track.13 幼馴染は食べさせたい

 あれから数日が経とうとしていた。赤石 光は少しずつではあったが、再び学校に来るようになったようだ。

 まあ、バックに霧島が控えていたら、誰も手は出せないよね。



 この日は、すっかり霧島ラブとなった毘奈が、どうしても霧島の家に行きたいと駄々をこねていた為、僕と霧島は毘奈の部活が終わるまで校内で時間を潰していた。

 基本霧島と一緒にいると凄く目立つので、僕らは相変わらず屋上で放課後を過ごし、そろそろ頃合いってところで校舎を降り始める。



 「霧島、どうしたんだ? そんなところで立ち止まって?」



 その部屋からは、ゾクッとするような煌びやかなメロディー、そして野獣がうなり声を上げるような暴力的なサウンドが漏れてきていた。軽音部の部室だった。

 霧島はその前で立ち止まると、まるで風邪を惹いた子供が外で楽しそうに遊ぶ子供たちでも眺めるように、じっと中の様子を伺っていたんだ。 



 「もしかして入りたいの? 軽音部?」

 「いいの……どうせ私が行っても、皆を怖がらせるだけだから……」



 そう言い残すと霧島は、何事もなかったかのように踵を返した。

 僕にはその光景が悲しく見えてしょうがなかった。

 もし霧島がこんなにも強くて優しくなければ、もしあの時赤石 光を助けていなければ、霧島にもこの中で楽し気にギターを弾く普通の女子高生みたいな日常があったのかもしれない。

 あのDQN系女子たちに言ってたように、霧島だって本当はまっとうに生きたかったんだ。

 いつか誤解が解けて、霧島がこの中の人たちと一緒に笑いあえる日が来ればいいのに……。



 僕が一人でセンチな気持ちになっていると、校舎を出たところで不意に毘奈が霧島に抱き着いてきた。



 「マーリリン! 待っててくれてありがと! うーん、今日もいつもに増して可愛いですな~!」

 「ちょっ!? あ、天城さん、そういうのやめてもらえないかしら? それに……その呼び方!」

 「えー! 可愛いじゃん! 摩利香だからマリリンだよ!」

 「わ、私はどこかのヘヴィーロッカーではないのよ!」



 もうすっかり霧島ラブとなっていた毘奈とは裏腹に、霧島自身は少し毘奈のことが苦手そうだ。

 霧島に苦手意識を持たせるなんて、実は学園最凶……いや最強なのはこの幼馴染なのかもしれないね。

 その破天荒な幼馴染のせいで、さっきまでのセンチな気持ちなんてどこかに吹っ飛んでしまったよ。



 それから僕たち三人は、この前みたいに黄昏色に染まった道を、ビルの合間に沈んで行く夕陽を目指して喋りながら進んだ。喋っていたのは、ほぼ毘奈一人だったけどね。

 そして久しぶりに来た霧島の住んでいる高級マンション、夢で行ったのを合せると、来るのは三回目になるかな。



 「すっご!! こんな大きいマンションに一人で住んでるの!? マリリンって何者なの? セレブなの?」



 毘奈もほとんど僕と同じ反応であった。そりゃ、皆んなそう思うわな。

 派手なリアクションをする毘奈を適当にいなしつつ、僕らはエレベーターに乗って霧島の部屋へと向かう。

 玄関扉を開いて中に入ってみると、そこは何だか悲しいくらい前に来た時と変わっていなかった。

 ホテルのように最低限置いてあるテーブルや椅子、ほとんど使っていないのか綺麗に整い過ぎたキッチン、やたら高価なオーディオセットと隅に置かれたギター、そして大昔のロックスターのポスター、まるで時がここだけ止まっているように見えた。



 「ひっろーい!! いいなー! 私もこんな部屋で一人暮らししてみたいな!!」

 「おい毘奈、あんまり勝手にうろうろするなって……」



 テンションが上がり、子供のようにはしゃぐ毘奈を僕は諌める。

 もう遅くなってしまったが、明日は学校も部活も休みだということもあってハイになっているんだ。

 そして部活後でお腹を空かした毘奈は、三人で夕飯を食べることを提案する。霧島は少し困った様子で、申し訳なさそうに言った。



 「そ……そうね、それじゃ、ピザでも……とろうかしら?」

 「いいよいいよ! せっかくだからさ、私があり合わせのもので何か作るよ! ちょっと、冷蔵庫を拝見!」

 「ちょっ! 天城さん!」

 「……ありゃ?」



 少し想像はしていたけど、冷蔵庫の中は部屋と同じようにだいぶ小ざっぱりとしてて、飲み物が数本入っているだけだった。

 霧島は慌てて冷蔵庫の扉を閉めるが、毘奈は酷く心配した様子で霧島に詰め寄る。



 「ねえ、マリリン、普段一体何食べてるの?」

 「……カップメンとか、パンとか……あとはデリバリーかしら」

 


