第19話 夢物語
男の右手がこちらに倒れてきた。大きい。まるで巨像のようだ。まともに当たれば一溜りもない。
足に力を込めて巨腕の攻撃を避けようと走る。しかし重力の影響で倒れるスピードはとても速かった。
大きい物はスピードが遅いという固定概念は今吹き飛んだ。でかい音と共に巨腕は地面に落ちた。地面に大きなヒビが入る。
体が地震を受けているようなレベルで揺れた。体勢を崩しかける。だが今、あいつは攻撃手段がない。チャンスだ。
だがどうするべきか。頭を吹き飛ばしても死ななかったのだ。どうすれば殺せるのだろう。とにかく攻撃をしてみる。
矢を弓につがえる。足は肩幅程度に開く。つま先は狙う場所と平行に。右手で矢と弦を人差し指と中指と薬指で持つ。左手はハンドルに。息を吐く。弓をあげてセットアップをする。そのまま弦を引きながら顎の下に持ってくる。左目を閉じてサイトで狙う所を確認する。男との距離は約10mちょっと。
サイトがまったく合ってない。サイトが合わないとただの障害物にしかならない。とりあえず下の方を狙う。矢は離すのではなく、段々と指の力を抜いていく。
流れるように止まらずに。指と弦が離れた。矢が弦の戻る力によって放たれる。矢は思った通りの所には行かなかったが、男に当たった。
首元を貫通して奥に流れる。後で回収しておこう。男は怯む様子もない。巨腕が地面から離れてゆく。
どうするか。辺りを見渡す。何か決定打になるようなものを。せめて怯ませられるようなものを。
ふと体育館の端に目がいった。ずっとあったがなんのためによくあるのか分からなかったもの。
とゆうか体育館になぜ普通にあるのか不思議だったものがあった。銀色の太い大きなタンク。それが2個ほど横に並んでいる。
そうだ、液体窒素だ。あれなら怯ませられるどころか場合によっては倒せるはずだ。
走ってタンクに移動する。男の巨腕は既に天に上がっている。次の攻撃が来てしまう。その前にタンクに――。
足は地面に着いている。地面は足に付いている。なのに体がふわっと浮いている。なんでだろうか。後ろを振り向いてみる。
ああなるほどあの男の巨腕が地面を砕いたのか。だから床が崩れて下に落ちていってるのか。……いややばい!また地面に落ち――。
左肩に激痛と衝撃が走る。折れたかな。上からパラパラと雨のような木くずが体全体にのしかかってくる。痛い。
廻る視界を整えて何とか立ち上がる。ここは体育館の1階部分。確か卓球部や柔道部とかが部活に使っている所だ。
今俺がいる所はえーっと確か……ああそうだ剣道部が部活で使っている所だ。柔道部の所なら下が衝撃を吸収するような地面だから痛くなかったはずなんだが。
ふらつく体を持ち上げる。弓と矢は無事だ。クイーバーに傷が出来たが使用するのに問題は無いだろう。木くずを体から払う。木くずが血に付いて取れにくい。
上を見てみる。地面が壊れているので体育館の天井が見える。こう見てみるとそんなに高い所から落ちてないな。
いやそれでも目測5m位はあるんだがな。ちょっと落ちすぎて体が狂ってきたかな。地面を見てみると2つの液体窒素が地面に倒れていた。俺が倒れていたところの近くにだ。
運が悪かったら液体窒素が破裂して死んでたかもしれない。怖いな。
奥からガラガラと木材が地面に落ちる音が聞こえた。矢を出して弓につがえる。そうだあいつはまだ生きてる。
この程度の高さから落ちた程度では死なないだろう。警戒を周りにしく。瓦礫が崩れる音はするが男の姿が見えない。
上の方を見てみるが巨腕が天に上がっているのも見えない。どうゆう事だ?なぜ見えない。男は何をしようとしているのだ?
