ノリで参加したバトロワで旧交を温めます殺

第16話 移動日 山奥の市街へ1

 やっべ予約浮いた。


 俺は雑司ヶ谷からの移動日、荷物の最終チェックをする傍らで、冷や汗をかいていた。目の前では、ギンコが「あめにてぃよーし! 端末よーし! 充電器よーし!」と指さし確認している。


「あとは家主殿にシーツ類を託したらそのまま引き払えるな。立つ鳥跡を濁さず、じゃ」


「あのー……ギンコさん……」


 ご満悦なギンコに、俺はとても言いづらい気持ちで声をかけた。するとギンコは唇を尖らせて振り返る。


「何じゃ。コメオのさん付けは不吉の予兆と前も」


「いや、だからその。まさしく、その不吉がやってきたというか……」


「……話してみよ」


 ギンコが強張った表情で尋ねてくる。俺は自らの覚悟を決めるために、一つ深呼吸をして、言った。


「い、二日、浮いてたことが判明、しました……。今日明日、宿の予約がないです……」


「……えっ、まことか」


「まことでござい……」


 俺からデバイスを強奪して、ギンコはじっとカレンダーを確認した。目を皿のように確認しているが、無いものは無い。無いのである。


「……秩父行きはどうなった」


「明後日です……」


「雑司ヶ谷を引き払うのは」


「今日です……」


「……」


 ギンコは普段隠している大きな五尾の尻尾を広げて、もふもふと俺を叩き(?)始める。


「バカ者。大バカ者。あれだけ宿の予約には気を付けろというたじゃろうに。では何じゃ。今日は野宿か。飛び入りの宿でも取るか? 取れたらいいのう。取れなかったら駅舎か何かで椅子に縮こまって寝ることになるな」


「すいま、もっ、すいません……すいませ、もっ、すいません……」


 口に尻尾が当たって謝罪が絶妙に遮られる。どういう気持ちで謝ればいいんだこれ。


「はぁ……。もうよい。跳ねっ返りのコメオがそれだけ素直に謝っておるのじゃ、反省はしているのであろ? それより、対策を考えるのが生産的じゃ」


「……友達の家に泊まらせてもらうとか」


「二人でか。二日もか。そんな心の広い友人がいるか?」


「いや、いる。心が広すぎてちょっと怖いくらいの人が、一人いる。ちょっと人間性に問題があるが」


「大丈夫かその友人は……」


「ちょっと待っててくれ」


 俺はデバイスから電話を掛ける。確か超朝方だったはず。今の時間は絶対起きている。


 彼は、1コールで出た。


『やっほーコメオっち! どしたん? タッグ組んでRDA走ってくれってお願い、聞いてくれる気になった?』


「ああ、それでもいい。その代わり、ちょっとお願いがある。聞いてもらってもいいか?」


『おおおお! いいよんいいよん! んで? 走るダンジョンは? 俺超絶金も別荘も持ってるから、どのダンジョンでも行けるぜ?』


「まぁまぁそれはおいおい……んでお願いってのは、ちょっと今日宿がなくてさ……連れと一緒に止めて欲しいってことなんだけど」


『あー……まぁいいけどな。どこからどこに移る感じ? 途中に別荘あればそこで迎えるぜい』


「雑司ヶ谷から秩父」


『あー! そういや雑司ヶ谷ダンジョンで俺の記録更新されたって通知がRDA.comであったわ! あれお前かよコメオっち! やってくれたなおい! しかも次は秩父……ってことは、あの爆発鬼畜熊へのリベンジか!』


「そうそう。んで、頼めるか? Dさん」


 俺の電話先―――RDA芸人というあだ名で知られる異次元RDAプレイヤーことDさんは『もち! そんなら西武池袋線と西武秩父線が切り替わってすぐのところで別荘持ってたはずだぜ! ちょっと待ってな』と一拍間を置く。


『んっんー、OK。東飯能で降りな。北口だ。そこで待ってんぜ、コメオっち。ああ! 連れ合いってのは誰だ? 彼女? 先言っとくけど俺女癖悪いから、彼女なら連れてこない方が―――』「安心してくれ。続柄はマミーだ」


