第28話:帝国最後の威光

 光のファランクスは、山上の砲撃陣地からでもよく見えた。

「見ましたかテンガイ先生!? 今、光の槍が一斉に伸びて信濃騎兵を返り討ちにしましたぞ!」

 砲撃隊長の青田芳照は、巨大臼砲の冷却時間を持て余して望遠鏡で観戦していたが、興奮を抑えきれずに叫んだ。

「プロセイン軍も魔術を使うとは聞いていましたが、まさかあんな集団で使ってくるとは思いませんでしたよ」

 一方、話を振られた眼鏡の科学者――米山天外は冷静だった。

「あれはプロセイン軍ではありませんよ。ややこしいですが」

「あ、そうでした! ランゲル公が率いるあの白い兵は神聖大しんせいだいローマ帝国の所属でしたな」

 青田は望遠鏡から目を離し、肩をすくめた。

 それから、どこか腑に落ちない様子で話を続ける。

「ところで、その神聖大ローマ帝国とやらは一体なんなのですか? 軍事協力しているのはプロセインだけだと思っていたのに、急に第三国が出てきて驚きましたよ。しかも指揮権もあのランゲル公が握っているようじゃありませんか。プロセイン側には第一王子もいるというのに」

 米山は頷いた。

「私も最初は困惑しましたよ。実際長いこと外交の窓口になっていたのはプロセインでした。そこへ突然あのお方がやって来たのです」

 一介の軍人に過ぎない青田と違って、米山には外国との会談に同席するなどの経験が幾度かあった。

 しかしそんな米山ですらも、このような感想を抱くのである。

「そんなに偉い国なのですか?」

「ええ、一応は」米山の返答には含みがあった。「名目上はプロセイン王国も帝国の一部に過ぎませんからね」

「!?」

 まさかの事実であった。

 プロセイン王国が西欧随一の軍事大国であることは、平民ですら知っていることだ。そんな強大な国が、属国でしかないというのだろうか――

 だが、米山の話には続きがあった。

「もっとも、今の帝国にプロセイン王国を従わせるだけの力はありませんがね」

「? それはどういうことで……?」

「神聖大ローマ帝国は国というより、ローマという過去の栄光を拠り所にした連合体のようなものです」と米山は言う。「領地も領民も持たず、帝位も古い権威を示すための象徴に過ぎません。そして今となってはその権威も弱まり、諸侯に好き勝手されているという有り様です」

「なるほど……よく分かりませんが、つまり、実体も実権もない名ばかりの帝国というわけですか」

「そんなところです」

 青田は少し考え、得心が行ったように頷いた。

「なんだか、つい数年前までの我が国の皇帝みたいですね」

「不敬ですよ」

「ああ、これは失礼!」

 日ノ本皇帝の臣民たる砲撃隊長は恐縮して飛び上がった。

 米山は静かに一笑してから、言葉を継ぐ。

「帝国は形骸化してしまいましたが、それでもかろうじて権威を保っているのは、ランゲル公の存在が大きいでしょう」

「あのお方が……?」

「そうです。大英雄の末裔にして、十二星剣じゅうにせいけんの異名を持つ聖剣アストラルの正統なる継承者――彼こそが帝国最後の威光なのです」


 一方、城下の峠道――

 銃声が散発的に山々にこだまし、無数の弾丸が絶え間なく白の軍勢を襲う。

 だがそのいずれもが標的に届く前に、ヒュンッという風切音とともに弾き返された。勢いを失った鉛玉が、兵士たちの足元にぽとりぽとりと落ちていく。

 ―――遠距離から地道にこちらの戦力を削ごうという魂胆か……?

 この部隊の指揮を執るランゲルは、冷たい碧眼で敵陣を見据えていた。

 色とりどりの十二宝石が嵌め込まれた聖剣はまた宝玉の色を変え、今は翡翠の輝きを放っている。

 ―――このままでも問題ないが、あれ如きに魔術を使い続けるのももったいないな……

 ランゲルが近くにいた皇国の指揮官に合図を出すと、すぐさま号令がかかった。

「皇国軍は前へ! 星剣せいけん大隊を守れ!」

 すると一時退避していた皇国軍はまた白の軍勢の前に出て、代わりに銃撃戦を引き受けた。

 あまり戦意は高くないが、数だけは多いから肉壁としては都合のいい兵である。

「撃てぇい!」

 轟音とともに火花が走り、硝煙が両陣営から立ち上る。

 視界が遮られる中で、互いに一歩も引かぬ銃撃戦が繰り広げられた。

 ランゲルはわずかに眉を動かした。

 今、前に出てきているのは皇国兵である。突破口を押し広げるつもりならば、そろそろ騎兵を投入してもいいはずだ。遠距離からの銃撃は敵陣を崩すのには有効だが、決定打を与えるのには向いていない。皇国兵如きを相手に、いつまで撃ち合っているつもりか……

