第126話 お前は追放だ!――宮廷陰謀

 グフィーネ王国の王都では、盛大な式典が開かれようとしていた。

 各国の王族、連邦、そして敵対関係にある帝国の者までが招待されている。


 第三王子セオドアの処遇が発表されるというのだ。


 大広間ではすでに人が集まっている。

 肝心の本人は浮かぬ顔で隅にいた。


 第一王子、第二王子の周囲には人だかりができている。

 そして式典が始まった。


「さて。諸侯の皆様にお集まりいただき、まことに感謝する。こたびは我が息子であるセオドアとグフィーネ王国にまつわることについて話をする機会を設けさせていただいた」


 王は立ち並ぶ諸侯を圧倒する雰囲気でスピーチを開始した。


「我が息子、セオドアは先日の接続障害時において、遂に暴走する闇の飛龍の討伐に成功した。これがその証拠である、祝福されたダークワイバーンリングとその魔石である。疑われる方もいると思うので、個別で公開しよう。無論魔法による鑑定も自由にされるとよい」


 各国の王からどよめきが起きた。

 ダークワイバーンは無差別、そして広範囲に村や町を襲い手をこまねいていたのだ。撃退できた王はいても、討伐は至難の業。

 先日、当のグフィーネ王国の二百人からなる精鋭も禁足地の呪いにより失敗したという話が広まったばかりだ。

 そして肝心の現物が眼の前にある以上、疑う者はいない。


 本来なら被害にあった各国へ費用の請求や謝礼の督促があってもしかるべき事案なのだ。だがそれさえもない。


 その功績はセオドアの王位を揺るぎないものにするものは当然といえた。

 しかしそれにしては当人は浮かぬ顔をし、第一王子と第二王子は有頂天になっているし、耳聡い貴族たちも二人の兄に押し寄せている。

 理由を知らない諸侯は訝しんだ。


「第三王子セオドアは幼少期、私への暗殺未遂の噂があり王位継承権についてはあえて明言しなかった。今回の偉業にあわせ、この信賞必罰を行うものとする」


 どよめきが起きた。罰とはただごとではない。

 セオドアが妹を誘拐し王を殺害しようとしたという噂は確かにあった。

 幼少時に行える行動ではない。第一王子による流言の流布と噂されていたが、王の口からでるとは違う。明白な証拠があったのだ。

 才気溢れる鬼子だったという証左だったのだ、と諸侯は解釈した。


「セオドア。前にでよ」

「は」

「もっと前に!」


 暗い面持ちの王子が怒鳴られる。王の玉座の対面間近まで進み、ようやく片膝をつく。

 居合わせた人々は、この罰が軽くないものだと察した。


「こたびの闇の飛龍討伐。大義であった。そして過去の罪、今こそ精算し、それを許そう。暗殺未遂は根も葉もない噂だとは判明しておる。だが、お前の素行の悪さが招いた噂なのだ。反省せよ」

「ありがたき幸せ」

「お前に荘園を任せたい。荘園、といえば聞こえがよいかもしれないがな。開墾ということになる。――その場所はタトルの大森林の麓の一角、名も無き町。呪われた禁足地よ」


 セオドアが顔を上げ、息を飲む。

 貴族たちも青ざめた。つい先日、闇の飛龍討伐隊が、禁足地の呪いにあって絶滅したという噂があったばかりなのだ。


「闇の飛龍討伐実に大義であった。その功により、お主を辺境伯を任じセオドア公爵とする。領地はタトルの名も無き町一つと周辺のみ。周囲に村一つないのからな。他は自力で開拓せよ。人間も数少ない。亜人の手を借りて開拓せねばならぬ」

「…ち、ちちうぇ……」


 腹の底から絞り出す絶望的な声。

 これは領地授与ではない。重い罰ほかならない。町一つで何ができるのか。

 亜人をまとめよというのも、無理難題もいいところだ。成功した施政者はいない。


「お前は王都より追放だ!」


 王ははっきりと口に出していい据えた。諸侯はこれほど怒りに満ちた王の声を聞いたことがなかった。


「しかし闇の飛龍討伐は大義であった。血を分けた我が息子でもある。それゆえに辺境の地程度はくれてやろうかの。呪われておるがな? ――不服か? ん?」


 逆らえば死罪か幽閉が待っているだろうことは明白だ。

 功績の報酬は命。追放処分として呪われた地としっていてあえて授与する。まさに罰であろう。


「つ、謹んでお受けいたしますっ」


 両腕をついた。その光景を崩れ落ちたと貴族や来賓は判断した。


「そしてお前が管理する荘園の独立を許そう。そうだな、知人の名を借りてマレック公国と名乗るがよい。我が国の公国として、だが独立国だ。納税する必要もないぞ? そして公王となったお前の王位継承権は剥奪する」


 町一つしかない国としてどれほどの納税ができるのか。各国の王としては慈悲ある措置とは見做していない。なぜなら納税がない国など、守護する必要もないのである。困ったら死ね、と言っているのだ。

