人はそれをクソデカ感情と笑うだろうか

「……はぁ♪」


 隼人と喫茶店で過ごした日の夜、夕飯を食べ終えた藍那は今日のことを思い出して幸せそうに吐息を零した。


 最近はいつだってそうだ。

 こうやって一人の時間……いや、いつになっても隼人のことが頭から離れない。彼のことを考える度に体の奥底が疼き、彼を求め、欲しいと言葉になって外に出ようとする。家だけならまだいいのだが、これが学校でもそうなってしまうのだから少し困ってしまう。


「ふふ……隼人君……隼人君! あぁ……素敵ぃ」


 一連のやり取り、それこそあのことを思い出してしまうと大変だ。


『無事で本当に良かった』


 言葉だけでなく、瞳から伝わる本当にそう思っていたんだという感情をダイレクトに藍那は受け取った。目の前に隼人が居るというのに体は彼を求め、目覚めた女としての本能が隼人という雄を貪れと囁いてくる。

 耐えなくてはいけないのに甘美な囁き、理性をフルに動員して藍那はその気持ちを抑え込んでいた。


 もちろん、あの事件のことだけでなく……隼人はこう言ったのだ。藍那から生まれてくる子供はきっと可愛いと、きっと幸せな家庭になるに違いないと……隼人は真っ直ぐに言葉を飾ることなくそう言ってくれたのだ。


「……っ……あぁダメ、本当にダメだよもう……こんな……こんなにも私が欲しい言葉を隼人君がくれるからぁ」


 生まれてくる子供は可愛い? そうだよ、だってだもん。

 きっと幸せな家庭になる? そうだよ、だって私を含め大好きななんだから。


 藍那の中では既にこのような事実が成り立っていた。

 彼は藍那の口にしたこと全てを受け入れてくれたのだ。あの優しい声と、優しい思いやりと、力強い瞳で彼は全てを肯定してくれたのだと。そうなると藍那の抱く気持ちはもっと強くなる、強くなって大きくなって止まらなくなってしまう。


「……ぅん」


 そして、こうやって気持ちが昂ると藍那は想像するのだ。少し前まで悍ましい行為だと思っていたことを隼人とする想像を。


「……隼人君、触って……私何でもするからぁ……なんだってあなたの為なら出来るからぁ。だから私をたくさん――」

『藍那、俺の子を産んでくれ』

「っ~~~~~~~~~~~~!!」


 想像の中に生きる隼人がそう口にした瞬間、藍那は大きく体を震わせた。気付かないうちにパジャマを脱いでいたのか、その姉を僅かに凌ぐ豊満な胸元が曝け出されている。


「……ふふ、隼人君だけだからね」


 こんなにも男好きする豊満な肉体を好き勝手出来るのは彼だけだ。彼の為にも常に綺麗で、そして万全の状態を整えておきたいと藍那は考えている。


『なんかさ、藍那もそうだし亜利沙ももっと綺麗になったよね』


 男子からも告白の際には綺麗だとか可愛いと何度も言われていた。高校生という枠組みを飛び越えるほどの色気を醸し出していることくらい気づいている。だがそれでも藍那にも、そして亜利沙にも気づけてないことがあったのだ。


 それはその体から放たれる男を誘うソレがもっと強くなったということだ。男嫌いが災いし抑えられた恋をする気持ち、それが解放されたことで二人はもっと女性らしくなった。それは心だけでなく、体も更に魅力的なモノに作り変えられるように。


「隼人君ぅん……」


 スマホを手に取り、藍那は今日新たに増えた連絡先を目にした。

 堂本隼人と自身のアドレス帳に刻まれたその名前、それを確認するたびにこれ以上ないほどの喜びが溢れ出てきてしまう。


 気を抜けばニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべてしまうほど、それほどに藍那はもう隼人が居なくてはダメだった。彼の存在をこの身に刻み付けたい、この体の内側に彼をもっと感じたい、そんな止めどない感情を藍那は抱き続けるのだ。


 連絡先は知ることが出来た。でももっと彼のことが知りたい、今までどんな風に過ごしていたのか、家族構成はどうなのか、家ではどんなことをしているのか、時間がいくらかかってもいい……彼のことを知れるなら些細なことだ。

