Ep.04 主人と番犬
映像は客席からグラウンド撮影しているものらしかった。周囲の歓声をマイクがそのまま拾っている。
場内アナウンスで紹介がされた選手が、一人ずつセンターライン付近に整列していく。やがて、各チーム十人の選手が出そろった。
森先生がいっていたようなポロシャツにタータンチェックのスカートではなく、上はサッカーユニフォーム風の半袖のウェア、下は太ももが隠れる程度の短いスカートとスパッツ姿で、ほとんどの選手はゴーグルのようなものを着用している。どちらのチームにも一名だけ、アメリカンフットボールさながらのいかついヘルメットを着用している選手がいた。
「ラクロスは一チーム十名で行うフィールド競技よ。フィールドプレイヤーが九人と、ゴーリー、つまりゴールキーパーね」
完全防備をしている選手はゴールを守るポジションらしい。
「なんか大袈裟な格好ね」
頬杖をついて映像を眺めていた裕子が独り言のようにいう。それに反応したのかわからないが、星南が淡々とした口調で続けた。
「サッカーが足でしかボールを扱えないように、ラクロスはクロスという小さな網のついたスティックでしかボールを扱えない。その代わり、クロスから放たれるショットは速い選手では時速百キロを超えるわ」
「時速百キロなら、ソフトボールのピッチャーでも出せるんじゃない?」
質問したのは泉美だ。今度は泉美に視線を送りながら、星南が答えた。
「最短でゴールラインから三メートルの位置からの放たれるショットの体感スピードは、ソフトボールとは比較にならない。それに、ラクロスのボールはゴム製とはいえ、かなり硬い。目にまともに受けたら、失明するレベルよ。だから、フィールドプレイヤーも顔を保護するアイガードと、マウスピース、手を保護するグロープは必ず装着しなければならないわ」
「そうきくと、なんだか怖いわね」
「ラクロスには『地上最速の格闘球技』ってキャッチフレーズがあるのよ。まあ、それは男子ラクロスに関してだけれど。男子はかなり強いボディコンタクトが許されているから、フィールドプレイヤーは全員プロテクターを着用するわ。女子は、直接のボティコンタクトは認められていないけれど、それでもクロスを使って相手のクロスからボールを叩き落とすくらいのことはやる。はっきりいって、あなたたちが想像している華やかな競技のイメージとは正反対といっていいわ」
美海にとっては、ラクロス自体が未知の存在だったが、森先生は「ドラマで見たラクロスのユニフォームなどがかわいかった」といっていたし、そのドラマの影響でかわいいとか、華やかといったイメージが定着していたのかもしれない。
映像では各チームの選手が1名ずつ出てきて、コート中央のサークル内で、クロスを重ねて向かい合っていた。
「ゲーム開始時や、得点後はドローというプレイで始まる。お互いのクロスで挟んだボールを弾き飛ばし、それをキャッチしたチームが攻撃を開始する」
「バスケでいうジャンプボールってとこね。得点後もってことは、サッカーみたいに得点によって、攻守が切り替わるわけじゃないってこと?」
「そのとおりよ。ドローによってボールを奪ったチームに最初の攻撃機会が与えられるわ」
選手たちは、ボールの入ったクロスを巧みに操り、かなりのスピードでフィールドを駆け回っている。あんなに激しく動いているというのに、不思議とボールがクロスからこぼれ落ちることはない。
星南は映像を見せながらいくつかのルールを説明する。
ボールを持ったままでどれだけ動いても良く、ゴールの裏側もフィールドとして使えること。攻撃側の選手も守備側の選手も、
少し難しかったのはゴール前にある扇状の11mエリア内では、ラクロス独特のファウルがいくつかあることだ。
「戦略的な要素がかなり高いのね。ラクロスって」
「戦略だけじゃない。比較的ボディーコンタクトがある競技だから、フィジカルは相当必要だし、クロスを扱う技術も重要になる。この三要素が揃って、はじめて勝利できるといってもいい」