 苛烈な処罰としか思えない。


 一部の貴族は、内心焦っている。名も無き町の納税額を知っているからだ。

 しかし前回のロドニー事件の案件で五年の無税措置を思い出し、納得した。五年後のことなど、誰にもわからない。あえて自分の利益にもならない件で意見を唱えても仕方ない。


「……く」

「王の暗殺未遂を企てるという噂がある後継者など要らぬ。息子に暗殺されるなどという恐怖、お前にわかるか。この程度で余の怒りを静めるのだ。先代なら死罪よ」


 本音が漏れたというところか。立ち会った者たちは納得した。


「ありませんっ」


 自らの息子に暗殺されかねない——それは王族ならではの恐怖だ。その怒りは凄まじいものだったに違いない。

 かといって闇の飛龍を討伐した息子を処罰するわけにはいくまい。そうなれば第三王子を担ぎ上げる勢力も生まれるだろう。上二人の王子は愚鈍と評判なのだ。


 恩賞に見せかけた追放。呪われた禁足地、タトルの大森林の麓などという流刑地そのものという領土。

 その地に住む者は亜人ばかり。まだ種族間による相互理解は進んでいないのだ。


「父上。それはあまりにも」


 笑いを噛み殺すのに必死な第二王子が、素知らぬ顔でさりげなく助け船をだす、振りをした。


「お前が独立するか?」

「とんでもない。ええ。セオドアならきっとやれるはずです」


 慌てて首を振る。


「ふむ。しかし兄弟思いのお前に免じて、独立まで五年。我が国として防衛と手助けは多少しよう。それでよいな?」

「慈悲深き父上に感謝を」


 恭しく礼を行う第二王子。セオドアは救われた思いで振り返り兄をみた。

 その視線を受けてさらに気を良くする。優秀な弟に一生恩を着せることさえも可能ではないか? と。


「さて。参加していただいた国家の皆様にお願いする。闇の飛龍討伐の功により、セオドアは新たな公王となり、独立することになった。反対多数なら再検討するが、闇の飛龍討伐に感謝をされるなら、認めていただきたい。異議ある者は手を挙げよ」


 手を挙げる者はいない。町一つで国になれとは無茶な話だ。しかもタトルの大森林は魔物も多く、体の良い防波堤である。辺境伯の意味は侵略者との国境沿いを守る貴族ということだ。

 セオドアは国を守るための捨て石になれと言われたのだ。王位継承権の剥奪からにしても明らかだ。

 この公国の賛成表明で、闇の飛龍関連の費用や謝礼要求が立ち消えなるなら破格過ぎた。


 それにセオドアが公王となれば形上とはいえ、もう誰にも処罰できない。落としどころとしても最上ではあっただろう。


「異議はありますまい。ですが、質問が」

「どうぞ、帝国の使者殿」

「新しくできるマレック公国はグフィーネ王国に属するとはいえ、独立国。万が一我が帝国と戦争になった場合は?」

「帝国は町一つしかない国を攻めると申されるか?」

「いえ。あくまで私個人の疑問にてございます。町一つとはいえ、国です。広大な森を挟むとはいえ、反対側は帝国なのですぞ」

「そうじゃな。確かにグフィーネ王国に属するので侵攻があれば助力は行う。だがそうするには条件もある。新たなマレック公国の力次第というところか。帝国とて、無能な領邦に大軍は出すまい?」

「仰る通りです」

「五年は面倒みると先ほど約束もした。我が国として価値が高いなら死守する。しないなら、価値次第。そして主権はマレック公国にある。戦争を続けるかどうかはマレック公国、セオドア公爵殿の意思じゃよ。もし戦争になり、調停するもよし、マレック公国が敗北し帝国に下る判断を下す場合も。この返答ではいかがかな?」

「あくまで主権はマレック公国に。グフィーネ王国としては公国の価値次第。大変理に叶った回答、ありがとうございました。我が帝国はマレック公国樹立に賛成いたします」


 使者は頭のなかで複数の未来を算段をしたが、納得した。

 そもそも最も優秀と言われるセオドアから王位継承権が無くなるのだ。反対は最初から選択肢にない。


 第一王子と第二王子が浮かれている理由もわかる。流刑地に等しい辺境の町一つしかない国など欲しくもないだろう。最大の邪魔者が、根も葉もない噂によって追放できたのだから。


「念のため公国樹立に賛成の方々、手を挙げてもらえぬか」


 王が真っ先に手を挙げる。

 慌てて貴族が、そして来賓の王族や帝国の貴族も全員手を挙げる。反対者は誰もいなかった。

 単なる辺境が、国の名を冠せられ、王子の流刑地になるだけなのだ。反対する理由がない。町にすら名前がないような場所なのだ。


「満場一致で賛成だ。良かったな、セオドア公。あとはお前の頑張り次第じゃ」


 セオドアを見下ろしている王の笑みは邪悪そのもぼといえるほど、ゆがんでいた。全て思惑通りといった表情だ。

 邪魔な王子を追放できた、といったところか。諸侯はそう判断した。


「……はい」


 絞り出すような声。寂しげな背中に、貴族たちは同情した。


 セオドア本人が会心の笑みを浮かべていることに気付いたものは、真正面の王と兄のことをよく知る妹のマノンのみだった。


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