幽霊をビンタしたら懐かれたんだが

よすい

未知との遭遇(変)

第1話 幽霊が出たら叩け

 俺は幽霊が怖い。


 俺がまだ4歳か5歳の頃。母の実家がある山奥で白い服を着た半透明の女の人を見た。年齢は20代後半から30代前半ぐらいで、車の窓から見ただけだが結構背が高くて美人さんだった気がする。だがその形相がとても恐ろしかった。まるでこの世のすべてが憎いというようなあの目、それから相手もいないのにパクパクと動いて何かしゃべっているような口。その時はまだ幽霊という単語すら知らなかったが、自分は何か見てはいけないものを見たのだと、隣に座っていた母に泣きついたのをよく覚えている。母の実家に着いた後、さんざん泣きじゃくった理由を聞かれて変な女の人が居たと言ったら、自分以外誰もその女に人を見なかったと言っていて、そんなはずないとブチギレて居たのを今でも覚えている。そしてこれが、俺の一番最初に見た幽霊だった。


 子供というのは、年齢が進むにつれて周りから知らなかったことをどんどん吸収して覚えて行くものだ。俺が初めて幽霊という者の存在を聞いたのは、母の実家に行く途中で幽霊を見た2年後の小学校一年生の夏休みの事だった。毎年夏になると夏の暑さを吹き飛ばす為かは知らないが毎年テレビで心霊番組が放送される。小学校に上がるまでは母親により夜の九時前には寝かしつけられていたので一度も見たことが無かったのだが、その年は小学校にも上がったからという事で少しだけ遅く寝ることを許されて家族でその番組を見た。そしてその夜はトイレに行けなくておねしょをした。

ここで初めて幽霊というのは怖い物だという事を知ったのだ。2階にある俺の部屋の窓からずっとこっちをのぞき込んでる半透明の女が居たんだが、番組を見てそいつが幽霊だという事を初めて知った直後だったのだ。今まで見えていたただの透明な女の認識から、一気に襲ってきたり呪って来たらどうしようと考えて動けなくなるのは仕方のないことだろう?


 そして最初に幽霊を見てから15年が経ち、今では立派な20歳の大学生をやっている。高校を卒業してから一人暮らしになり、優雅なキャンパスライフの最中というやつだ。成績も悪くないし友達も多い、彼女は居ないがそれなりにいい感じの雰囲気の女友達もいる。ただそんな俺にも一つだけ問題があった。今も左前の電柱の前で佇んでいる赤い服を着た半透明の女。そう、俺は大人になっても幽霊が見えたままだったのだ。俺は幽霊が怖い。その恐ろしい形相も、血の滴る音も俺にしか分からないのが怖い。


 毎日毎日、どこかしらで半透明の女を見る。20歳の誕生日を迎え、大人の仲間入りを果たせば見えなくなるはずだと淡い期待をしていたが、見事にまだ見えている。もう、限界は近かった。


 そして、運命の日がやって来る。

 その日俺はバイトで遅い時間に家へと帰ってきた。あまり広くはないワンルームだが、廊下のキッチンもしっかりしているし、収納もあって気に入っている。カギを開けて電気をつけ、ベッドの置いてある部屋の扉を開いた時、それは目に入ってきた。真っ赤な服を身に纏い、青白い顔で俯いている半透明の女の姿が、部屋の中央に立っていたのだ。


 俺は幽霊が怖い。この時だってそうだった。だが、この時の俺は長年溜め込んでいたもののせいで怖さより怒りの方が大きくなってしまっていたのだ。だから俺は……。


 幽霊の正面に回り、幽霊の無表情の顔に向かっておもっくそビンタをかました。


 バチーン!!!


「はあぁぁん」

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