第13話 『旧雑司ヶ谷駅ダンジョン』 計測:~5分まで
「コメオさん! 今日のRDA、頑張ってくださいね!」
「いるじゃん」
コソ練してから配信しようと思ってたので、現地到着時間は告知の5時間前くらいを予定していたつもりだった。だがふたを開けてみればこの通り。チセちゃんがスタンバっている。
いや別に中学生の女の子に怖いもクソもないのだが。むしろいじらしくって可愛いなぁと思う。健気なファン一号ちゃんだ。
「うん、ありがとうね。チセちゃんこの辺りに住んでるの?」
「あっ、えっ、す、すいません。お母さんから、知らない人に家の住所は教えちゃダメって言われてて……」
「あーそうだねうん。それがいいと思う。ごめんねデリカシーがなかったわ」
どちらかと言うと、「この辺の住んでたらこんなに頻繁に来てもおかしくないな」という考えの元の質問だったのだが。
とはいえ、聞くまでもないか。ついでに「誰かの住所が分かっても軽率に行くな」ってこともチセちゃんママ教えといてくれ。
「あ、あの! これ! さっ、差し入れです!」
「お、ありがとう! 何くれるのかな」
受け取って見ると、10秒飯系のゼリーと飲み物だった。これはシンプル助かる。RDAは試行回数がリセットなどで増えやすいので、手早くとれる補給源はいくらあっても足りないのだ。
「その、コメオさん、昨日たくさん飲んでらしたので……」
もじもじしながらいうチセちゃんに、「ありがとね。これはマジで助かるよ」とニッコリ笑顔を返した。するとチセちゃんは、ぱぁあ、と表情を輝かせ、「よっ、良かったです! ではまた!」とそのまま駆け足で帰っていった。
「いやぁ励まされるなぁ。こう言うことがあると、RDAやっててよかったなぁって思うぜ」
RDAを始めたきっかけは、完全に俺の独りよがり。ただのトラウマの相克のためだったが、配信で喜んでくれる人が居ると知った。人知れずRDAを繰り返してもよかったが、こう言うことがあると、俺も人とつながれているのだなぁと思う。
「恵まれてんな。ああ、恵まれてる」
俺はチセちゃんからの差し入れを手に、旧雑司ヶ谷駅ダンジョンへとデバイスをかざす。認可が下り、シャッターが開く。その最中にハミングちゃんの準備とか、配信準備とかも済ませてしまう。
そしてダンジョンが現れた。寂れた廃駅の姿をしたここには、鉄臭い血の匂いも、死臭も腐臭も揃っている。
さぁ、まずは練習で、五、六周しておこうか。
配信開始。
『ついにこの日がやってきたな……』『コメオ~。あたおか挙動見してくれ~』『一週間ぶりにコメオのガチが見れると思うと武者震いがしてくるぜ』『あーイキソ』
コメント欄はいつものごとく、無秩序に騒がしい。撮影を行うハミングちゃんのカメラに向かって、俺は「はいどーもー。コズミックメンタル男チャンネルです!」と手を振る。
「今日はとうとう、攻略も練習も済ませたガチRDAの日ですね。ということで、改めてもろもろ説明してから走りたいと思います」
俺は咳払いをして、説明を始める。
「このダンジョンは『管理番号003488』とされるダンジョンです。基本的には旧雑司ヶ谷駅ダンジョンっていえばここのこと。ボスは近くの神社の祭神としても祀られる鬼子母神様です。最近キッシーママというあだ名がつきましたね」
『コメオのとこの視聴者によってな』『キッシーママへって念じながら祈ると本人出てきて眼福ゾ~』『キッシーママ本人メチャクチャ美人だったわ。「コメオ君の影響で参拝客増えて助かるわ……」ってすげー微妙な顔してたけど』『キッシー君には会えなかったわ。くすん』
「早速地域経済を回しちまったようだな……。ま、概要としてはそんなとこ? あとはそうだな。RDAで目指すべき記録ってことで、旧雑司ヶ谷駅ダンジョンの世界最速記録も確認しておくか」
俺はARディスプレイから、あらかじめ開いていた情報を配信画面に表示する。
「このダンジョンの最速記録は、Dさんと呼ばれるRDAプレイヤーによる17分28.32秒です」
『うお、思ったよか早いな』『あの人もだいぶ人間やめてっからなぁ』『コメオいけるか? チャートはどうなん?』
「今ちょうど質問があったから答えるけど、チャートはDさんとは別物だな。あの人戦略レベルで勝負してくるから合わん。俺はいつもの通り、走って殺す、だ」
『うーんシンプル』『ま、コメオらしくっていんじゃね。Dのワナとか見習うのは違うしな』『コメオと戦術極振りRDAは見ごたえあって好き』
「うし、じゃあ早速行きますかね。じゃあ会長の音源再生からタイマースタートのいつもの流れで行くぜ」
大きく息を吸い込み、そして吐き出す。三秒用意した猶予時間が減っていく。3、2、1―――
―――そして。
RDAが、始まる。
『はい、よーいスタート』
ホモ会長の宣言音源が流れるのを聞いて、俺は真っ先に手を腰に回した。取り出すはギンコに頼んで買ってもらった拡声機だ。「何のために使うのじゃこんなもの……」と言われたが、そんなもの決まっている。
「あ――――――――――――――――――――――!」
俺は拡声機を通して思いっきり大声をダンジョンに向けて放った。直後『ブレイカーズ』から音響探知アプリ『ぎょえーくん』を立ち上げ、反響音から今のダンジョン構成をマッピングする。
『みみこわれちゃった』『うっせー!』『無茶するなぁw』『いくら拡声機だからって全体像掴むのは厳しくねーか?』
