第12話 少女の恋……森原真鈴の場合④
バカ! 私のバカ!
どうして、あんな事言っちゃったの!?
ほんと……もう……
謎の力で私が七月先輩に告白してから、約一週間が経った。
どうして、七月先輩にあんな事を言ってしまったのか、自分でもよく分かっていなかった。
本当に、謎だった。
強いて理由をつけるのならば、絶対に隣に並び立つ事ができないという現実を体が受け止めきれず、無意識の内に七月先輩が大好きだという気持ちが飛び出してしまった説が挙げられる。
けれど、もしそうだとしたら、私は相当にメルヘンチックなおバカさんという事になってしまう。
バカ! 本当にバカ!
あぁ言ってしまってから、七月先輩も何だかそっけなくなってしまったような気がするし……
あぁ……もう、本当私って……
午前中の練習を終え、肌を撫でるような心地の良い秋の風を背に受けながら、私は自転車を漕いでいた。
荷物を沢山持っていたからか、それとも練習で体が疲れ切ってしまっていたからか、それとも、あんな衝動的な告白をしてしまったからか、自転車のペダルを漕ぐ足は、私の想像以上に重かった。
爽やかな見てくれに反して、心も体もズンと重く沈んでいる。
新人戦も近いのに、こんな有様では七月先輩に呆れられてしまう。
……いや、七月先輩は最初っから私に期待なんてしてないか……
だ、だめだ……何をするにもあの失敗を引きずってしまって、ネガティブが永久機関のように連鎖してしまう……
無常を嘆き、目に溜まった涙を拭おうとカバンの中からタオルを探す。
けれど、中々見当たらずに、自転車を停めてカバンの中を漁った。
そうして、思い出す。
武道館に、タオルを忘れたという事を。
どうしよう……今から戻るのも面倒だけど……今日、沢山汗かいたしな……放置してたら大変な事に……
迷った私は溜息を着いて、自転車をぎこちなく方向転換し、もと来た道へと引き返す。
更なる失敗を拭うために漕ぐペダルは、先程よりもより重く感じた。
最近、本当についてないな……
数十分自転車を走らせて、ようやく学校に到着した。
重い脚を引きずりながら、武道館の鍵を管理室に借りに行くと、そこに鍵はなかった。
あれ、おかしいな。
確か練習が終わった後に、同期の子が返しに行ってくれたはずなのに。
そう不思議に思いながら、私は武道館を目指した。
もしかしたら、私と同じように忘れ物をした誰かが、私とまったく同じタイミングで取りに帰ってきたのかもしれないだなんて、そんなありもしない妄想に浸る。
まぁどちらにせよ、武道館が解放されていて、忘れ物を回収さえできれば何だっていいと、そう思っていた。
その、はずなのに……
「「あっ…………」」
間の抜けた二つの声が、しんとした空間の中に響く。
「お、お疲れ様です……」
「お、おぅ……」
そこには、私が今一番気まずい相手。
七月先輩がいた。
「じ、自主練……ですか……?」
「お、おぅ……新人戦近いからな」
「そ、そうですか……」
ぎこちない会話が、古びた武道館の中をギシギシと揺らす。
き……気まずい……(泣)
告白する前から、七月先輩と話す時は一定の緊張感を感じていた。
けれど、今はまた違った居心地の悪さというか、話しずらさが私の体を支配している。
過去の私よ……どうして告白なんてしてしまったんだ……
こんな思いをするくらいなら、本当の気持ちなんて知られないほうがマシだった。
「な、なぁ、真鈴」
「は、はい!」
「この間の事なんだけど……」
「はい……」
「……すまん、俺、やっぱり……」
「あっ……ま、待ってください!」
不意に竹刀を振る手を止め、私に声を掛けてきた七月先輩。
その表情は、私が今まで見た事ないくらいに歪んでいた。
後ろめたさや、申し訳なさが滲んだような表情。
それを見て、悟った。
『あぁ、私はフラれるんだ』と。
