プログラム作り
フィギュアスケートにおいていちばん大切なこと。
それは毎年滑るプログラムを作ること。
これが無いと競技はもちろん、テストも受けられない。
「リリィちゃんねぇ、今年はダッタン人の踊りとかどう?」
「ダッタン人の踊り…」
アレクサンドル・ボロディンが作曲したクラシックの中でも人気な曲で、フィギュアスケートで使う選手も多い。
実は合唱パートがあるのだが、ルール上その部分は使えない。
「どの部分使うの?」
「全部聞いてみてここを使いたいと思ったところから決めようか」
そう言いながら音楽を再生する。
何度聴いてもやはりタイトルに踊りとつくだけあって、脳内に様々な振り付けが浮かび上がり楽しくなってくる。
一度音楽を通してとりあえず使いたいパートをリスト化していく。
序奏で始まり、そのまま娘たちの踊りに続き、途中娘たちの踊りと少年たちの踊りを挟み、そして最後に全員の踊りの順番の編曲に決まった。
そこまで考えたところで安村コーチはあっと声を上げる。
「7級受けるんだっけ?じゃあショート作らないと」
カテゴリではまだノービスであるが、バッジテストではショートプログラムが必要になるということでショートの曲も決めることになった。
「もうショートフリー作って来シーズンに持ち越しちゃうか」
一シーズン使ったプログラムを翌シーズンにも持ち越すことは特にノービスからジュニア、ジュニアからシニアへ上がる選手では珍しくない。
そして滑り込まれるおかげで前年よりも翌年の方が洗練されているというメリットもある。
なので持ち越しの案にはリリィも賛成した。
しかし最も長く滑るのはフリー。ショートプログラムの曲はまた明日以降考えることにして今日からはもう振り付けを作っていくこととなった。
そこから3日後、フリーはほぼ完成してあとは覚えていくだけという段階になった頃。
テレビを見ていると、神崎勇を取材したものが放送されていた。
特になんの感情も無くぼんやりと見ていたが、ふとあるシーンで釘付けになった。
オリンピックシーズンの前年のショートプログラム、リベルタンゴを滑っている映像だった。
多くのスケーターが使用している曲の一つだが、今この曲と言えば誰かと言われれば間違いなく神崎勇の名前が上がるだろう。
このシーズンの序盤の神崎は体調不良気味でなかなか思うような結果を残せず、苦しい一年だったことで知られている。
その証拠に酷く青ざめた顔でコーチにもたれ掛かり、泣いてはいないが悲しそうな辛そうな表情でモニターを見つめるキスアンドクライの映像が流れた。
しかしシーズン後半に掛けて徐々に調子を取り戻し、世界選手権で完全復活しこのリベルタンゴでその時の歴代最高記録を更新した。
世界選手権でフィニッシュポーズを決めた姿がただただ素直にかっこいいと思った。
日本のバンクーバーオリンピックの出場枠を3枠にしたのは間違いなくこの人...
そして五十嵐聖司だ。
どんなに話題を避けようとしても、聖司は神崎が大好きだったようで度々映像に映り込んでいる。
オリンピックプレシーズンの世界選手権は優勝が神崎勇、そして4位が五十嵐聖司だった。
キラキラとした瞳で「来年は一緒に並ぶ!」と言っていたシーンが世界選手権の終盤辺りで放送されていたのを思い出す。
「...............」
なんとも言えない気持ちになった。
フィギュアスケートは自分で滑るのが好きなら見るのももちろん好きだが、最近はどうも息が詰まる。
自分に成長が見られないせいか、起こってしまった悲劇のせいか理由は分からない。
しかし、これを見たことでなにか挑戦したいという気持ちが湧いていた。
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