 この消極性は――

「ティモリアよ――我が瞳に真理の灯をともせ」

 なにを思ったか、ランゲルはまたしても聖剣に語りかけた。宝玉が示した色は――サファイア。

魂の知覚ノーエシス!』

 ランゲルの双眸から、すべてを見透かすような冴え冴えした光がほとばしった。

 そして現に、ランゲルには見えていた。戦場の全体像が――

「やはり……そう来たか」

 ランゲルの目に映っていたのは、脇道を駆け上がる信濃騎兵の群れ。

 その道の先にあるのは、巨大臼砲の置かれた砲撃陣地である。

「フレデリック、聞こえるか?」

『はいは~い』

 ここにはいないプロセインの王子が、ランゲルの呼び出しに応じた。

「そちらに信濃騎兵の主力部隊が向かっている。すぐ動けるように準備しておけ」

『了解。もう準備万端だよ』


 兼定はすでに戦略目標を切り替えていた。

 あれだけの絶壁を見せつけられては、正面突破は断念せざるを得ない。次善の策を採らねばなるまい。

 すなわち――砲撃陣地の奪取である。

 巨大臼砲さえ押さえてしまえば、籠城戦は何倍も楽になる。それでも援軍の到着まで持ち堪えられるかは怪しいが、今はその可能性に賭けるしかない。

 歩兵に城下の戦線の維持を命じると、兼定は騎兵の主力部隊を率いて砲撃陣地へと向かった。

「この道……伏兵が置かれていたら厄介ですね」

 そう懸念するのは喜兵衛であった。

 砲撃陣地へと続く道は本道よりも狭く、上り坂であることも重なって騎兵には悪条件だった。

 それは兼定も分かっているようだった。

「うむ。当然敵も砲撃陣地への攻撃は想定しているはずだ。それなりに備えはあるだろう。だが、プロセイン軍の主力と正面からぶつかるよりは百倍マシだ。この道ならば少なくともあれと戦わずに済む」

 兼定のその言葉に、喜兵衛は微笑んだ。

「確かに、皇国兵が待ち伏せていたところで大した脅威じゃありませんね」

「まあ、他にプロセイン軍がいないとも限らないがな……」

 斜面の上から黒馬の群れが現れたのは、ちょうどその時だった。

 紺青色の軍服に白地に鷹の軍旗――プロセイン軍の騎兵部隊だ。

「残念。君たちの考えることは全部お見通しだよ」

 先頭で馬を立てているのは、赤い二角帽の青年。

「王子フレデリック……噂をすれば」

「大丈夫ですよ。下の奴らと戦うより十倍マシですから」

 少しだけ当てが外れた形だが、喜兵衛はむしろ好戦的な笑みを浮かべた。

 一度戦った相手。強大な敵であるには違いないが、面妖な術を組織的に使う下の軍勢に比べれば、まだ戦いようがあるように思えたのだ。

「突撃!」

「掛かれ!」

 同時に号令が掛かり、両軍は激突した。

 押しているのはプロセイン軍。地の利もさることながら、体格で大きく上回る異国の馬はやはり脅威だった。

 そして陣頭には魔剣使いのフレデリック。

「喜兵衛、信廉のぶかど。あの男を頼む。くれぐれも無理はするな。牽制するくらいでいい」

「はっ!」

「お任せを!」

 兼定から指名された両将は、部下を引き連れて二方向からフレデリックに襲い掛かった。

 先頭切って突っ込んで行った兵は、すれ違いざまに心臓を一突きにされて鞍上から滑り落ちた。

 続けて二騎。剣を引き抜く隙を狙って槍を突き込むが、フレデリックにそんな隙は無かった。次の瞬間には槍の穂先が消し飛んでいた。そして二人の信濃兵がそれを視認するより早く、フレデリックの鋭い剣先が二度光った。

