウ先輩のとりなしで、ヤオマサ先輩はやっと聞いてくれる気になったようだ。「そうだな。ひとまず、話してみろ。いつも付いてくるだけで気づいたら寝ているお前が起きているのだしな」と近くの木箱に腰を下ろした。


「くだらない話だったらボコすからね」


 そしてリン先輩が釘を刺してくる。あーホントこの人たち嫌い。と、ねむは嫌な顔だ。


「じゃあ手短に。最終収縮で、あたしが寝てると音がしなくなって、出てきたら三人の部隊が先輩たちを全滅させていました。一人は中肉中背で、大学生くらいで、特徴があんまりない……しいて言うなら変な形のナイフを持ってたんですけど」


「変な形のナイフ……。持ち込み品か。他には」


「金髪アロハでライフル持った人と、不思議なマフラーを巻いた男の子がいました。で、あたしが悪夢から目覚めようとした瞬間、一瞬で詰め寄られて首を……」


「目覚めの瞬間に触れていた相手は、その記憶を保持するのよね」


 リン先輩の確認に、「はい、そうです」と答えるねむ。一方、男二人は口を閉ざして硬直していた。


「お、おい。今言った情報は本当か」


「え? どれですかヤオマサ先輩?」


「だから、変なナイフ、金髪アロハ、妙なマフラーの三人組だ!」


 怒鳴られ、ねむはビクッと肩を跳ねさせる。「は、はい。そうです……」と答えると、ヤオマサ先輩は座る木箱を強くたたいた。


「認めん! 俺はそんなこと認めんぞ! 俺がコメオごとき負けるなどと!」


 そのまま立ち上がり、ヤオマサ先輩は先に行ってしまった。リン先輩が「え、コメ、オ……?」と顔を青くし、ゴウ先輩が「そう、か。なるほど。いや、そうだな。アイツならそこまでやってもおかしくない。後ろの二人も、明らかに手練れだった」と呟く。


「え、な、何ですか。コメオって」


「このチームにおける、君の前任者、といったところだ。死亡回数五桁を超える超人だよ。本人の資質こそ凡庸だったが、この二年間で俺たちに肩を並べるにまで至った」


「……もしかして、『不屈』とか呼ばれてた?」


「ああ。彼だ」


 ねむはそれを聞いて、全員が青ざめた理由が分かった。分かったというより、ねむ自身も青ざめた。


 『不屈』さんのことは知っていた。異様な回数死んでも、平然と立ち上がるというプレイヤー。ねむはそれを聞いて、自分の魔法と相性がよさそうだと思ったものだ。


 だが、今回に限っては相性が悪すぎる。不屈。つまり、不屈の精神で追い詰められ続けるという事。ねむの手が震えている。それを、とっさに押さえつけて見なかったことにした。


「ま、まずくないですか。元々マズイとは思ってましたけど、一番マズイパターン入ってませんか」


「うるさいわね! アンタは問題があれば淡々と悪夢から目覚めればいいのよ! それ以外は私たちの仕事! 口出しするんじゃないわ!」


 リン先輩にピシャリと言われ「はぁ……」とねむは首を縮こまらせた。ホント怖いこの先輩。怒鳴んないと会話できないのだろうか。


「そうか……。しかし、これはまずいことになったな。コメオはこういう繰り返しを何度も好んでするタイプだから、多分、ひどいことになる」


「ひっ、や、やめてくださいよゴウ先輩~。そっ、そんな、何度も何度も勝って、それを帳消しにされたら、誰だって心は折れます……よね?」


 そういうゲームはもちろんマウスをぶん投げてやめたねむだ。だが、ゴウ先輩は首を横に振る。


「RDA、というダンジョン競技ルールを知ってるか?」


 え、いきなり何ですか。


「あ、はい。名前だけなら。変だけどめっちゃすごい人たちが、単独最速ダンジョン攻略とかを訳分かんないことする競技ですよね?」


「コメオはな、最近そのトップランカー入りをした」


「ひゅっ」


 ねむ、言葉を失う。いやいやいや。そんなまさか。


「コメオで検索すれば、多分だがアイツの顔が出てくる。調べるか? 今急上昇中だ」


「……もしかして、ファンですか?」


「アイツとはもともと仲が良かったが、配信も見栄えがいいからな。推し甲斐があるぞ」


「マジでただのファンじゃないですか……」


 ねむは自覚する。話を碌に効かないうるさ型の先輩二人に、そもそも敵のファンな先輩が一人。自分は孤独であると。一人でこの孤独を勝ち抜かなければならないのだと。


 あぁ~、どうしよう~。とねむは頭を抱えた。そもそも、ねむのこの魔法は、嫌なことを徹底的に避けて生きていきたいがために生まれた魔法である。ずっと眠っていたいねむが、この世の面倒ごとを全部悪夢にしてしまえと願った魔法なのだ。


 それが転じてこんなことになるなんて、思いもしない。「うぅうぅぅうう~……!」と唸っていると、背後からちょんちょんと肩を突かれた。


「何ですかもぅ~。こっちはこっちで悩んでるんですから、しばらく放っておいてくださ」


「よっす」


 ねむは言葉を失った。そこには、さきほど自分の命を奪った彼―――コメオが笑顔で立っていた。


「えっ、あ、なっ、なんっ、なんでっ」


「いやー、ヤオマサ激戦区好きだったからさ、何となくそれっぽいところ来たら一発で当たってんだもん笑っちゃったよな。あ、これお土産。ステルス決まると気持ちいいよな」


 手渡されたのは、今の今まで話していたチームの先輩三人の首だった。「ひっ」とねむは思わず手を引いて、体を硬直させる。


 そこに、コメオの剣が瞬いた。


「え」


 ねむの視界が上下逆転する。ニンマリ笑うコメオの背後には、金髪アロハとマフラー少年。コメオはにこやかに、ねむに手を振った。


「じゃ、また次の悪夢で会おうな」


 そして、景色の輪郭が曖昧になる。悪夢が明ける。悪夢が始まる。

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