心臓が鼓動のスピードを上げてくる。怖い。まだあの男は巨腕を叩きつけるという攻撃しかしていない。次は何をするんだ。何をする気なんだ。
呼吸が浅くなる。何をしてくるか分からない恐怖のせいで傷んでいた肩のことを忘れた。瓦礫が崩れる音だけは耳に入ってくる。何が来るんだ。何なんだ――
途端。目の前の壁が一瞬にして消えた。驚く暇すらなかった。コンクリートの白い壁が瞬きした瞬間に消え去った。
顔に砂のような細かい瓦礫が飛んでくる。壁の奥には巨腕を横に薙ぎ払った男が立っていた。
そう来たか。叩きつけるのじゃなく薙ぎ払う。あんなデカくて長い腕を振り回したらそれこそ凶器だ。
思考が体に追いつく。体を後ろに飛ばした。何とか距離を取りたかった。男の顔はまだ再生していない。半分以上が赤い筋繊維のようなのになっている。
驚きはしたがこの状況はチャンスだ。あいつはまた攻撃するために腕を動かすという隙ができる。今なら俺の方が速い。
近くにあった液体窒素を男に向かって蹴り飛ばす。男の方に勢いよく転がって行ったが足の指が悲鳴を上げた。
そのまま男に向かって転がっていく。男の巨腕はまだ地面を離れたばかりだ。
弓を構える。矢でタンクを貫けば液体窒素が外に漏れだして男が凍りつくだろう。凍りついたところを砕けば再生しないはずだ。だんだんとタンクと男の距離が近づいていく。あと少しあと少しで――
男の巨腕が斜めに移動した。目を見開いて驚いた。さっきまであんな単調な動きしかしなかったのに滑らかに、そして的確に液体窒素の真上に腕を動かしたのだ。
上に目を向けてみる。そこには赤黒くなっている大きな人間のような手が視界いっぱいに広がっていた。「あ」と声が出る。
しかしこれまでの戦いでこんな死に直面することは既に慣れている。体重を横にかけて手の落ちると思われる場所から抜け出す。
巨腕の影が抜け出した瞬間。地面に巨腕が降ってきた。地面にヒビが入る。メキメキという音が周りに響き回る。
もうひとつの液体窒素はまだ潰れていない。倒れているもうひとつの液体窒素をさっきよりも強く蹴り飛ばす。
足の指が死んだかもしれないがもう既に液体窒素は男の足元付近に近づいていた。
足を揃えて弓を構える。もうフォームは関係ない。正直、撃てて当たればいい。アーチャーとしてはどうかと思うがもうそんなことは考えられるか。
右目を閉じて弦を引く。息を大きく吐いて鳴り響いていた心臓を極限まで収める。指の力を少しずつ弱める。
弦は元に戻ろうとする力によって勢いよく前に進んだ。反動で矢が弦から外れて前に勢いよく進む。空を切る音を出しながら矢は液体窒素を貫いた。
液体窒素が中から漏れ出す。男の上半身に液体窒素がかかり、男の体がだんだんと凍結していった。
男は痛みを感じていないのか全く痛がる素振りを見せない。しかしだんだんと動きが鈍っている。そうして男の体はすべて凍り、男の氷像が出来上がった。
巨腕は凍っていないのでまだ安心はできない。地面に落ちてあったでかいコンクリートの瓦礫を片手で持ち上げる。
少し離れていた男に歩み寄る。弓を肩にかけて左肩を少し楽にする。
男の目の前に来た。男は動かない。そらそうだ。凍っているのだからな。瓦礫を上に持ち上げる。これでこいつを完全に殺せるはずだ。
「じゃあな化け物。地獄で指くわえて見てろ」
瓦礫を男の頭に振り下ろした。中まで凍っていたのか完全に砕け散り、跡形もなくなった。連鎖的に体にもだんだんヒビが入っていく。そして完全に砕け散った。
綺麗な輝く雨のようにキラキラした氷が地面に落ちていった。巨腕は根元が取れたせいか地面に大きい音を立てて落ちた。
地面に腰から着いた。そしてそのまま流れるように背中から倒れた。
瞼が重い。今日は色々ありすぎた。血も流しすぎた。とゆうか止血しないとやばい。ああでも今は寝たい。疲労が限界だ。
今日で何人死んだんだろう。もうわかんねぇや。疲れたし頭痛いし。もしかしたら起きた時天国にいるかもしれないな。いや俺は地獄か。
桃や母、糸部さんとか花蓮ちゃん。グラミスさんに藤木さんに金地。みんなに会いたいがそうなると全員地獄に来てもらわないとな。
あぁもうそれでいいや。瞼が閉じて視界が暗闇になる。少し……休もうか……。
続く
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