進展どころか、元々あった先輩後輩という関係性すらも崩壊させてしまうんだと。
隣どころか、近くにすらいられなくなってしまうんだと。
そう思った瞬間、無意識の内に言葉が飛び出ていた。
怖くなった、そして、惜しくなった。
全てを無くしてしまうのなら、全てを無かったことにした方がマシだ。
そう思って、咄嗟に沢山の嘘をついた。
「え、えっと、すいません。前回のアレは冗談みたいなもので……朝練で疲れてて、変な事を言っちゃいました。すいません、先輩に失礼な事を……」
「……はぁ?」
やばい、怒られると、目を瞑ってその場に立ち尽くす。
いくら優しい七月先輩でも、こんな人の心を弄ぶような事、許してくれるはずがない……
「ハハハ、そうだよな。お前が俺の事好きなわけないよな。なんだよ、驚かせるなよ!」
しかし、私の想像とは裏腹に、七月先輩は笑顔を浮かべて、私に近づき肩をポンポンと叩いた。
まるで憑き物が取れたような、安堵の表情。
そんな彼を見て、私はホッと一息……つけなかった。
これで、良かったはず。
これで、私の失言にも近い告白はなかったことになるはず。
これで、以前みたいに、近くも遠くもない、少しだけ心地良い関係性を続ける事ができるはず……なのに、私の心は荒れ狂ったままだった。
自分で、自分の事が良く分からなくなってしまっていた。
これでいいんだと、これで丸く納まるんだと、必死に自分に言い聞かせる。
これが正解なんだと。
これが正しいんだと。
きっと、そのはずなんだと。
だから、これで……
「……すいません。冗談って言うのも……嘘です」
良くない。
そんな、告白は嘘でしたなんて言って、喜ばれるような関係性ではいたくない。
今、それを受け入れてしまえば、ずっと、未来永劫そうなってしまいそうだから。
だから、私は自分の言葉を否定した。
私は、七月先輩の特別になりたい。
不意に見せる子供みたいな笑顔を、私だけに向けてほしい。
ほんの少しでもいいから、七月先輩の心の中に住まいたい。
でも、現状ではそうではなくて。
きっと、七月先輩にとって私は、面倒のかかる後輩ぐらいの認識で。
そう思われるのも、自分がその現状に甘えているのももう嫌だった。
それなら、いっそのこと……
「私は……七月先輩の事が好きです。大好きです。初めて会った時からずっと好きでした。ずっと、隣にいたいです」
洗いざらい全てを曝け出して、嫌われてしまった方が何倍もマシだ。
避けられようと、腫物扱いされようと、自分の心に素直になった方が……
あぁ! やっぱりだめ! 七月先輩に嫌われたくない!(泣)
もう……一体どうすれば……あっ!
「だから……だから次の新人戦、私が個人戦で優勝したら、私の事、真剣に考えてください!」
七月先輩の道着を両手でぎゅっと掴み、私は叫んだ。
自分でも、何を言っているのかさっぱり分からなかった。
多分、自分なりの覚悟というか、決意表明だったんだと思う。
先輩の隣に立てるくらい強くて凛々しい人間である事を証明するから、私の事を見てくれと。
だいぶ訳が分からないし、七月先輩も相当にびっくりしただろう。
それに、随分な大見栄を切ったと思う。
剣道を始めて半年程度の人間がトップに立てる程、剣の道は甘くはない。
頭がおかしいと、自分でも理解していた。
でも……それでも……
「わ、わたし、帰って練習するんで……それじゃあ!」
不思議と、後悔はなかった。
むしろ、言って清々したというか、すっきりしてしまっていた。
私はそう言い放ち、武道館を飛び出した。
秋の風が、私の背中を押す。
ぜ、絶対に優勝する! 頑張る!
そう決意し、私は自転車を漕いで帰路に就いた。
ペダルを漕ぐ足は、不思議なほどに軽い。
ちなみに、タオルは武道館に忘れたままだった。
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