第47話 ジャンヌの本気

 は森の奥で静かに佇んでいた。


 紅い竜。

 紛れもない火竜だろう。

 竜族のなかでは最もポピュラーで、もっとも恐ろしい。

 召喚された竜がこの世界の竜と同じとも思えないが、より強い可能性は高い。


「ジャンヌちゃん張り切りますよー!」


 先頭を走っていたジャンヌが後ろの二人に告げる。


「私が敵の注意を引きつけます。その間にパイロンさんは攻撃に専念。おっちゃんはヘイトが行かないよう適度に治癒をお願いします」

「了解」

「承った」


「さて、SSRかつ【使徒】の本領…… ようやく発揮できますね、私」


 にっこり笑う。


 走りながら右手を挙げる。

「魂の創造主よ! 来たれ! 【聖旗】」

 聖歌の一節を唱えながら、聖なる力が込められた旗を手に取る。

 三人の体は薄い光に包まれた。


 火竜はのっしのしと歩いていた。

 そのまま歩き続けると、砦だ。

 歩みを止める。


 矮小なる人間が三匹——愚かにも彼の進路を立ち塞がったのだ。


 先頭にいた甲冑を着た女が旗を掲げ、叫んだ。

「邪竜死すべし! 慈悲はない!  【聖撃ホーリーシヨツト】」

 旗から放たれた光が竜を打つ。


「GUA」


 決して軽くは無いダメージ。


「この図体だけどでかい間抜けトカゲー! 卵からやりなおしてこい!」


 【挑発】のスキルである。ボキャブラリが大事なので知力が高いほど有利だ。


 人間の女が何か叫んでいる。意味はわからないが、馬鹿にされているのだけはわかった。


 絶対殺す。


 火竜は大きく 口を開き、大きな火炎を発する。

 【ファイアブレス】だ。

 並の冒険者なら即死させるほどの、火炎の吐息。


 強い。巨体とはいえないが、あきらかに通常個体ではない。大型強襲程ではないが、エリアボスを超える強さだ。


「信念により我が身鉄壁とならん! 展開せよ! 【ホーリーディフェンス】」

 大きく揮われた旗が光り輝き、高温のブレスと対決する。


「ちょっと痛いけど、我慢できないほどじゃないねー」


 軽口を叩きながら、耐えるジャンヌ。

 そうはいいつつも、顔には苦悶の表情が窺える。


 間違いなくただの火竜より遙かに強い存在だと実感させる威力。

 ジャンヌだからこそ耐えられているのだ。これがSSRの、騎士の力。


「ジャンヌちゃん! もう少し耐えてくだされ! 【グレーターヒール】」

「ありがとーおっちゃん! パーマになるところだったよ!」

「そっちかい!」


 人外の死闘ともいうべきこの戦闘に、のんきともいえる二人。

 火竜がさらにその息を強めようとしたとき——

 絶叫をあげた。


 背中のうろこが砕けた。


 何故だ? 何故だ!


 自分の背面を見ようとするが、真後ろで見れない。


 後頭部に激しい痛みが走り、全力で頭を振った。


 虫が一匹跳ね飛ばされた。

 虫だと思ったそれは青い甲冑を着た人間だった。綺麗に着地した。


 パラディンに気を取られ、もう一人人間がいたことなど脳裏から消えていた。

 跳躍し、彼の背面を砕き、そのまま後頭部を突き刺したのだろう。


 後頭部を貫かれ意識が朦朧とする。


「あんたの相手は私ですよ! 背後みせるとどうなると思う? この棒があんたのピー!にぶっささるよ!」


 【使徒】にあるまじき発言をしつつ、あえて火竜を挑発するジャンヌ。【挑発】である。念のため。


 言っている意味はよくわからないが悪寒がする。


「もう一ついっとくね! 【フラツシユソード】」


 光り輝く長剣が、一瞬伸びる。火竜の胸元を切り裂く。


 怒り狂った火竜が爪をよこなぎに振る。華麗なスライディングでくぐりぬけるジャンヌは高笑いを行い、【挑発】を続行する。


(この女、早急に始末しないとまずい!)


 火竜は怒りと焦りで我を忘れた。

 尻尾を振り回し、ジャンヌを打つ。大きな土煙を上げながら、ジャンヌを襲った。


 ジャンヌは左手に持った剣を逆手に持って、その強大とも言える尾の殴打を耐えきった。

 威力を全ては受け流すことはできず、姿勢を崩す。


 その瞬間を狙っていた。


 竜騎士はまた視界にいない。跳躍しているのだろう。

 ローブを着た男は離れている。


 必ずこの女を殺すのだ!


 巨大な牙を剥き、かみ殺すために巨大な口を開ける。


「はいだめ! それだめー! 【神性十字撃ディヴァインクロス】」

 後ろにいた男がだめー! といいながら手で×印を作る。

 そのまま、竜の頭に向かって、手を振り下ろした。


 X状に光るその魔法は、火竜の顔に直撃した。


 ほとばしる絶叫。


「ナイスフォロー! おっちゃん!」


 ジャンヌが礼をいう。


「任せてよ! アークビショップ最大の攻撃魔法よ。ジャイアントスケルトンすら即死するのよ、あれ!」

「竜にもめっちゃ効いてますが」

「あれはジャンヌちゃんの旗のおかげで威力めっさアップしてるの」

「おお、私たちのコンボが活きた!」

「いいね!」


 火竜が顔を上げ、態勢を立て直す。

 怒りに満ちた表情で、二人を見下ろすその時——


 彼の頭部は砕け散った。膨張したスイカのように。


「殺った!」


 パイロンの落下攻撃が、竜の後頭部に命中したのだ。


「おお、すげー。さすが竜特攻! ちょいグロいけど!」


 ジャンヌが感嘆する。


「むしろこれが本職でして――対ドラゴン戦闘あった。本当にあって良かった。これないとまじ出番ないよ俺」


 パイロンはひたすら対ドラゴン戦があったことを感謝していた。

 このために生きているといっても過言ではないのだ。


「いやいや、これは伝説級レジェンドの活躍ですよ!」

「ジャンヌさんこそ見事。あれだけの攻撃を受けて完封とは」

「いやー、褒められると嬉しいねー!」


 ジャンヌはからからと笑う。


「火竜は片付けたけど、マスターはまだ戦闘中か。あの光柱は消えていない」

「我らはいったん町に戻りましょう」

「そうだね」


 ジャンヌたちが町に戻ろうとした時——


 足が竦んだ。


「な……に……あれ……」

「ありゃ……なんだ」

「あれは……まずいぞ」


 三者三様、絶句する。

 異様な光景が町に迫りつつあった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る