『……わんだほー。マジか、レベチすぎる。前言撤回是非連れてきてくれ。そういう意味でなしに、メチャクチャ話してみたい』


「多分驚くぜ、色々とな。ただ、頼むから他言無用でな?」


『そりゃあ配信者たるものその辺りはわきまえてんぜ。んじゃ、俺も急いで移動すっからよ、いつでも来てくれ。万事ウェルカムだ』


 電話越しに、『おーい! ヘリ出してくれー!』と言ってる辺り、Dさんも大概経済回してるよなぁと思う。


 実際RDAなどというのは、金を掛けようと思えばいくらでもかけられる趣味だ。武器、道具、拠点、移動手段。快適さを求める心と金があれば、どこまでも豪遊できる。


 俺は電話を切って「ギンコ、受け入れOKだってよ」と告げた。ギンコは耳をピコピコやりながら、「本当に大丈夫なのかその友人は……」としかめっ面だ。


「多分大丈夫だよ。あの人JKからアラサーまでしか無理って公言する、性癖的には普通の人だから」


「そこは別に心配していないが……ま、確かに儂は外見的にも中身的にも大暴投じゃの」


 クスクスと笑い、ギンコは尻尾をしまった。それからキャリーバックを俺に押し付けて、俺のリュックを背負う。


「さ、行くぞコメオ。せっかく歓待してくれるのじゃ。酒の一つでも買っていかねば失礼であろ」


「そんなこと気にする人じゃない気はするがな。対価は支払ってるし」


 あの人とRDAかぁ……ちょっとワクワクするけど、反面ちょっと複雑だ。だって、世界一位は一人でいい。そうだろ?


「気持ちというものじゃ。それに、コメオが下戸である以上、こういうときでなければ儂が飲めぬではないか」


「本音が出たな」


 ニヤリ笑うギンコに俺は肩を竦めて、キャリーバッグを抱えて階段を下りる。今のちゃぶ台で本を読んでいた家主さんが、「移動日ですか、お疲れ様です」と微笑んでくれる。


「次はどこに?」


 受けた質問に、「秩父……の前に、友達の家に厄介になる予定です」と俺は返す。すると「秩父ですか」とぱっと家主さんは顔を明るくする。


「秩父はいいですよ。鉄道もありますし、川下りもある。観光に向いた良い土地です。春なら芝桜も咲いてます。一面の花畑があるんですよ、こう……見渡す限りピンク色になっているんですね」


「行ったことが?」


「ええ。もともとサービスの会員だったもので」


 ほー、と俺とギンコは感嘆の声。こういうルートもあるのか。面白い。


「その地域のことを知りたいのであれば、家主に聞く、というのも一つの手ですよ。その家にずっと住んでいる、と言う人もいますから、地域のことを良く知っています」


「ありがとうございます。良い事聞いたな、ギンコ」


「そうじゃな。では軽く鬼子母神に挨拶して、移動するかの」


「おっけまーる」


 家を出る。振り返る。一週間お世話になった家。特に家主さんや他の利用者さんと仲良くなったり、ということはなかったが(ギンコは普通に誰それがどうとか分かるくらいには仲良くなっていたみたいだった)、それでも離れるという段階になると、名残惜しい感じがする。


「何じゃ? 寂しいのか?」


 ギンコに言われ、「ま、ちょっとな」と返す。ギンコは俺に先んじて歩きながら言った。


「それも一つの財産というものよな。後ろ髪が引かれる、と言うような場所は、戻ってきたときに郷愁すら覚えられる。そういう場所が多くある、というのは、その場所が少なからずコメオの中に残った、ということよ」


「残った、か」


「左様。人生とは、そういう風にして積み重ねていくものよ。寂しさを重ねた人生ならば、それだけ多くを得たという事の証左でもあるじゃろう?」


「……確かにな。多くを得、多くを失ったっつーことか」


「死んでも生き返られるうつしよとはいえ、寿命にまでは逆らえぬ。ならば生きている内に、喪失感すらかみ分け味わうのも悪くはなかろう?」


 ギンコはそこまで言って、「ほら、ついてこい」と言う。俺は、年の功には敵わんな、と肩を竦めてから、ギンコの後についていく。












 電車で揺られること一時間。俺はRDA.comで、何が起こっているかを確認していた。


「あー……確かにこれは荒れてるわ」


 俺がフトダンを更新したときから、コメントがガラリと更新されている。記録投稿者の一言コメントを確認すると「一位は頭おかしい」「そもそもクリアが出来ない」「サイクロプスを数秒で倒すのは無理がある」と散々だ。気持ちいい~。


