第49話 魔法使いが全力を出せばどんなナイト様だって敵意は奪い返せない

 名も無き町は狂乱に陥った。

 タトルの大森林に突如現れた巨影は——超巨大ともいえるサソリだった。

 名も無き町の城壁より大きい体躯。尻尾は天に届きそうだ。


 生きているサソリでは無い。明らかに人造の、ゴーレムの類いだった。


「なんじゃありゃあ!」

「兄さん、俺たちも防衛に回ろう!」


 ドワーフ四兄弟も森からの侵攻を塞ぐ外壁へ向かう。

 多くの武装した者たちが集まっていた。


『聞こえるか。諸君。このサソリは【スーパードレッドノート・スコーピオン】。破壊の使者だ。忘れたくても忘れられないだろうがね』


 町の外に声が轟いた。


『紅い瞳の娘を差し出せば町の住人の命だけは助けてやろう』


 巨体に似合わぬスピードでサソリ型ゴーレムが砦に迫る。


 ハイオーガの警備隊長が、櫓の上から大声で応えた。


「断る! いかなる者であろうとも我々の大切な住人であ、ぎゃー!」


 警備隊長の声が悲鳴に変わった。


 巨大な尾が、櫓を破壊した。物見台のハイオーガが血のシミに変わり、血だまりしか残っていない。

 外壁はたった一振りの尻尾の打撃で破壊され、縦上にあいた隙間からは大森林と巨大なサソリ型ゴーレムが見えた。

 集まっていた者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


 ドワーフ四兄弟など逃げ出さない者もいたが、それは極少数。

 その中にテラーナイトのラルフもいたが、彼にできることは見上げることだけだった。


 圧倒的なモンスターであった。

 壁の破片が飛び散った町は無残の一言。


超弩弓スーパードレッドノートとはまさにこいつのこと。ほれ。もう一発だ』


 今度は、森方面の巨大な正門が破壊された。

 壁など何の意味もないことを思い知らされた。

 ささやかな抵抗としかいえないが、弓矢や魔法がサソリに飛ぶ。

 一切のダメージを受けていないようだった。そのうち、止んだ。


 サソリは今度は尾を横薙ぎにし、森方面の砦の外壁を完全に無効化した。

 その場にある物体は瓦礫だけ—— ドワーフ四兄弟も瓦礫に巻き込まれた。


 テラーナイトのラルフが慌てて飛び出し、瓦礫を払いのけてドワーフたちを救出しようと必死だ。


 城壁はなく、後ろに広がる広大なタトルの大森林と、巨大なサソリ型ゴーレムだけがいた。


『娘よ。でてこい』


 拡声魔法だろうか。姿なき敵はウリカに呼びかける。


「私はここにいます」


 ストリートの中央をウリカは歩いてきた。

 王族のように堂々と胸を張り――凜としたその姿。


「もうやめなさい。勝負はついた。そういいたいのでしょう?」

『察しがいいな、魔の姫君』

「姫らしい生活なんかしたことありませんけどね。――どうすればいいか、答えなさい」

「姫! ダメだ!」

「お嬢!」

「ウリカ様!」


 町のあちこちで悲鳴が上がる。


 しかし、敵はあまりに強大すぎて——


 住民たちはあまりの己の無力に絶望した。


「あなたたちは自分の命のことを考えなさい! 我が両親ならそう言うでしょう! 生き残って! この町をみんなの手で! お願い!」


 ウリカは手を挙げ、皆を制す。


『そのままこちらにくるがよい』


 ウリカは歩き出した。堂々と胸を張り、震える気持ちを押し殺して。

 砕かれた砦が飛び散る、街路を一人歩いていく。


 門があった場所を抜け、一歩外にでた。


