毎朝、電車で会う美少女に痴漢扱いされました。 〜俺をドン底に陥れた美少女は、俺に告白してきた。うん、怖い。

ゆうらしあ

第1章 ヤンデレ彼女は凄すぎる

第1話 いつもの電車に乗る、そして痴漢にされる

 プシューッ


 ゴールデンウィーク明け、午前6時42分。ホームに止まった電車の扉が閉まる。


 俺、難波なんば 海斗かいとはいつもの電車、いつもの車両、いつもの端っこの席へと座った。そして大きな欠伸をし、腕を上に伸ばして背伸びをすると、大きく息を吐いた。


(…眠い)


 6時42分。それは高校2年生にとっては、早い時間。2年生ともなれば、陰キャの高校生でも少しオシャレに気を遣い始め、ワックスを付けたりする事で、女子からの好感度を少しでも上げようとする。


 海斗は、所謂高校デビューでワックスを付け始めた口だった。


(…あ、ここもうちょっと跳ねさせたい)


 トンネルを通った一瞬、電車の窓を見ながら気になった所を直す。


 窓に映った顔は、どこにでも居る様な平凡な顔。所々ニキビがあり、電車の窓に映った顔が笑うと、何処かぎこちない。特別勉強が出来る訳でもなく、運動も出来ない男。


 それが難波海斗と言う男だった。


 海斗がせめてもの思いで髪型を直している間に、電車はあっという間に次の駅へと着く。


 この駅ではぎゅうぎゅう詰めになる程、人が乗ってくる。誰にとっても憂鬱だ。


 しかし、海斗は違った。



 プシューッ


 OL、サラリーマン、そして学生。その他にも色々な職業の者が電車へと乗り込む。


 カッ


 下を向いてた海斗の視線に、いつもの茶色いローファー、綺麗な黒いストッキングを履いた綺麗な細い足が視界に入る。


(来たっ!)


 この駅に来るまで髪を弄り回し、髪をセットして来た海斗が待ちに待った瞬間である。


 そっと顔を上げる。



 膝上のチェック柄のスカート。


 細い腰に、綺麗なゴミの付いていないブレザー。


 胸元は大きく膨らみ、可愛い赤いリボンが付いている。



 海斗は顔を上げ切ると、息を呑んだ。


 その小ぶりな顔に、ぱっちりと開いた二重まぶたの薄茶色の瞳。肩口で切り揃えられた透き通る様な黒髪。筋の通った高い鼻に、口角が上がった形の良い薄い唇。そしてニキビ等出来た事がないであろう、キメの細かい白い肌。


 海斗はすぐに顔を伏せる。そして、


(か〜っ! 話しかけてぇ〜!!)


 顔を見られない様に、伏せたまま彼女の顔を想像して口元を緩ませる海斗。


 そう。海斗はこの子へと恋心を抱いていた。



 最初はちょっとした偶然から始まった。


 彼女が目の前でハンカチを落とし、それを拾った。その時に、


『ありがと』


 そのルックス、スタイルで微笑まれたら誰でも惚れてしまうだろうと、その時の海斗は胸を押さえて悶えた。


 それからだ。


 彼女は狙っているかの様に、毎朝自分の目の前に立つのだ。


 それからはもう、ご想像の通り。


『え、この人俺に気があるのか? やばい! 話しかけてみようかな?』


 陰キャが1度は通る道である。




 小学校1年生の時の初恋の相手、えみちゃん。いつも笑顔で挨拶してくれる可愛い子だった。


『えみちゃん! 好きだ! 付き合って!』

『え、私かいとの事そんな風に思った事ない』


 1度は通った筈だった。



 しかし、こりもせず2回目。


 これは中学1年の夏、部活のマネージャーでいつも親切にしてくれる裕子。


『いつも優しい裕子が好きです! 付き合って下さい!』

『え…いや、海斗に優しくしてたのは部活で同学年なの海斗しかいないからであって…そういうのじゃないから』



 海斗は流石に懲りて、立派な引っ込み思案の見た目だけ高校デビュー陰キャになってしまったのである。


 見た目は陽キャそのものだが、話しかけると、吃る。そんな存在になってしまった。



 つまり今海斗は、彼女に一目惚れしたがビビって話しかけられない状態であった。


(ふっ…俺はこの人を見てるだけでも幸せさ)


