亡
「ハイ、シーカ! 夢でぶりっていうのかな」
パソコンのモニターから、ヨハンが爽やかな笑顔を浮かべる。顔色はとっても良くて、安心した。
ヨハンとは久々にリモートで話しているの。
「早速だけど、あの時もあの後もどうなったのか詳しく教えてよ」
パチンとウインクする。中身乙女のくせに相変わらずのイケメンなんだから!
どうやらヨハンは、あの廃墟での出来事をあまり覚えていないらしいわ。特に私達が図工室に入ったあたりからは、うろ覚えみたい。
自分が鬼に食べられた時の事をハッキリ覚えていないのなら、それはそれで良かったけど。
私はといえば、母が最後に犯人を探すなって言ったところまで、バッチリ覚えている。
ハッと目覚めた時は自宅のベッド。陽の光が差し込んだ、清々しい早朝だった。
ただの夢オチかと思ったくらいよ。パジャマもちゃんと着ていたし。
でもヨハンから直後に電話が鳴って、話してみたら夢じゃなかったと改めて思い知った。
この感じなら、きっとあの場にいた私達十二人は問題なく目を覚ましたに違いない。他の人達がどこにいるかなんて知らないけど。
ヨハンの感じからして、私以外の十一人には単なる悪夢として、大した認識もされずに忘れられていくんじゃないかな。
「ほらほら、もったいぶらずに教えてよ! ね、シーカ!」
「ふふ、もちろんよ」
私は乙女な親友に、母がかくしおにについて教えてくれた時の事から説明する事にした。
※※※※
「いい、詩香。かくしおにはね、まん丸お月様になる満月の夜、十二人の魂を人食い鬼に餌として捧げるんだ。その為に、あらかじめ十二人にマーキングする」
「マーキング?」
「うん。詩歌の好きな動物も、縄張りや餌に自分の臭いをつけるだろう? それと同じようなものかな。マーキングした十二人を夢に誘って、一つの建物の中に隠すんだ」
「夢なのに、建物?」
「そう。現実に動く……えっと、本当に体を使って建物の中に入るのは、呪う人だけなんたけどね」
入院中に暇をもて余して本を読む事が多かった私は、同い年の子達より言葉を知っていた。
それでもやっぱり五歳の子供。母は私にもわかるように、言葉を考えて話してくれた。
「おっきい建物に入るの?」
「基本的には使わなくなった学校やホテル……ああ、この国なら古城って呼ばれてる古いお城があるだろう? 有名なのはベルサイユ宮殿」
「ベルサイユ! 知ってる!」
「まあ、お城みたいに大きくなくて良いんだけど、そういう誰も使っていなくて古くなった建物を廃墟って言うんだ。廃墟で呪う人が鬼を呼び出す儀式をしたら、鬼がババーンと出てくる」
「鬼、怖い!」
「しかも呼び出した鬼と一緒に眠らないと、いけないんだよ〜」
「えー、怖い。いつ食べられちゃうかわからないよ? 怖くて一緒に寝られないよ」
途中から私を怖がらせたくなったのか、母は少し低い声を出してた。時々、お茶目なんだから。
「ふふふ、可愛いな、シーカは。でも怖いのを我慢して眠れるくらい、誰かを憎んで、妬んで、怨んでしまうんじゃないかな。鬼と一緒に眠ると、呪う人がつけておいたマーキングを辿って、鬼は呪う人、呪われる人を夢で繋げて廃墟を舞台にした夢を作り上げる。これで人間を使った蟲毒を作る呪いの儀式が完成するんだ」
「こどく?」
初めて聞いた言葉に首をかしげる。
「呪いの毒の事。強力な毒を作る為に、かくしおにをするんだ。呪う人は十一人が鬼に食べられるまでどこかに隠れておいて、最後の一人が食べられるところを必ず近くで見る。鬼が食べ終わったら、その鬼を封じ用の入れ物に閉じ込めるんだよ。かくしおには日本語で、加苦死鬼贄と書くんだ」
母が携帯の文字機能で日本語を見せてくれる。漢字が難しくて、ちっとも理解できなかったけど。
「鬼は一度蠱毒になってしまうと、もの凄く強いんだ。なかなか祓えない」
「はらう?」
「あー……毒を無効化できないって事だよ。詩歌が前にやってたカードゲームで、無効化発動って言ってただろう? その無効化ね」
「えー……」
消えない毒の話に、子供ながら引いてしまう。
「あ、でも全く出来ない訳じゃないし、方法もある。まあセツカでぶった斬るだけ……」
「え?」
語尾を小声でゴニョゴニョ言っていたから、そこはハッキリ聞き取れなかった。何かの名称らしきセツカが何なのか、未だにわからない。
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