かくしおに
嵐華子@【稀代の悪女】全巻重版
壱
「ママー! かくれんぼこわいのお!」
「
ずうっと昔の小さな私に、くすくすと柔らかく笑う優しい面差しの母。
確か日本の真夏のホラー特番を見た後だったかな。恐怖再現ドラマが、かくれんぼだった。
怖い幽霊が『みぃ~つ~け~た~』ってトイレの上から覗いてくる、定番っちゃ定番のホラー話。
当時私は難病を患ってたから、入退院を繰り返してた。もちろんこの時も入院中。ドラマの舞台が、よりによって病院。いたいけな五歳の幼女にとって、夜の病院は恐怖の空間に早変わりするのも仕方ないよね。
私の母は日本人。父は日仏クォーターの日本人。どちらも元々は日本国籍なんだけど、私と母はイギリスに住んでた。
私の闘病の為もある。けど一番の理由は症例数が少ない病気で、薬の開発に有利だったから。
いつもの夜は個室で一人きり。
でもこの日は違ってた。母が付きっきりで過ごしてくれてたんだ。日夜関係なく働くような、とっても忙しい母が珍しく一緒で、かなりはしゃいでたと思う。
ちなみに両親は、ずっと籍を入れてない。事実婚とも少し違うけど、仲は悪くない。というか父は母が大好きで、母がオッケーすれば、いつでも入籍できたはず。
母も父の事は好きだったんじゃないかな?
母は頑なに籍を入れなかったけど、居住地が日本とイギリスで物理的に距離はあっても、私と両親で交流はあったから。
「ママ、今日は一緒に寝て!」
不意に、五歳の私がおねだりする。ベッドに腰掛けた母の華奢な腕にぎゅっとしがみついきながら。
そっか。私は今、夢を見てるんだ。
そうでないとおかしいよね。だって母はもう……。
「ふふふ、いいよ。うちの詩香は可愛いな」
「やった! 約束よ!」
母が綺麗な顔をへにゃりと崩して、私の頭を撫でながら頷く。そうそう、私はこんな風に舞い上がって喜んだんだった。
そうして母はお手製の組紐で、器用に私の髪を結んでくれた。
夢の中だけど、こうして改めて見ても母は背が小さいし、華奢なんだなと実感する。
記憶の中の母は言葉使いが中性的だし、私以外といる時には凛としてて格好良かった。もちろん私の自慢の母だ。
昔できた大きな古傷が左のふくらはぎにあって、何もしないで歩くのは少し不自由してた。でも機能的でデザイン性の高い装具を使えば、歩行は普通にできる。そのせいで私も時々足の事を忘れては、母に思い切り飛びついて、受け止め切れない母と一緒に転がったりした。
うん、今では良い思い出。
この装具はオーダーメイド製。お金持ちな日系イギリス人男性からの贈り物。
実はこのイギリス人男性。母の恋人なんだ。付き合いも長くて、母がいなくなった今でも、私とは交流がある。
私も海外生活が長かったからかな? 当時も今も、女性として独身生活を謳歌してた母を受け入れてる。
まあ父はね。未だに母を愛してるみたいで、娘としてはちょっと複雑。
でも母と関係のあったこの二人。今でもたまに会ってはお酒を酌み交わして、母の腹黒冷血漢エピソードを暴露し合う仲なのよね。
母を通して芽生えた男の友情……かなあ?
とは言っても誰が側にいたって、他ならぬ私が一緒にいれば、娘を優先。なんなら溺愛が過ぎてデレデレしてる、凛とは全く無縁の母親になってた。母の愛情を疑った事も、もちろんない。
私の中では幾つになっても若々しい、可愛らしい人。腹黒冷血漢ってよく耳にするけど、未だに理解できずにいる。
「あのね、かくれんぼは怖くないから大丈夫なんだよ。だってかくしおにじゃないんだから」
母は相変わらず楽しそうね。そんなに私の頭の撫で心地が良いのかしら?
そんな様子の母のお陰で、私の恐怖心も少しずつ薄くなっているみたい。
「かくしおに?」
「そう。いい、詩香。かくしおにはね……」
懐かしい母の優しい声音を聞いていれば、夢が終わりを告げるかのように私の意識は浮上していった。
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