 サソリ型ゴーレムは巨体すぎた。ゴーレムのもとに行くまでにはかなりの距離がある。

 彼女は無表情に歩み始めた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 そのときだった。

 目もくらむような閃光とともに、凄まじい爆発が起きた。サソリ型ゴーレムの背中が攻撃されたのだ。

 ウリカは足を止めた。


 いつの間にか外壁の外にでていた人間がそこにいた。


「あーあ。ま、仕方ないか」


 真っ黒なとんがり帽子。

 丸みを帯びた顔。


 ウリカをみて手のひらをひらひら振っているポーラだった。

 向こうへ行けといっている。


「ポーラさん!」


 ウリカの顔から血の気が引いた。ポーラの意図に気付いたからだ。


「今のうち逃げなさい、ウリカちゃん」

「できませんよ! 私が逃げたら、みんな殺されちゃう! ポーラさんこそ逃げて!」

「大丈夫大丈夫。住人は勝手に逃げるから。私こうみえてS級を辞退したことがあるんだよ? ――早く行きなさい」


 そういって、杖を構え直す。


「ふふん。私の全力、行っくからねー♪」


 明るく、朗らかに、謳うよう彼女は笑った。


「行くよ、【コンセントレイト】。集え魔力。我が杖に宿れ。【祝別されたダメージクリスタル】装填完了」


 【集中コンセントレイト】は魔法威力をあげるためのスキルだ。自己buffである。

 両手で握りしめ、構えられた杖は不気味に光る。明らかに過剰魔力付与された、一品ものだ。通常の魔法使いとは比較にならない威力を持つ杖だった。

 攻撃特化の女ウィザード。ポーラのスタイルだった。


 杖にくくりつけたアイテムは祝別されたダメージクリスタル——魔法の威力を限界にまで上げる、教会に伝わる秘儀にて聖別されたダメージクリスタルで、消耗品でもある。一発武器一つ分とまでいわれるほど高価な品。

 自分の持っている杖にクリスタルを巻き付ける。30発で1セットのそれは魔法使いたちの切り札でもあった。


 こんな代物が用意できる理由は、ひとえにポーラがポーション屋をしていたからだ。

 普通の魔法使いが狩りでこんなものを使っていたら、即日破産である。


「全弾祝別と行きますかね♪ 【マジツクキヤノン】」


 無属性の弾丸がサソリを襲う。再び爆発が起きた。


「大技二つディレイ中、っと。まだまだいくよー!」


 ポーラの大技はサソリに大ダメージを与えていた。

 遠くでガンガン音がする。何かの音だろうか——


「これでレイドなら、逃げ回って時間稼ぎだね」


 昔、参加した巨大な強襲モンスター討伐を思い出し、笑った。

 徒歩で少しでも遠くに移動し、距離を開ける。


「やめて! ポーラさん! 逃げて、逃げてよー!」


 ウリカが絶叫する。

 その悲鳴をふふんと鼻で笑って、無視した。


「全祝SRソーサリスなめんな! 【フレア】」


 灼熱の炎の帯がサソリ型ゴーレムを覆う。


『小娘ぇ…… 邪魔するな。こら言うことを聞け!』


 ゴーレムがポーラのほうを向いた。


「ほら。やっぱりモンスターだからこっち向くよね。どんな召喚獣だろうとモンスターならば――敵意ヘイトの法則からは免れることはできない」


 間合いを図りながらポーラは冷静に敵の動き、魔法の反応を観察していたのだ。

 A級冒険者は伊達ではない。


「次はこいつさね。定番の【ファイアエクスプロージョン】。そおら! 祝別込みだと痛いよね♪」

  

