3.まろやかポタージュ -かぼちゃー

「ウィス。今日のメシ見つけたぞ」

 フジコが機械仕掛けの小鳥のスワロと遊んでいると、管理棟の地下をあさっていたネザアスが鍋を左手に抱えてやってきた。


 フジコは、ネザアスからレディ・ウィステリアと呼ばれる。単にレディと呼ばれることもあるが、ウィステリアとちゃんと呼ばれることもある。あと、それを短くして、ニックネームのようにしてウィス。

 ネザアスがつけてくれた名前だ。


 フジコは本来同じデータで生まれた子が複数いるので、シリーズの通称みたいなものだ。正式名称はFJI09に過ぎないし、通称はフジコ09。しかし、それは製造番号のようなもの。ちゃんとした魔女になれば、固有名がもらえるが、使い捨て同然の見習いのフジコには名前など与えられていないのである。

 それでも、フジコは魔女としての改造は受けているが、一応カテゴリは人間の括り。一応ヒトとしての最低限の扱いはしてもらえていたので、製造番号や通称で呼ばれるのは、ある程度仕方がないと思ってきた。

 しかし、ネザアスはそれが嫌いなのだという。

 奈落のネザアスは、黒騎士。黒騎士は白騎士がそうであるように、人工的な改造を受けている部分が大きい。彼がどんな出自かは、フジコにはわからないが、多分相当人の手が入っている。そのせいか、彼は製造番号で呼ばれることを嫌うし、他人をそれで呼ぶのも嫌いなのだという。

 彼がどういう存在なのか、フジコもよくわからない。


 白騎士よりも謎の多い存在である黒騎士について、フジコは詳しくは知らない。

 軍人に白騎士と黒騎士がいるというのはきいているが、中央にいるのはほとんど白騎士だ。

 白騎士は、その体にナノマシンを投与されて強化された戦士だ。

 一方、黒騎士は、白騎士よりも前に使われていた旧型ナノマシンによって構成されているが、うっすらと聞いた話では生体との相性がよくないだの、空から降る黒い泥と同じ成分だのと、扱いが非常に難しいものらしい。崩壊と呼ばれる事件が起こった時に、多くの黒騎士が発狂して襲ってきたことも知られている。

 そんなこともあり、黒騎士に使われている黒物質を、改良されたのが今の白騎士に使われる白物質だと言う話だが、ほとんど別物だという噂だ。そして、実際は黒物質をさらに精製して作る黒騎士の為の物質を作るのは、技術的に非常に難しい。そして簡易に作り出されたのが白騎士のためのナノマシン。

 しかし、黒騎士の方が性能が上ではあるらしい。

 そのロストテクノロジーの黒騎士は、なにかと狂いやすいと噂もある。実際崩壊の事件でもそうだったわけで。彼らが何かと粛清されたり左遷されたりするのは、その辺の事情なのだろう。

 そうでなくても、間違いなく暴力的で交戦的。実際、奈落のネザアスだって、そんな一面はあるわけだが。


「冷蔵庫が生きてるからなー、ここ。非常食とかがまだ残ってた」

 鍋に食料のパウチを詰め込んできたネザアスは嬉しそうだ。

「おれが街で買ってきた食糧で食いつないできたけど、そろそろ在庫もなくなるし、お前にはうまいもの食べさせてやりたいし、ちょうどよかった」

 黒騎士である彼には間違いなく冷徹な一面があるが、フジコには優しい。

(どうして優しくしてくれるんだろう)

 彼はここを守っているから客には優しくしたいのか、それとも、元々ここにくる子供を相手にしていたので、子供には優しいのか。

 謎は多いのだが、なんにせよ、フジコには彼以外頼れる相手はいないし、優しくされるのは自分が特別ではないとわかっていてもうれしいものだ。

 けれど、フジコは、彼の持ってきた食糧にちょっと疑念がある。

「ネザアスさん。廃墟の冷蔵庫の食べ物とか大丈夫かな」

 拾い食いは良くない。ふとそんなことを考えてしまうフジコだが、ネザアスは拾い食いではないと言う。

「これはレストランで出される予定だったやつだぜ。あと賞味期限も大丈夫なんだぜ」

「そんなに長いの?」

 ここが廃墟になったのはいつ頃の話なんだろう。ちょっと表情のかたいフジコに、スワロが同調するように、ぴ。と鳴く。むむ、とネザアスは眉根を寄せた。

「確かにおれは戦闘用の黒騎士。他の感覚が鋭い分、味覚が異常に鈍いから、味の区別が全くつかない。腐っててもわかんねーといえばわからねえんだけどな。よほどでないと体調も崩さねえし。いいぜ、別に食わなくても」

 スワロに何か言われたのだろうか、ネザアスが拗ねた様子になる。

 そんな様子がちょっとかわいそうになる。一生懸命探してきてくれたのだろう。

 フジコは苦笑して、鍋ごと食材を受け取った。

「ネザアスさん、味はあたしが見てみるわ。あたしならいたんでるかどうかぐらい、わかるもの」

 フジコは少し料理ができる。一般家庭に引き取られている間に教えてもらった。だから、レトルト食品の扱いぐらい簡単だ。

「せっかく、ネザアスさんが見つけてきてくれたんだもの。今日の夕飯にするね」

「そうか。それはよかった」

 ネザアスはぱっと子供っぽい笑みを浮かべる。

 黒騎士がどういうものなのかはわからないけれども、人間になりたてのようなぎこちなさはネザアスには確かにあった。

「で、それはそうと、それ、なんの料理なんだ? とりあえず集めてきたけど。肉? 野菜?」

 そんなことも確認せずに集めてきちゃったんだ。

(でも、ネザアスさん、何食べても同じっていってたから、こだわりとかないんだろうな)

 そんな彼のことを思うと、フジコはちょっと切なくなるのだ。

 味わうことができない彼には、食べる喜びなどもないのかもしれない。食べることは、結構幸せを感じるものなのに。

「えーと、これはかぼちゃのポタージュよ。えっと、甘くてまろやかなの」

「まろやか?」

「ええ。あの、ネザアスさんは味はわかりづらいかもだけど、舌触りとかはわかるかも。温めたら感想聞かせてほしいな」

「おう。そうか。それじゃあ試してみる」

 ネザアスは、感傷などとは無縁の男だけれど。

(二人で食べて感想を述べるんだとしたら、少しは違わないかな。それでも、ネザアスさんは味がわからないのかな。少しでもわかるといいんだけど)

 フジコは口には出さずにそんなことを願ったものだった。

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