track.30 タイムリミット
――私も那木君のそういうところ、最高にロックだと思う……。
――那木君は優しいから気付かない振りをしてくれているけど、私は人の皮を被った化物よ……。
――那木君、あなたに私の正体を明かすのが怖かった……。
――だけど、もういいの、例え全てが終わってしまったとしても……あなたと天城さんを救えるのなら!
青い目をした妖艶な魔女を目の当たりにして、僕の本能と理性が、脳内で必死に競り合いを繰り広げていた。
その中にあって、僕を何とか引き留めていたのは、あの強く気高く、美しくて優しい少女の儚い言葉だった。
いや、それだけじゃない……。
――おやおやお兄さん、もしかしてお探しなのは、このエチィ本ですかな?
――ふふん、少年よ、痛みに耐えて、可愛い幼馴染との細やかな朝の時間を楽しみたまえよ!
――吾妻なんて、丈夫なことくらいしか取柄がないんだからさ!
――吾妻が軽音部とか、イメージ違い過ぎだし……プププッ!
何故か、あの死ぬほどお節介で鬱陶しい幼馴染の僕を小馬鹿にしたような揶揄い文句や、理不尽な言葉の数々が同時に頭をぐるぐると回った。
毘奈の奴、改めて思い浮かべてみると、実に腹の立つことばかり言いやがって……あいつ。
あまり認めたくはない。だが今考えてみれば、毘奈に助けられたって言えないこともなかった。
何しろ僕は、妖精みたいな青い目の金髪美少女からハニトラをかけられながらも、何故かイライラしだしていたんだから。
「やめろ! ノエル、いい加減にしろ!!」
「……きゃ!!」
下着姿で迫ってくるノエルを、僕は力任せに突き飛ばした。彼女はあえなく床に崩れ落ち、戸惑いの表情を浮かべている。
そりゃ、僕だって何もなければ、このまま授業をサボって……なんて考えてしまっていた。
だけど、僕は何があっても霧島を裏切るわけにはいかなかった。あいつはこれからなんだ。今まで寂しい思いをしてきた分、これから軽音部で楽しい思い出を作っていかなきゃいけないんだ。
「……ふーん、アズマったら、ここまで強情だとは思わなかったわ」
「ご……ごめん! でも、そういうことは本当に勘弁して欲しい……」
一瞬、面食らったノエルであったが、再び立ち上がり得意気な笑みを浮かべる。
「またやり方を変えなきゃダメね……。仕方ないから、正攻法といこうかしらね……」
「……へ?」
肩をすくめたノエルは、全く恥じらう様子もなく新しいブラウスを手に取り、僕の方を向きながら着替え始める。
いつものお道化た微笑みはなく、ノエルは僕を教え諭すような感じで話し始めた。
「誰をかばっているのか知らないけど、アズマが思ってるより、フェンリルって凄く危険なのよ。人間なんて簡単に噛み殺されてしまうの……」
ああ、知ってるよそんなこと。何しろ、この前目の前で見たばかりだしな。
もう彼女も隠し事はなしってわけか。どうやら、僕を正論で言い包める算段らしいが、ここはどうする?
「だからね、アズマが知ってること、私に全部教えて。そうすれば、悪いようにはしないわ」
「えーと、仮に僕がそのフェンリルってやつを知ってたとして、君はそいつをどうするの?」
「人間社会で自由にさせておくには、あまりに危険な存在よ。捕獲……ないしは……」
「危険なのは分かるけど、一体何をしでかしたっていうんだよ!?」
僕の問いかけに、ノエルは踵を返して窓の方へゆっくりと歩いて行く。彼女とフェンリルの間にただならぬ因縁を感じさせた。
「EUでは危険度レベル5の隔離対象の生物よ。しかも奴は、私たちから大事なものを奪い、追っ手を殺害したわ。放っておけば、更なる犠牲者が出る」
おいおい、殺害したって……。霧島にそんな過去があったのか?
信じたくはないが、霧島のことだから完全に否定はできないのが歯痒い。いずれにしろ、本人に確かめなきゃ始まらないが。
「残忍で狡猾な狼よ。あの学校からはフェンリルの臭いがプンプンするのに、全く尻尾を出さないのだから……」
「それで……僕を?」
「アズマからあの時強い臭いを感じたの。それに、私を見くびらない方がいいわ。アズマが嘘を吐いてるかどうかなんて、職業柄すぐにわかってしまうの」
どうしよう。白を切るしかないのだが、このままだと言い逃れできなくなりそうだ。
ノエルは再び振り返り、真剣な眼差しで僕のもとへ詰め寄ってくる。
「だからお願い。アズマに手荒なことはしたくないの! 正直に言って!!」
「ノエル……君は一体……何者なの?」
僕が震えながら言うと、彼女は僕の唇に人差し指をあてて囁いた。
「それを聞いてしまったら、アズマはもう二度とこの国の地を踏めなくなるわ? その覚悟はあるのかしら?」
僕は後ずさり、彼女の指の感触の残った唇をブルブルと震わせ、大袈裟に首を何回も横に振ってみせた。
ずいぶんとスケールの大きな話になってきたじゃないか。さすが霧島 摩利香といったところか……。
とにかく、もうこれは陰謀論でもなんでもなかった。ノエルは想像以上にヤバい組織の工作員ということで、間違いなさそうだ。
僕があまりに青い顔をしているもんだから、ノエルは再び無邪気に微笑んで、ある提案をした。
「いいわ……いきなりこんなことを言われても、心の準備もあると思うから、少し猶予をあげる……」
「猶予……?」
「明後日の日曜日、午後四時にここで待っているわ。心の整理をしてきて……いいわね?」
ノエルは無邪気に笑いながらも、その表情の奥には猟奇的な何かを隠しているようであった。
そう、もう僕に逃げ場なんてなかった。このサファイヤのように美しい彼女の青い瞳からはね。
――でないと、日曜日は今日みたいに優しくできないわよ……」
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