 それを聞いた毘奈は、かなりショックを受けたみたいで、大袈裟に頭を抱えた。



 「ダメダメダメ、ダメだよマリリン!! 成長期なんだから、もっとちゃんと栄養のあるもの食べなきゃ!」

 「で……でも、あまり料理とか得意じゃないの……」

 「分かったよ、マリリン! この毘奈ちゃんに任せて! すぐそこにスーパーあったよね? ちょっと買い出しに行って来る!」



 と言って毘奈は、呆然とする僕らを尻目に外へ飛び出していった。

 善意からなんだろうが、本当にまあ、お節介と言おうか節操がないと言おうか……。



 「那木君……まるで嵐のような人ね、あなたの幼馴染」

 「うん、よくわかってきたみたいだね……」



 ものの数分で毘奈は買い物から戻ってきて、何やら忙しそうに料理の準備を始めた。



 「待たせたね、マリリン! ちょいとキッチン借りるよ!」

 「あの……ちょっと、天城さん?」

 「大丈夫大丈夫! 心配しないで、私料理は得意なんだ! 期待しときなよ、美味いもの食わせてやるぜ!」



 もう何も言えず、棒立ちの霧島。

 まあ、毘奈はハイスペック女子高生と言われるだけあって、料理もかなり上手かった。だから、その点僕は少し安心していたんだ。



 「大きめの鍋にお湯を沸かして、フライパンにオリーブオイルを垂らして潰したニンニクを弱火に……唐辛子は焦げやすいから後で、オクラは細かく刻んで、インゲンは一口大、ミニトマトは半分に、ニンジンは薄く短冊切で、ズッキーニは輪切りに……」



 毘奈は一人でぶつくさ言いながら、物凄い集中力で調理を進めていく。炎の料理人と化した彼女に、最早誰も声をかけることはできなかった。



 「ごめんマリリン、塩どこ!?」

 「あ……その……戸棚に」

 「グラッツェ! パスタを茹でる塩加減は、少ししょっぱ過ぎるくらいで……捩じって花を咲かせるように投入! 唐辛子を入れて、ニンニクはこんがり色がついたら取り出す。細かく切った生ベーコンをさっと炒めて、野菜を加えて焼き色をつけたら白ワインでフランベ!」



 認めたくはないが、あまりの手際の良さにクッキングショーでも見てるみたいだった。

 最初はポカンとしていた霧島も、今は羨望の眼差しを向けているようにすら見える。

 


 「炒めた具材にパスタの茹で汁を加えて、軽く煮詰める……パスタが茹で上がったら、フライパンに移して手早く合わせて、仕上げにオリーブオイルを垂らして軽く混ぜれば……」



 絶対に気のせいだと思うのだが、僕と霧島は毘奈の作った料理が眩く輝いているように見えた気がした。

 目を擦りながらその光景を見つめる僕らを尻目に、毘奈は大きな声で料理の完成を告げる。



 「よし、できた! 毘奈ちゃん特製、たっぷり夏野菜の女子力53万スパゲッティーだ!! さあ、二人ともおあがりよ!!」



 自信満々で皿に盛られたスパゲッティーを差出す毘奈。色々と突っ込み所は満載であったが、その勢いに押されて僕と霧島は食卓についた。


 

 「い……いただきます」

 「どう? マリリン、おいしい? おいしい?」



 緊張した面持ちで、フォークに巻いたスパゲッティーを口に運ぶ霧島。毘奈がすぐ横で食べるのをガン見しているせいで、かなり食べ辛そうだ。

 でもまあ、心配はしていなかった。毘奈はだいぶお節介で、ときにはウザったいけど、基本は善良で利他的な奴なんだ。だから、こいつの周りの人たちは皆んな幸せになる。



 「……おいしい……優しくて、温かい味」



 スパゲッティーを一口食べた霧島は、それまでの緊張が嘘だったように、目を細めて柔らかに微笑した。

 霧島のありのままの反応に、横でじっと見守っていた毘奈は、感激して両手で何度もガッツポーズを繰り返して霧島に抱き着いたんだ。



 「ちょっ! 天城さん! これではせっかくのパスタが食べられ……」

 「うんうん、また美味しいもの作ってあげるからね! ちゃんと食べないと、胸も大きくならないよ! なにしろ、吾妻のエチィ趣味はね……巨乳好きの傾向が……」

 「コラコラコラコラ!!!」



 全く、本当に油断も隙も無い。こいつの周りの人たちは皆幸せになる……ただし僕を除いてね。

 感情が高ぶり、悪乗りする毘奈をやっとの思いで窘めると、ようやく僕もスパゲッティーにありつくことができた。



 「ねえねえねえねえ、吾妻もおいしいでしょ? おいしいでしょ?」

 「あーもう! 美味いよ、美味い! ネーミングセンスはどうかと思うけどね……」

 「なにそれ! 反応が可愛くない!」



 僕の軽口に毘奈がブーたれて、僕らは一頻りどうでもいい言い争いを繰り返した。

 霧島はそんな僕らを、微笑まし気に見つめ呟く。



 「あなたたち、最初見た時から喧嘩していたのに、なんだかんだで一緒にいて仲良しなのね……」

 「そうだね、それは喧嘩もしたりするけど、私たちは姉弟みたいなもんだからさ、時間が経てば、自然と仲直りするんだよ」

 「幼馴染ね……何だか懐かしい」



 それまで微笑んでいた霧島が、儚げな顔で言った。

 この何気ないやり取りを発端に、今まで謎に閉ざされていた霧島 摩利香の過去への扉が、開かれようとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る