ガヤガヤうるさいコメントたちを一旦スルーして、俺はマッピング直後から走り出す。このダンジョンはローグライク型ダンジョンで、毎回ダンジョンの作りが変わる形式だが、最初に下りエスカレーターがあることは変わらない。そう、あの爆速即死エスカレーターだ。
そこに俺はまっすぐ駆け出して、そのまま倒れこむような勢いでエスカレーターに差し掛かった。急激にかかるG。倒れこむ俺よりも早くエスカレーターは回る。だが、俺とてもうこれには慣れている。
俺はGに負けず爆速下りエスカレーターを側面に駆け上がり、そのまま高く『跳躍』して一回転。壁に向けて『着地』した。そして横方向にGが掛かっている今の状況を利用して、眼前に現れるゾンビたちの大群を、『壁走り』で突っ切る。
『うっそだろお前wwwwww』『人間やめてるだろこれwwwww』
俺は満面の笑みで「ガハハ! これが『Tatsujin』の力じゃあああああ!」と叫びながら、地面をうろうろするゾンビたちをガン無視して壁を走り抜けた。そしてかかるGがなくなってきたのを感じて、スムーズに地面走りに移行する。
「よぉし、開幕の難所は潜り抜けた! すでに向かうべきルートも確定済みだし、それを説明しながら走るぜ」
俺は全力ダッシュを続けながら、並走(並飛?)するハミングちゃんのカメラに向けて、説明を始める。
「ここから最短ルートを走ると、ゾンビ軍団にもう一度ぶつかり、無限ホームくんの幻影を破って、キッシー君防衛エリアを突破してからお釈迦様ギミック解除、最後にキッシーママを詰めろ、って感じになる」
『結構あっさりなのな』『拡声機の音響マッピングってそんなに精度良いん?』
「そうそう、あっさりなんだよ意外に。迷わなければな。んで拡声機の音響マッピングがどうたらって質問に対してだが、それに関してはこの拡声機がちょっと特別製でよ」
ハミングちゃんに寄ってもらってカメラで腰の拡声機を大写しにしてもらう。すると、『まーたブランドもの買いやがってコメ屑がよ』とか『理解した。これ厳密に言うと拡声機じゃねーじゃんw』と有識者のコメントがつく。それ以外は『?』とか『分からん』と言った感じだ。
「その通り。有識者コメントが言ってた通り、こいつは拡声機であって拡声機じゃない。というのも、これ今回マッピングに使ってるアプリ『ぎょえーくん』の開発会社の音声ソナーなんだよ」
『プロ用を買うな』『それでか。なるほどそれならマッピングも上手くいくわけだ』『あれ、流石にそういうソナーって普通、最適な音源が用意されてるはずでは』
「あー……ちょっと安く仕入れたのと、あと『ぎょえーくん』って名前からも分かる通り、あのアプリ普通は水中用でさ……。要するにちょっと改造してあるんだよな」
『前から思ってたけど、コメオって開発スキルあるだろ』『「ブレイカーズ」も普通あんなに色んなアプリに対応してないしな』
「えーっと、ま、ちょろっと齧る程度にな。と、そろそろゾンビ軍団第二群が来たな」
俺はまたもや現れたゾンビ軍団を前に、走りながら呼吸を整える。『コメオの肺活量ヤベーよなぁ』という言葉は聞き流しつつ、俺は詠唱を始めた。
それは概念抽出魔法でもない。過去召喚魔法でもない。単純な属性魔法だ。
『ん? よく聞いたらただの風魔法じゃん。何で口に出して詠唱してんの?』『無詠唱で良くね? その方が早いだろ』
そう、基本的に属性魔法の詠唱と言うのは、無詠唱が基本だ。心の中なら読み間違えもないし正確。黙読の方が早いに決まっているし、ニュアンスも伝わる。属性魔法の詠唱を口にするなんて、基本的に初めて使う魔法くらいのものなのだ。
だが、そういう意見は想定されている運用方法が違う。俺は攻撃用の魔法を使いたいわけじゃないのだ。
俺は、詠唱の最後に差し掛かって、再び拡声機を取り出して、大声で叫んだ。同時、スキルセット『宙返り』で跳躍しゾンビ軍団の斜め上辺りに飛び上がる。
「--------!」
『なるほどそのためか!』『え、何どういう事?』
詠唱の内、『声量で出力が決まる音節』を拡声機で大幅に増量して、俺は風魔法の逆噴射でゾンビ軍団の真上を通過した。『風魔法ってこんな出力上げられるのかよ!』とコメントが驚いている。
「スキルセット、着地!」
俺は突破した後で上手くスキルセットでの着地をこなして、勢いを保ちつつ駆け抜ける。
「よしよし! いい感じだぜお前ら!」
『今のってどうやったんだ?』『マジで分からん。拡声機使った理由も』
「ああ、昨日練習配信で視聴者に教えてもらったんだけどさ、魔法って無詠唱だと基本一定の威力だろ? アレは何でかってーと、心の声の声量が一定だかららしいんだよな。で、詠唱だとその部分が声量でムラが出る。だから声の小さい人は無詠唱の方がいいし、声のデカい奴なら、時間があれば詠唱した方が威力が出る。そして俺は拡声機を持っていた、ってな具合よ」
『はえー』『魔法ってただの自衛アイテムだと思ってたわ』『学校は成績につながるから使うけど、社会出ると本当に使わなくなるしなぁ』『理系だとかなり使うよ』
「よし、次は無限ホームくんだな!」
俺は走りながら、『ぎょえーくん』が作成したマップを確認する。そして見えてきた無限ホームくんにつながる階段を、駆け足飛びにおり始めた。
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