 火球がサソリ型ゴーレムに直撃し大爆発を起こす。ゴーレムが怯むほどの威力だった。

 にこりと笑って、森のほうへ歩き出し、また魔法を打つ。


「さあさあさあ! 全祝全力魔法使いの敵意ヘイト固定、外せるもんなら外してみなよ♪ どんなナイト様だって奪い返せやしないさ♪ 【プロミネンス】」


 歌うように軽やかに、絶大な破壊魔法を次々に行使するポーラ。


『くそ、邪魔だ…… ゴーレム! やれ!』


 ゴーレムの右鋏がポーラを襲う。


「おお怖い怖い。【アイスウォール】」


 ポーラを守るように氷の壁が展開される。

 氷の壁は簡単に砕かれ、小さなポーラの体は吹き飛ばされる。尻餅をついた。


 口から血を流しつつ、立ち上がる。


「もうやめて!」


 ウリカの願いもむなしく、ポーラは杖を構える。


「魔法使いは死ぬさ。そりゃすぐ死ぬさ。だけどね、お前は地獄へ連れて行くよ。【ダイヤモンドダスト】」


 氷が巨大ゴーレムを覆う。すぐに覆われた氷は解除される。


「ポーラさぁん! 【グレーターヒール】を!」

 喉が張り裂けそうなウリカの叫び。ポーラに対して全力の治癒魔法をかける。


「ほんと、今のうちに逃げなよ」


 ウリカのほうを向かずに告げる。


「できるわけありません! 【MPリカバー】」


 涙目で治癒をかけ続けるウリカ。

 ポーラは頭を振って、しっしと手の平を前後に動かす。そしてまた少し森のほうへ移動する。彼女から巨大ゴーレムを遠のけるために。


「ポーラさん! なんで!」


「アーニーをよろしくね、ウリカちゃん。——ほら【チェインライトニング】」


 とびっきりの笑顔がウリカに向けられた。


「ここにいる連中は優しいし、いろんな人がいるよね、ウリカちゃん。アーニーもだから気に入っているんだと思う。だからこそ、あいつがいない今!」


 さらに魔力を編み上げる。強大な魔法を使うために。


「たとえ死んでも、ウリカちゃんを――この街を私が守って見せる!」


 高らかにポーラが宣言した。


 放たれた極大の雷撃は絡み合い、さそりの外皮を削っていた。

 巨大な体を雷が覆い、動きを止める。


「これでしばらくは動けないね。行くよ――今より行うは星生みの儀すなわち星送りの儀。我が声は届かん……」


 今までとは比較にならない程、強大な魔力が集う。


「そんな待って、待ってよ!」


 ウリカですら、魔力が凄まじく近づけないのだ。

 ポーラはポーションを口にくわえ、さらに杖を掲げる。


「アーニーにおそわったぽーしょんせんとうひっくよー」


 ポーションを三本咥えていた。

 瓶を咥えてしゃべっているので、発音がめちゃくちゃだ。これは確かにウリカもしっている。常時回復しながら戦うアーニーの戦法だった。


 MP回復ポーションを同時に一気飲みする。


 飲み終えたポーションを吐き捨てる。


「のろまで助かったかな。発動時間が長い魔法は性に合わないね。発動準備完了――【スーパーノヴァ】」


 動きを鈍らせた上に大ダメージを与える魔法二連撃はこの魔法のためにあった。


 白光する巨大な、もう一つの太陽が、ポーラの頭上に生まれる。

 超新星そのものではない——その威力のイメージから冠せられた、絶大な威力の攻撃魔法。

 行使可能な者は限られる、最上級の攻撃魔法であった。


「これが私の全身全霊ってことだね♪ いっけえ!」


 祝別入り【スーパーノヴァ】が放たれた。

 サソリが我が身を守るため、左手の巨大なはさみでガードする。


 サソリの左手のはさみは砕け散った。跡形もなく。


『たかが人間が! おのれー!』


 邪神の【使徒】が絶叫する。

 大ダメージを受けたサソリ型ゴーレムの動きが鈍くなる。最強の召喚獣に属する部類のはずであった。


 たった一人の人間によってここまで追い詰められたことなどありえない。

 そして眼前でそのありえないことが起きていた。


「ありゃ撃退できなかったか。MP尽きた。どれもこれもディレイ中」


 すがすがしい気持ちでいっぱいのポーラ。もてる力は出し切った。


「ウリカちゃん。全速力で離れなさい。ここは危険だよ」


 ウリカは首を振って抵抗する。

 やれやれ、と杖を放り投げて、お手上げをした。


「――これでおしまい。ばいばい♪」


 ウリカに向けて、手のひらをひらひら横に振る。

 ウリカは謎の力の押されて、引き離される。


「ポーラさぁん!」


 ごめんね、と語りかけるような、困ったような笑みを浮かべて。


 満足感はある。これでいいのだ。


 ウィザードには奥の手がある。

 命を燃料にし、大爆発を起こす最後の捨て身。


 かつて偉大な魔法使いも竜を殺すために、あえて空飛ぶ竜につかまり自爆し倒したという、伝説の捨て身魔法。

 これがポーラの切り札だった。


 ポーラが胸元から水晶を取り出し、起動させる。この水晶が砕けた場合に爆発する。

 このアイテムで死亡した者は、もう復活呪文では蘇生不可能。


 ガンガン金属音がする。音の間隔は早鐘のように――


 大きく振りかぶられる尻尾。

 この攻撃を食らえば、道連れにできなくても尻尾は破壊できるだろう。

 彼女は怯えることはなく、尾を見据えた。


 ただ一人の女性を殺すためだけに、この巨大な尾が振り落とされるのだ。


 ――振り下ろされた尾は、ポーラを叩き潰すことはなかった。

 鈍い金属音が響く。

 一人の剣士が、盾で受け止めたのだ。


 盾は破壊され、砕け散る。男は盾を投げ捨てた。


「お嬢さん、格好良すぎやしねえかい?」

「あ、あなたは……」

「愚痴と自棄酒に付き合ったんだ。次は祝い酒といこうぜ。こいつを倒したら、よ!」

「何いってんのよ。あなたは逃げなさい!」


 受け止めた剣士は、ニックだった。


「あとは俺に任せなよ。この! イケてるグラディエイター、ニック様にな!」


 精一杯の虚勢と勇気を振り絞って、彼はニカっと笑った。


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