救世主はカボチャを被った彼だった
男なんて下劣で野蛮、下品というのは亜利沙にとっても……そして妹である藍那にとっても同じ考えだった。
もちろん最初からそんな考えを持っていたわけではなく、彼女たちが歩んできた人生がそう思わせることになってしまった。
『おいで藍那ちゃん、少し先生とお話しようか』
まだ何も分からない小さな頃、その時から姉妹二人は周りから浮いていると思わせる魅力を放っていた。まだ小学生でありながら担任すら狂わせる幼い色香、幼さと色香は矛盾しそうだが……それだけ彼女たちはある意味で異質だったのだ。
担任の先生に体を触られる行為、それに気持ち悪さを感じても一体何を意味しているのかは分からない。藍那は気持ち悪さを感じてその場から逃げたが、それ以降も担任から呼び出されることが続いた。
もちろんこれは立派な犯罪であり、この出来事を疑問に思った藍那が母に相談し事件は明るみになった。このような経験があり藍那は無意識に異性から見つめられることに嫌悪感を抱くようになり、歳を重ねて行けばあの時の行為が如何に下種で悍ましいことかを理解してしまう。
「……気持ち悪い……気持ち悪い!」
気持ち悪い、そんな一つの感情が藍那の心を支配した。
姉の亜利沙もそうだが、二人とも男から欲望を敷き詰めたような目を向けられることは多かった。同級生もそうだし大人だってそう、早くに亡くなってしまった父以外に心を許すことが出来ないような環境が藍那の周りには形成されていた。
「よろしく新条さん。俺は〇〇って言うんだ」
よろしく、そう言って差し出された手を藍那が握り返したことはない。名乗られても何故か下の名前だけは覚えることが出来ない。必要ない、興味がないと藍那の心が男という存在を遠ざけようとしているためだ。
「好きです新条さん!」
「ごめんね? 恋愛には全く興味がないんだよ私」
母から受け継いだ類い稀なる美貌、姉と共に藍那は否応なく人気者となった。数多の告白を鬱陶しいと思うのは当然だが、自分の顔の良さと体が男の情欲を誘うほどに優れたものであることも理解している。
しかし、この体は母から生まれ父にも可愛いと言われたものだ。そのことに誇りを持つからこそ、どうしてこんな体で生んだんだと文句を言う気は一切なかった。
年齢を重ね姉と共に人間離れした美しさに磨きを掛けていく藍那、そんな彼女はある日こんなやり取りを聞いてしまった。
「新条さんたちマジで美人だよなぁ」
「あぁ。あんな人たちとエッチしてえ!」
「胸もデカいし揉みごたえヤバそうだよな。何カップくらいなんだ?」
吐き気がする会話だった。
彼らは同じクラスの男子、当然名字は分かっても名前は知らない。藍那は静かにその場を立ち去った。
「……やっぱり男なんてゴミだよ。誰も彼も体のことばかり」
少女漫画で描かれるような恋愛に憧れがなかったわけではない。しかしどこまで行っても彼らが話をするのは藍那の外側のことだけだ。エッチをするということは愛し合う行為、その延長線上が子作りになるわけだが……そのことを考えただけで藍那は凄まじい吐き気に襲われるようになってしまった。
そんな風に男に対して嫌悪感は募るばかり、そうした日々を送っていた時にあの事件が起きた。家に強盗に入った男は愛する母を人質に取り、亜利沙と藍那に服を脱ぐようにと命令した。
「……クソッタレ……クソッタレ!!」
結局、どこまで行っても自分たちは不幸なんだと思うしかなかった。
有名な下着ブランドを経営する母のおかげもありお金に困ることはなく、母も姉も大きな愛を藍那に注いでくれた。大凡生きることに関しては不自由はなかったが、それでも父を失った時から何か歯車が外れてしまったのは間違っていない。
「ほら早く脱げよ。ママが傷つけられたくなかったらな」
「……っ!」
……ずっと守り続けていた純潔がこんなことで失われるのか、もう藍那の中には諦めがあったもののこれで少しでも姉と母が救われるなら安いモノだと考えた。そうして全てを諦めていた時、彼が……カボチャの被り物をした救世主が現れた。
