竜の娘と魔王の息子
まび
第1話
「何だかロマンチックな響きだと思いませんか。」
「はぁ?何がだよ。」
表面が鱗に覆われた尻尾をふりふり、竜の子は魔族の王子に笑いかけた。
「何がって、言葉の響きがですよ。竜の娘と魔王の息子なんて、何だかもうそれだけでファンタジックでロマンチックで、ものがたりの一つでも出来そうな感じがいたしません?」
「はぁ?」
「あら、冷たい反応。」
にこにこ笑う竜の娘は机に肘を付いて魔王の息子を見つめている。何か言葉を返さなくてはと思って探してみるも、脳裏には「何を言ってるんだお前は」くらいしか浮かんでこない。何だ、言葉の響きがファンタジックでロマンチックだと思いませんかって。どう反応すればいいんだ。戸惑っているとそれを察したのか、竜の娘は微笑んだまま言葉を重ねた。
「わたくし、最近よくものがたりを読むんですよ。」
「竜宮城の中でも読める本なんて有るのか。」
何たってここは竜の住む城、竜宮城だ。城内は海水で満ちて、今だって竜の娘の髪や羽衣が水にゆらゆら揺れている。
「それは、もちろん。あなたが水の中で息を出来るのと同じように。」
「ふぅん。不思議なことも有るものだな。」
「この城よりもよっぽどおかしな所など、あちらこちらに御座います。」
「そうなのか。」
それは楽しみだ。そうこぼせば竜の娘は満足そうに頷いた。
竜の娘は存外世界の事に詳しくて、世界地図を広げながら東の火山には火を吹く蜥蜴が居るだの南の陸には意志持つ岩が有るだの楽しそうに語り始めた。
話を聞きながら、これからの旅でどんなものに出会えるのかと期待はどんどん膨らんでいく。
これから世界を回る折、一番初めにこの竜宮城を選んだのは魔族の神たる父がそう言ったからだが、その判断は正しかったようだ。
「存分に世界をご覧になってください。そうして、近くに立ち寄った時にはきっとわたくしに会いにいらしてね。」
「・・・・・・近くに来たらな。」
どう返せば分からず、オウムのように竜の娘の言葉を繰り返す。竜の娘はもう一度頷いて、「お待ちしております。」なんて小指を絡めて来たりして。ますますどうすれば良いか分からなくなってしまった。
そもそも、
「なんでそんなに機嫌が良いんだよ。」
元から愛想の良い娘ではあるが、今日は輪をかけて上機嫌だ。にこにこ、るんるん、なんて擬音が聞こえてきそうなくらい。
「だって、あなたがわたくしの城にいらっしゃるなんて思ってもみなかったんですもの。」
「はぁ?」
意味が分からず、本日3度めの「はぁ?」が口から飛び出てしまった。
「わたくし、今朝になって陛下とそのご子息がいらっしゃると聞かされたんですよ。」
そりゃあ、今朝に決まったことだから。これは胸にしまって、続きを促す。
「昨晩にあなたに逢いたいって思ったばかりだから、嬉しくて。」
そう言って笑うと、もう竜宮城の中はご覧になって?なんて竜の娘は尻尾をふりふり、魔王の息子の手を取る。
触れた手のひらから鼓動が伝わらないよう神に祈ろうとして、自分の父親に祈るのも馬鹿らしいと思わず微笑んだ。
目ざとい竜の娘が「あなたの笑った顔、初めて見ました。すてきです。」なんて褒めるものだからとうとう顔が真っ赤になってしまったようだ。
だって、竜の娘が今日一番の笑顔で楽しそうに笑っている。
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