 藍那はこれからのことを思いクスッと笑みを浮かべる。

 その表情は歪な笑顔だったが、確かに恋を知った女の顔でもあったのだ。


「……おやすみなさいのためだけに電話って……ダメかなぁ?」


 その玉のような肌に僅かな汗を掻き、高校生離れした肉体を惜しげもなく晒している姿にアンバランスさを感じさせる初心な言葉……それもある意味、藍那の歪さを表していると言えるのかもしれない。




 妹がこんな様子なら姉はどうか、彼女は藍那と違い勉強机に向かっていた。姿勢正しく椅子に座り、ペンを片手にノートに文字を書いている。


「……………」


 亜利沙も藍那も優等生であり成績は常に上位だ。亜利沙に至っては学年トップと言っても差し支えないが、そんな彼女だからこそ机に向かっているのも別におかしな話ではない。

 ただ、それが本当に勉強しているかどうかは違ったみたいだが。


「……………」


 勉強する上でのお手本とも言うべき姿勢でノートに文字を書いていく亜利沙、彼女が見つめるノートには文字がびっしりと書かれていた。


隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様隼人様………


 びっしりと書かれているそれは一切のブレもなく、全く同じ筆跡と力加減で書かれた物だった。亜利沙の表情はみなが認めるクールな眼差し、何を考えているのか分からないが、少なくとも一人の男を思い浮かべてこんなことをしていることだけは良く分かる。


「……隼人君……隼人様」


 自分の中で生涯を賭して尽くしたいと考えている男、隼人のことを考えると藍那同様に亜利沙もその表情に変化が起こる。

 今日彼の連絡先を知れたことでまた一つ、彼のモノに近づいた。でも足りない、もっともっと知りたい、その中で彼の役に立ちたいと亜利沙は願う。


「……本当に隼人様は酷いわ……私をこんな風にするなんて」


 酷いとはいっても本当にそう思っているわけではない。

 何故亜利沙がこんなことを口にしたのか、それは自身の変化にあった。藍那同様に男嫌いが災いし、恋愛というものに関しては一切感じるモノはなかったし男という存在を愛することなど絶対にないと思っていた。


 だが、隼人と出会ったことが切っ掛けとなり亜利沙を変えた。

 気づけば体が火照り彼を求めてしまう。隷属したい、道具になりたいと考えてもやはり女として愛されたいという欲求は出てきてしまうのだ。支えたい、その中で気に掛けてもらえるならそれだけで幸せなのだと。


「……っ……またこんなに」


 大きく膨らんだ自分の胸を見つめ、亜利沙は頬を紅潮させて呟いた。

 そういうことは無縁だと思っていたのに、ひとたびタガが外れてしまった結果が今の亜利沙だった。隼人に名前を呼ばれるだけで疼いてしまい、彼に自身の気持ちを肯定されるだけで我慢が出来なくなる。


 それは藍那も知っていることだが、気持ちの向かう先が同じだからこそ彼女はそれを決して馬鹿にしたりはしない。むしろ、女として当然の感情なのだから思う存分隼人のことを思えばいいのだと囁かれた。


「……隼人様……今何をしているの? 私は……私は……っ」


 決して口に出せないことをあなたを想いながらしています、そう亜利沙は言葉にならないくぐもったような声を我慢するように漏らす。


 藍那同様に亜利沙も恋を知って変化を齎した。

 だがその変化が一番大きいのは彼女かもしれない。男を知らないのは当然として逆に男が求めるものが何かも明確に理解はしていない。しかし、亜利沙の中に眠る本能が男を誘う色香を振りまく。


 隼人のことを思い、亜利沙の体が更に女性らしく変化を及ぼす。


 可愛らしく、美しく、そして淫らに亜利沙は隼人を想い変わっていくのだった。





「ねえ隼人君、お母さんに――」

「……よし分かった! 流石にこんなに言われたらもう断れないって」

「! 良かったわ。ふふ、これでようやくウチに隼人君が来るのね」

「ふふ……あはは♪ 盛大に持て成さないとねぇ」

「お母さんに会いに行くだけでは?」


 そして、ついに隼人が新条宅に向かうことが決定した。

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