霜月は雨、楽園廃墟の観覧車

1.錆びた門扉 -鍵-

「ここの鍵、どこやったかなあ」

 黒騎士、奈落のネザアスは、小首を傾げながらうーんと唸っていた。

 フジコと彼の目の前には朽ち果てかけた金属の門がある。

 門の奥には荒れた庭園があるのだが、どうやらここまでとは少し違うらしく、雰囲気が変わっていた。


 かつてのテーマパークだったという、この「奈落」。

 今は感染する、恐ろしい穢れの泥に満ちた遊園地の廃墟にすぎないが、その広大な敷地には名残りがある。遊園地だった名残の観覧車がむなしく軋む音がする。

 今いるのは霜月のエリア。花札をテーマに作られたせいか、雨がよく降る。その雨は、穢れを含む黒い泥の雨であり、フジコはネザアスの持つ特殊仕様の番傘の影にいないと危険だった。

 このところどころに黒い泥の雨が降り、あちらこちらの空から黒い泥の滝が降り注ぐ呪われた大地は、人口が増え始めた上層アストラルの住人のため浄化し、再開発する必要に迫られていた。

 FJI09、通称フジコ09は、ここを浄化するために中央から派遣された魔女、正確には魔女見習いである。同じデータで作られた少女は、彼女が九番目。正確には何人いるかわからない。なまじ歌の才能があったせいで、一般家庭に引き取られていたフジコは、もう一度中央に売られて魔女にされてしまったのだ。

 そして、中央派遣の衛士である”白騎士”にここまで護送されてきたが、奈落の霜月エリアまできたところで、白騎士達が戻らず、逃げ惑っているところをここに住み着く黒騎士のネザアスに保護された。

 そして、浄化するためにあの上空から降り注ぐ泥の滝を止めるため、奥に向かっているのだった。

「ここを通らないと、向こうにいけないの?」

「他の場所に境界が壊れてるところがあれば、回り道もできるんだが、安全に通るにはここを開けるほうがいいな」

 奈落のネザアスは、この奈落がまだ遊園地だった頃から管理していたのだという。ここのことはずいぶん詳しい。

「ネザアスさんなら、無理矢理通れるんじゃ……。すごく強いから壊せそう……」

 赤い髪に右目に眼帯。長身痩躯に派手な着物を引っ掛けた強面のネザアスは、実際に結構な乱暴者だ。黒い泥が変化した泥の獣も腰の刀で簡単に蹴散らしてしまうし、そうした荒事も大好きなのである。

 しかし。

「おいおい、おレディ。いくらおれでもそんなに強引なことはしねえよ」

 ネザアスはちょっと不満そうだ。

「このテーマパークは、いろんな仕掛けがしてある。楽しめるが、その代わり無理に客が通り抜けねえようにもしてあるのよ。なんだ、えーと、チート厳禁てやつな。おれは元々そういうルール違反のやつをボコる”保守”の役目もしてたからよ」

 あの頃は忙しかった。とネザアスはぼやく。それは保守なのか? とフジコは思うが。

「とにかく、無理矢理やると何が起こるかわからねえからな。できたら鍵を探すのがいいんだ。よし」

 ネザアスはそういうと、肩に乗せていた機械仕掛けの小鳥を左手に乗せた。

「ここはスワロに探してもらうぜ。こいつは探し物が得意だから」

 機械の小鳥のスワロは、シルエットは燕に近いが、体の羽の色は黄色と赤で派手だ。ネザアスが手をあげると、スワロは飛び上がり旋回して飛んでいく。

 ほどなく詰所跡地の引き出しの中から、スワロが錆びた小さな鍵を嘴につまんで持ってきた。

「これで秘密の花園に入れる」

 スワロをほめながら、ネザアスはそういった。

 秘密の花園だって、今は廃墟に違いはしない。しかし、彼と一緒に廃墟を探検することが、実のところ、フジコにはほんの少し楽しみになっていた。

 錆びた鍵を錆びた鍵穴に入れて、無理やり開くと、軋んだ音を立てて門が左右に開かれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る