突如現れた彼は瞬く間に男を無力化し、藍那たちを助けてくれた。
「もう大丈夫だ」
大丈夫だと、その一言にどれだけ救われただろう。
目元の刳り貫かれた穴の部分から見えた隠された素顔、そこから見つめる瞳には途方もない優しさが込められていた。言葉と共にそんな光を見せられてしまった藍那はドクンと心が跳ねる音を聞いた。
姉も母も彼の言葉に安心をしたと同時に心の支えを求めようとするほどに、藍那たちはあの瞬間完全に彼に心を持っていかれてしまったのだ。
「どこに……どこに居るのかなぁ」
名前も名乗らず去って行ってしまった彼、だけど再会は思ったよりも早かった。
姉や友人たちと共に学食に向かったその時、藍那は自分を見つめる一人の男子と目が合ったのだ。
「……っ!?」
その時の彼の瞳、それがあのカボチャの中から覗いていた瞳と“一致”した。そのことに驚いてすぐに目を逸らしてしまったが、藍那の心臓はドクンドクンと五月蠅いほどに鼓動し、頬は熱を持ったように急激に熱くなった。
藍那と目が合った男子の名前は堂本隼人。近所に住んでいる男子で出会えば会釈をする程度の間柄だった。
「……あはっ♪」
まだ確定じゃない、それでも藍那の心が彼があのカボチャを被った彼だと叫ぶ。彼らが席を立った後、姉に一言入れて藍那はその後ろ姿を追った。三人でトイレから出てきたところで話していた内容はハロウィンのこと。
隼人がカボチャの被り物とライトセーバーという玩具を買ったこと、その時点でほぼほぼ確信に変わりかけていた。そして決定的だったのが放課後、告白を受ける姉を迎えに行った際に隼人に出会い話をしたことだ。
男との会話に楽しみを見出したのは初めて、こんな時間がずっと続けばいいとさえ思ってしまうくらいだった。向かい合った際の背丈、話をした時の声質、そして再び確かめた瞳に宿る光、完全に隼人があの時の彼だと確信できた。
それからはもう藍那の頭の中には彼のことだけだった。
今まで嫌悪していた男という枠の中から隼人が外れ、完全に己の内側に入ってきた瞬間……そして、当然こんなことも想像した。
自分とエッチしたいと思っていた男たちの会話、気持ち悪く吐き気を催すようなその行為の相手が隼人だったらと想像してしまったのだ。
「……はぁ……隼人君……隼人くぅん……」
彼が藍那の体に触れ、隅から隅まで愛してくれることを想像した。それだけで藍那の体は歓喜に震え、脳を痺れさせるような何かが駆け抜ける。眠り続けていた雌の本能が開花した瞬間だった。
エッチをするその延長にあるのは子作り、この体の中に彼の子供を身籠る……その響きのなんと甘美なことか。嫌悪していた想像は相手が変わるだけでここまで藍那を変えてしまった。
「欲しいよ……隼人君が欲しいよぉ」
もう、元には戻れない。
それを藍那は実感し、それでも構わないと情欲に染まった笑みを浮かべた。
まだ姉は彼のことを知らない、だからそれまではどうか自分が隼人のことを独占しようと悪戯心が芽生える。自分の体が魅力的なものだと理解している、ふとした瞬間に胸や足に隼人の目が向かうことも気づいていた。
「孕みたい……孕みたいなぁ」
愛し合いたい、その上で彼の子供を身籠りたい……そんな溢れ出しそうになるとてつもない想いを藍那は抱くことになった。
「大丈夫だよ隼人君。何も困ることなんてないの。私だけじゃない、姉さんもお母さんも……お母さんはどうなんだろう。まあいいっか、きっと君をどこまでも愛してくれるから♪」
ふと想像の中の隼人が口を開く。
『藍那、俺の子供を産んでくれ』
「……っ~~~~~~~!!」
電気が体を駆け抜け、立っていられずその場に腰を下ろしてしまった。
生まれたての小鹿のようにプルプルと震えるその体になんとか鞭を打つように、藍那は普段通りの日常へと戻るのだった。
【あとがき】
ヤンデレは洞察力が凄まじい、これテストに出ます。
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