 また別の記録。それこそつい先日立てた駅ダンの投稿も三位が更新されており、その一言コメントは「ライスマンさんまたやらかしましたね。以前よりも中ボスが強いです。記録更新しておいてボスを育てないでください」とブチギレだ。サイコ~。


「あー、エゴサたまんねぇ。超気持ちいい」


「何をバカなことを言っておるか。……ん? 何じゃそれは」


「ん? ああ、これ?」


 俺は、ギンコの視線の先、俺の腕に絡まるブレスレットをつまんだ。端的に答える。


「別れ際でキッシー君からもらった」


「ほう、本当に慕われておるのじゃな」


「おう。……うん? 一瞬スルーしかけたけど、何か意味深なニュアンスなかったか?」


「うん? それはそうじゃろう。代償なしに神の眷属を召喚できる逸品など、生半可な気にいられ具合では手に入らぬ。大きな代償を伴ってやっと召喚できる装飾品、というのですら、ごくごく珍しいものとなるのが通例ぞ?」


「……?」


 言っている意味が分からず、俺は首を傾げる。


 思い返すのは別れ際に寄った鬼子母神神社だ。何か尖ったオタクみたいな人が多く集まっているのをかき分けて、息をひそめて神社に侵入し、軽く話して脱出、と言いう流れだった。


 そのため、俺はキッシー君と、ギンコはキッシーママとの短いやり取りになってしまったのだが、彼は随分もじもじしながら、俺にこれを渡してきたように思う。


『こっ、これ! 是非受け取ってください! 師匠が困ったことがあれば、いついかなる時も呼んでいただけると!』


 もじもじしていたのは恥ずかしさではなく武者震いだと気付いて怖くなった俺は早々に引き上げたのだが……えっ、いつでも駆けつけるって何? リップサービスじゃなくて、マジの駆け付けるってこと?


「何かすげーもん貰っちゃった? 俺」


「円に換算するならば、億の桁に届くやもしれぬぞ」


「うっそだろ!? マジで言ってる!?」


 俺は肩を跳ねさせて手首を見る。こんな古ぼけたアクセが一億前後の金銭的価値を有するとは……。


 ギンコは語る。


「神の眷属を呼び放題、ということはそのくらいの価値がある。といっても、コメオ以外が呼び出したと知れば、あの坊主は召喚主ごとそれを叩き斬って帰ることじゃろうがな」


 くれぐれも売るなどという可哀そうな真似はしてやるな? とギンコに釘を刺され、「お、おう……」と俺は頷いた。


 でもこれどういうときに使えばいいんだ。俺が他人の戦力欲しがるなんてほぼないぞ。RDAはソロ攻略派だし。どうするこれ。宴会でメンツが足りないときにでも使うか。あ、いいじゃんそれ。ぴったり。


「気軽に取り出せるところに身に着けとこ」


「先ほどのおののき様からどういう納得をしてその結論に至ったのか……。む、降りる準備をせよ。そろそろ東飯能じゃぞ」


「あいよっと」


 俺はデバイスをポケットにしまって、キャリーバッグを掴んだ。すぐに『東飯能~、東飯能~』と到着を知らせる車掌さんの声が響く。


「よっ……せ!」


 俺は重いキャリーバッグを片手でぐっと持ち上げ、ホームへと下ろした。無限ホーム君元気かなぁ、と何度も殺した相手のことを想う。元気もクソもねーか。死体の巨人だもんな。


 俺はギンコの後ろについて行く形でキャリーバッグを押す。奥の看板に、「君もバトルロワイアルに参加しないか!?」と宣伝看板が建っている。へー。この辺バトロワやってんだ。多分行かないけど。


 と思いながら見ていると、看板内容が切り替わった。「近日のマッチで、大学部門一位パーティの参加予定!」と銘打たれている。そこにはヤオマサの写真が。俺は盛大に嫌な顔をしてから、舌を出しつつ前に向き直った。ペッ。