 血飛沫を上げながら左右に倒れゆく信濃兵。

 その間から、また一人の槍使いが躍り出た。

 馬めがけて繰り出された突きは、手綱を引いて避けるのがやっとで、フレデリックに反撃の機を与えなかった。

 再び相見えた雄敵に、フレデリックは無邪気に微笑む。

「やあ、また会ったね! 会えて嬉しいよ」

「すぐに後悔させてやるよ」

 無愛想に言って、喜兵衛は立て続けに攻撃を浴びせる。

 フレデリックのレイピアの間合いに入らぬよう、巧みに馬を操りながら。

 が、その駆け引きはフレデリックの方が一枚上手だった。あるいは前日で喜兵衛が愛馬を失っていたことが響いたのかもしれない。

 離脱しようとした喜兵衛に、フレデリックの白馬はすぐに追いついた。

「チェックメイトだ」

 間合いに入ってしまえば、あの連続突きを避けるのはほぼ不可能――

『ランスロット・無数のツァーロス――』

 だが、魔剣ランスロットが光を放つよりも先に、火を噴いたものがあった。

 ドォンッ!

「!」

 フレデリックの眼前を弾丸が掠めた。

 音のした方を見ると、壮年の騎馬武者が鉄砲をこちらに向けていた。

 喜兵衛とともにフレデリックの相手を任された出雲いずも信廉のぶかどである。

 煤けた鉢巻の下で光る双眸は、幾多もの修羅場を越えてきた者だけが持つ静かな迫力を宿していた。

「次」

 短く言って、信廉は部下から弾込めされた鉄砲を受け取った。

 そして淡々とフレデリックを狙い撃つ。

 ドォンッ!

「チッ……」

 喜兵衛の攻撃に合わせて絶妙なタイミングで撃ち込まれる援護射撃に、フレデリックは苛立った。

「まさか君たち、僕なら下のランゲルたちより簡単に倒せると思ってないよね?」

「よく分かってるじゃないか。その通りだ」

 はっきりズケズケと喜兵衛は言ってのける。

 多分、ここにいる全員が思っていたことだ。

 ただ一人を除いて。

「舐め過ぎだよ!」

 いや、聞いた本人もそれは分かっていたのかもしれない。分かった上で聞いてみた。そしてそれが気に食わない。

 自分で自分を挑発した形になったフレデリックは、体を大きく捻ってレイピア型の魔剣を引いた。

 なにかが来る――そう喜兵衛が予感した時である。

『ランスロット・如意穿槍ヴィレ・ランツェ!』

 細身の魔剣が赤紫色の光を放って脈動した。

 喜兵衛は反射的に馬体に身を隠した――が、次の瞬間にはなにかに弾き飛ばされていた。

 地上を一転して起き上がった喜兵衛が見たのは、斜面の遥か下まで伸びていく、血塗られたように赤黒い巨槍だった。

 それは騎槍ランスと呼ばれる槍のような形状をしていたが、槍先は坂道に列をなす信濃騎兵の群れを突き崩し、どこまで達しているのかも分からない。

 巨槍が再び脈動したかに見えた。

 次の瞬間、赤黒い巨体はみるみるうちに縮み、やがてフレデリックの手に収まる細身の騎槍へと戻った。

 巨槍の通った道には血と土の煙が渦巻き、人馬が無数に横たわり、目を覆いたくなるような惨状が広がっていた。

「君たちが恐れているファランクスを僕は一人ででもできる」どうだと言わんばかりに、フレデリックは胸を張る。「絶望しな。ここが君たちの墓場だよ」

 実際には、それはランゲルの部隊が繰り出した擬似的なファランクス――『光槍陣ルクス・ファランギウム』とは大分かけ離れたものであったが、攻撃一辺倒のその一撃は、絶望を与えるには十分過ぎた。

 歴戦の兼定ですらも、敗北感を顔に滲ませる信濃武士たちをどう奮い立たせればいいのか分からぬほどであった。

 しかしその時である。

 不意に、兼定は山上に一筋の希望を見出した。

 同じ方角を見ていた他の者たちも、続々とそれに気付き、どよめきが起きる。

「殿下、あれを! 砲撃陣地が!」

「なに!?」

 配下の呼び掛けに振り返ったフレデリックが見たのは、砲撃陣地からもうもうと立ち上る濁った煙だった。

 砲撃の際に出る白煙とは明らかに違う。

 炭を焦がしたような黒煙が、渦を巻きながら天を突いていた。

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