 海斗は話かけられない虚しさからか、呆れた様に片方の口角を上げる。


『次は〜〜駅ー。〜〜駅ー。お忘れ物のございません様…』


 海斗と目の前の子が降りる駅のアナウンスが鳴り響く。


「さてと…」


 いつも通り、人混みを抜けていく為に早めに立ち上がる。勿論、彼女には何の興味もないと言わんばかりに隣を通り過ぎて、扉の前まで進む。


「よし…」


 海斗はいつもの様に一言小さく意気込むと、


「キャーッ!」


 背後で若い女性の声が聞こえる。


「こ、この人…痴漢です」

(痴漢!? もしやあの子に痴漢をしたのか!?)


 そう思って振り返った先には、此方を見ながら少し離れている位置で震えている愛しの彼女。そして、周りからの痛いほどの視線。


「…え?」


 一瞬、正常な判断が出来ずに立ち尽くす海斗に、両隣に居た男性に腕を掴まれる。


「大人しくしろ」

「逃げられないぞ」

「え、お、俺はや、やってないです!」

「そう言うのは、後で話すんだな」


 男達は海斗の腕をしっかりと掴まれ、そのまま電車を降りる。今まで運動部に入って来なかった海斗の身体は簡単に両脇にいる男に持って行かれた。


(ど、どう言う事だ!? 本当に俺は何も!?)


 アタフタしている間に、階段を上り下りし、すぐ駅員の所まで連れて行かれる。そして椅子へと座らされ、彼女と共に事情を聞かれる。


「君がやったのか?」

「ち、違います!」


 実際、海斗は触れていなかった。少し通りかかる時に服が擦れ合った程度で、他は何もないと断言出来た。


「なら何でそんなに焦っているんだ?」

「だ、誰であっても痴漢したと言われれば焦ります!! 俺はやってません!!」

「…ふむ、そう言うがどうなんだ? 彼が本当に痴漢をしたのか? 君がやってると言うなら警察に連絡するが…」

「け、警察!?」


 駅員が、彼女へと質問する。


 これで俺も終わりかもしれない。そう思っていたが、返ってきた答えは自分の想像とは程遠い物だった。


「え? えっと…どうでしょうか…」


 彼女は少し困った様に笑うと、頭を掻いた。


「「は?」」


 海斗と駅員の呆れた様な言葉が、部屋へと響く。


「私…触られたのは確かなんですけど…この人ではない様な…」

「どう言う事ですか?」


 駅員が身を乗り出して聞く。


「実はお尻を触られて、声を出したのは良かったんですけど…怖くて固まっていたら自然と視線の先に居たこの人が連れて行かれちゃって…あの…本当にすみません!!」


 彼女は綺麗な90度の礼をしてくる。


「な、何で連れて行かれてる時に言わなかったの…?」


 彼女に聞くと、涙目、さらに上目遣いで海斗を見つめる。


「こ、怖くて言えませんでした…痴漢は貴方ではありません」

「…」


 愕然と彼女を見つめる。


 彼女の本心がどうであれ、海斗は絶望感を味わっていた。違っていたとは言え、電車の中で痴漢と叫ばれ、駅員の元まで両腕を掴まれて連れて来られた。


 勿論、電車の中には学校の生徒も多数乗っている。噂が広まるのは目に見えている。


「はぁ…そうであれば君は犯人とは違う様だね…時間を取らせて悪かった。帰って良いよ」


 駅員は笑顔でそう言う。


「…はい」


 小さく返事をして立ち上がると、フラフラとしながら出口へと向かう。


「本当に! 本当にすみません!!」


 彼女は海斗に向かって、大きな声で謝罪した。その姿からは誠意が見えている。


 しかし、


 海斗はそれに何も返事を言う事なく、そこから出た。

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