 途中でアイスの自販機があったので、気分転換がてら「食おーぜ」と誘った。「コメオ毎回せびるではないか」とギンコはちょっと困った笑顔で買ってくれる。優しい。


「俺コーンワッフル」


「いつもそれじゃな」


「これだけちょっと唯一無二の味なんだよ」


「ふふっ、知らぬよ。儂は……モナカがあるな。これにしよう」


「ギンコだっていつもそれじゃん」


「餡子は日本の和の心ぞ?」


 ギンコが買った二つのアイスを取り出して、「ほい」と手渡す。「こういう気遣いがあるから憎めぬのよなぁ」と言いながら、ギンコは箱を開けてモナカアイスにパクついた。おいしいらしく、小さくしてる尻尾がピーンと伸びてスカートを持ち上げる。


 食いながらエレベーターに乗り降下。改札を出る。周囲を見渡すも、Dさんの影はない。


「その人はいつ来るのかの」


 ギンコの問いに「ちょっと聞いてみる」と俺はARディスプレイから電話かける。


「あー、もしもし? Dさん、こっちはついたぜ」


『おぉー! こっちも、そろそろつくぜー!』


 周囲の轟音に負けないように大声で、Dさんは言った。何だこの音。マジでヘリで来てんのかDさん?


『っと! 改札から出てっかー!?』


「ん? おう。出てるぜ」


『じゃあ! 目の前に落ちるな~!』


「は?」


 電話越しに、風を切る音がした。俺は悪寒がして、ギンコを抱きかかえながら飛び退る。するとちょうど俺たちが立っていた場所に、Dさんが


 屋外ではない。屋内である。普通に建物と直接つながっている形の駅だというのに、Dさんは俺たちの目の前に落ちてきた。Dさんお得意の魔法の一つだ。


「「……」」


 俺とギンコは抱き合いながら、ぎょっとしてその様子を見つめるしかない。飛ばし過ぎだろおい。


「『うぃいいいい! Dさんの参上だ! 久しぶりじゃねーのコメオっち~!』」


 電話と直接音声がダブって聞こえたので、俺は電話を切って答える。


「や、お久ですDさん」


 明るい金髪をパーマにして、サングラスをかけた万年アロハシャツ男。それがDさんだった。彼は近づいてきてハグしようとしてきたので、俺はするりと躱す。ギンコも怪訝な顔をしてDさんを見ている。


「わっはっはっは! やーホント久しぶり! 元気してたかおーい! あー、何かじんわり感動があるなぁ。とうとうコメオっちが俺の記録を超し始めたかぁ。こりゃ俺もうかうかしてられんなぁ」


 バンバン俺の背中を叩きながら、Dさんは笑っていた。相変わらずテンションたっけぇ人だなぁ、と俺は何とも懐かしくなってしまう。


「それで? RDAの旅について来てくれる強者マミーはどこよ」


「ここ」


 キョロキョロするDさんの正面下を指さすと、Dさんは「んん?」と首を傾げながら見下ろした。ギンコは表情を引きつらせていたが、「んん゛っ」と咳払いで外面を取り繕い「初めましてじゃな、今日はお世話になるぞ、家主殿」とまずは挨拶する。


「……ドウター? おいおいコメオっち、これ真逆じゃんかよー! 娘と母親間違えるなってー!」


「間違いではないぞ、不本意じゃがな。幼少期に養子と言う形で身元を預かっている。母親と言うよりは夫婦に近いが」


「ギンコ毎回やるよなそのネタ」


「何事も外堀から埋めるのが肝心故な」


 よく分からない物言いをするギンコに、今だ状況がつかめていない顔のDさん。彼は俺を見て、アルカイックスマイルで「えーっと、コメオっち」と尋ねてくる。


「この子が、お母さん?」


「マイマミー」


「この子からコメオっち生まれた」


「いやだから養子」


 Dさん反応が分かりやすいから面白ぇなぁ、と思っていたところで、ギンコが妙なことを言い出した。


「そろそろ養子関係切ってもいい頃なのではないか? コメオも成人したことじゃし、籍を入れようではないか」


「どこに何を入れるんだよ籍」


 つーかそういう物言いすると方向性が変わってくるだろ。


「……コメオっち、すげー」


 ダメだDさんが宇宙ネコみたいな顔してる。


「と、とりあえず、移動しようぜ。そこで詳しい話するよ」


「お、おう。分かった……。すげーなコメオっち……。俺、RDA以外でも誰かをこんなに尊敬する日が来るとは思ってなかったぜ……」


「その尊敬絶対誤解だからマジでやめてくれ」


 俺たち三人は連れ立って駅を出る。Dさんが、車まで案内してくれる。

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