Lesson2
「…では、これで授業を終わりにします。」
と先生が言った直後にキーンコーンカーンコーン…と鐘の音が鳴り、四時間目の授業が終わる。
紗月は、どうして先生っていつも鐘が鳴るピッタリ二秒とか三秒前に話を終わらせられるんだろう?だなんてことを考えながらノートと教科書を閉じ、席を立つ。
先日の席替えで少し離れた席にいる美咲の方へ弁当の包みを持って立ち上がる。
「美咲~お昼食べよ!」
と言葉が喉元まで出かかったところで急ブレーキをかける。
席に座り、教科書とノートを広げたままに首を上げてクラスメートと談笑していた。
名前はぱっと出てこないが確か成績の良い優等生だったような記憶がある。重めの三つ編みに眼鏡姿のテンプレートの様な優等生。
彼女は美咲の席の前に立ち、ノートを挟んで何やら笑顔で会話をしていた。
二人は何やら頭の良さそうな話をしていて、何とも言えない間に入りにくい雰囲気を漂わせていて、紗月は中途半端に踏み出しかけた足をどうしようかと彷徨わせる。
普段お昼休みの前はすぐに美咲と合流していたし、時々用事で誰かと会話することがあっても特に気にせず割って入ったり近くで待っていたりした。
しかし今のこの雰囲気はそういう『話さないといけない状況』ではない別の物。
一度自分の席に戻るにも席は他のクラスメートが既に座っていた。
とどうしていいのか分からず金魚のように口をぱくぱくさせていると、それに気づいたような美咲が強引に話を切り上げ、紗月の方へ向かってくる。
「ごめん、待たせちゃった?」
申し訳なさそうな顔でこちらに来る美咲に胸がチクリと痛む。謝らせたいわけではないんだけど、と複雑な気持ちになる。
「ううん、あたしのことなんて気にしないでくれてよかったのに~。」
さっきの子と、もう少し話していて良かったのに、という気持ちを込めて笑顔を見せる。
口にした後になって、棘がある言葉になったことに気付いて胸の痛みが酷くなる。
「もう、私に気を遣ってくれてるの?でも大丈夫だよ、だって私の一番は紗月なんだもん。」
そういって美咲は紗月の手を引いて教室から出る。
美咲は何も言わなかったが、一刻も早く教室から立ち去ろうとしたのは、自分のせいで無理矢理断ち切ってしまった会話の相手と気まずいからなのではないか。
そんな仮説に辿り着き、美咲の気遣いが嬉しいというよりは申し訳なささが強くなるのだった。
「さて、と。」
弁当の包みを膝の上に置き、小さく声を出す美咲。
腕を引いて連れられたのは中庭のベンチ。
食堂や教室など他にもお昼を食べられる場所はあったろうにわざわざそこをチョイスしたのは多少なりとも先程の優等生のことを気に掛けているのだろう。
「もう、どうしたの?食べよ、ね?」
何だかモヤモヤした気持ちが抑えられない紗月に見かねたように、優しい声音を出す美咲。
燻る気持ちが言葉にならずに口から飛び出しそうになるが、それをいったん全て飲み込んでぐっと笑顔になる。
「ん~ん、なんでもない。さ、食べちゃお!」
急に元気を取り戻した紗月に一瞬驚いたような表情を見せた美咲だったが、すぐに表情を緩めて「うん」と返事をする。
膝を突き合わせるように座り、互いに互いの熱を分けるようにして弁当の包みを開いた。
距離が近ければ自然に互いのわだかまりのようなものも消え、徐々に二人の調子はいつも通りに戻っていく。
「今日のお弁当、作ったの美咲でしょ?」
「お~、よくわかったね。今日は中々に上手く出来たから気付かないかと思った。」
「あたしにはわかっちゃうんだなぁ。ということで卵焼き、いただきま~~っす。」
彩りも栄養バランスも一つ一つの料理の完成度も、どれをとっても大人顔負けな美咲作の弁当からひょいと卵焼きを取って口に入れる。
本来なら怒ってもいいくらいの暴挙だが、美咲からすればこれくらい日常茶飯事。「お返しに私も卵焼きちょ~だいね?」といって紗月の弁当箱から卵焼きを徴収した。
「ん~、美味しーい。今日は甘めだね?」
「そう!ふわふわにするためにマヨネーズ入れて見たんだけど、どうかな?」
「あ~言われてみれば確かに!いつにもましてふわふわな感じがするかも!」
「もう、調子いいんだから~。」
呆れたように呟きながら、美咲も自分の卵焼きを口にする。
砂糖を多くしたけれどそこまで焦げ目が黒くなっていないし、隠し味のお陰で食感もかなりよくなっている。
我ながら上出来─、と口元を綻ばせた。
互いに弁当の中身を交換したりしなかったりしながらゆっくりと中身を減らしていき、予鈴が鳴るギリギリで席を立つ。
「ん~~もうお昼休み終わりか。五、六限めんどくさ~い。」
お昼の柔らかい日差しのもと、ぐっと体を伸ばす。それに加えて欠伸を漏らす紗月。
「別にそんなことないでしょ?何だって心の持ちようだよ。…ていうか、早く教室戻らないと時間ギリギリじゃない?」
眠そうな紗月を諭すように言いながら、行きと同じように腕を引いて教室に戻る道を辿るのだった。
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