「なるほどね。ところで、この映像。去年の青松大高校の全国大会だっていってたけど、日比井さんは出場してないの? あなた、中学で高校生に混じってプレーするレベルのプレイヤーだったんでしょ? あそこは中学からエスカレーター式に上がれるし、高校一年の一月なら、試合に出ていてもおかしくないと思ったんだけど、選手紹介にはいなかったわよね」
星南はこれまで、ほとんど表情らしい表情を見せていないけれど、それでもかすかに、動揺したように美海には思えた。
「……わたしは、青松大高校のラクロス部には不要になった。だから辞めた」
「じゃあ、なんでこんな辺境の島でラクロスを始めるなんていいだしたの?」
「青松大高校を見返すためよ」
「バッカじゃないの!」
それまで泉美の隣でつまらなそうにして座っていた裕子が、突然、苛立ちをぶちまけるように、声を荒らげて立ち上がった。
「全国優勝のラクロス部相手に、そこをクビになった部員が、素人の寄せ集めチーム作ったところで、勝てるわけないじゃない! 見返すどころか、ボロ負けしてみじめな思いをするだけよ! 私怨にあたしたちを巻き込むなんて、アンタ頭おかしいわよ!」
彼女の怒声に、教室内が一瞬しんと静まり返った。しかし、そのとき美海は星南の表情が明らか変わったのを見た。口元を吊り上げて笑ったのだ。
「……番犬ガウガウね」
番犬ガウガウというは、番犬の前においた餌を順番に取っていき、眠っていた番犬が飛び起きて「ガウガウッ!」と吠えたら負けという、要するに黒ひげ危機一髪系のびっくり玩具だ。
星南は、それまで眠そうに頬杖をついていたのに、いきなり食って掛かった裕子のことをからかったのだ。
「ケンカ売ってるの⁉」
「ユッコ、落ち着きなさいよ。仮にも先輩相手よ」
泉美にいわれ、裕子は渋々ながら椅子に腰を下ろすと、また頬杖をついて、あからさまに星南から視線を外した。たしかに、この二人は
「日比井さん。あたしたちは確かに、部を解散してあなたの作る部活に入る約束をしたわ。女バス四人と、女バレ四人。それにミウとあなたでちょうど十人。公式戦にも出られる。でも、辞めてはいけない、という約束はしなかったはずよ。つまり、あたしたちが今日入部しても、明日、ラクロス部に残っているとは限らない」
「それならそれでいい。とにかく、部活設立のハードルを越えさえすれば、あとのことはなんとかする」
「それを聞いて安心した。じゃあ、とりあえずあたしは入部するわ。面白そうだったし、それに、ユッコはああいったけど、追放された元チームを見返すっていうの、嫌いじゃないよ、あたしは」
「むしろ、イズちゃんは追放モノと悪役令嬢モノが大好物だからな」
「えーと、ヤチ……とりあえず、このあと体育館裏に来てもらおうかな?」
泉美と八千代のやりとりで、それまで張りつめていた教室の空気が緩む。
「わたしも入部しよう。わたしはスポーツに貴賤などないと思っているし、やるなら、精一杯やりたい。ミウちゃんはどうする?」
八千代は長い黒髪が印象的な、アジアンビューティーって言葉がぴったりな美人だが、その言葉遣いは男前という一言に尽きる。八千代にきかれて、美海はおずおずと星南にたずねた。
「あの……日比井さん。青松大高校って東京の学校なのよね? うちが青松大高校のラクロス部と対戦するには、少なくとも全国大会に行かなきゃいけないってことだけど……やっぱり全国出場が目標なの?」
いくら星南が全国優勝経験者だとはいえ、ほぼ素人ばかりの自分たちが全国大会にいけるはずがない。交流戦かなにかで対戦して、あわよくば勝利できれば……と思っていたのは、美海だけではなかったはずだ。
すると、星南は美海の質問にゆっくりと首を横に振って、そして今までで一番はっきりと強い言葉で答えた。
「目標は、日本一よ」
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