第24話 森林行政とガラス工房

「アーニーさん、何するの?」

「水車の確認、鍛冶効率はあがるからね」


 ドワーフたちの水車は出来が良い。

 鍛造する場合の送風動力として、水車や風車は有効活用している。

 それに合わせた高炉、精錬炉も確認しなければいけない。


 鋼材を作る上で、大量の燃料を必要とする。1トンに鋼鉄を作るのに数トンの木材が必要だ。


 森を愛するエルフたちが激怒すると思われたが、マレック経由でディーターたちエルフに森林管理を依頼した。植林や択伐に関する話し合いは行われている。

 樫のの木の区域と、伐採した区画に植えるもみの木の区域を管理することになったのだ。

 もみの木は育成速度が早く、数年で伐採可能になる。建築材や木炭での需要が高く、本格的な伐採がスタートしていなかった現在、好都合のタイミングと言えた。

 森林行政の始まりだった。


 川もあり大森林の麓では、工業こそ向いていた。


「また変なこと始めようとしているね!」

「変なことじゃないぞ。試しに炉をいくつか作ってもらったんだけど、そのなかの一つを使わせてもらうことにしたんだよ」


 あやしげな機械をハイオーガとエルフの青年に手伝ってもらっている。エルフはディーターだった。


「ガラス?」

「ドワーフばっかりに教えてずるい! っていわれたからな。せっかく大森林の麓、川、良質な砂、多様な鉱石。条件が揃っているならガラスでも、ってね」

「アーニーさん実はなんでもできる?」

「とんでもない。知識があるだけで、この二人のほうが作ることは上手だよ」


 ハイオーガの青年が笑顔でいう

「アーニー殿は控えめに言っても神」

「いやいや。大精霊の使いだよ」


 ディーターが反論する。エルフにとっては大惨事になるだろうか。


「これドワーフのマエストロに聞いた知識だからな」

「なんじゃと! マエストロだと!」


 地獄耳といっていいレベルで聞きつけたドワーフがやってくる。グラオだった。


「なんでアーニー殿からマエストロの名称がでてくるんじゃ」

「事情があるんだよ。グラオにもちゃんと教えるよ」

「いやはや、儂もこっちにくるんじゃった」

「頼んでるものがあるだろ。あれが出来たら、な」

「わかったわい」


「肺活量がある分、マロシュはいいなあ」


 オーガーの青年の名を呼びながら、ティーターは羨んだ。


「何を。ディーター。おぬしこそよくそこまで器用に形作ることができるな」


 アーニーも無言でガラス細工を作っている。もうすぐ完成するようだ。


「はい、ウリカ。これ」

「これは……」

 うり二つののグラスが二つ。


「我が家用のグラスだ」

「も、もったいなくて使えませんよ!」

「使おう。割れたらまた作れば良い」

「は、はい……」


 アーニーは二人の若者に指示を飛ばしている。

 防火対策のようだ。ガラス工房には火事が多い。

 アーニーは二人に依頼して防火班を組織し、火元を管理するためとくに厳重な警戒にあたらせることにした。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 それから一ヶ月後。

 ウリカはアーニーに風呂場へ連れて行かれた。

 脱衣所にある新たな家具は……人間の大きさぐらいの鏡。


「なにこの鏡!」

「透明なガラスの裏に化合物の鍍金を施したものなんだ。ウリカに一番に見せてくて」

「え、これ…… 凄すぎ……」

「作るのに一ヶ月以上かかったからなー。力作だぞー」

「これ私が使って良いの?」

「そのために作ったんだよ」


 それを聞いた瞬間、ウリカは抱きついた。


「アーニーさんありがとう!」

「お嬢様なのに平屋暮らしさせてしまっているからな。これぐらいは」

「もう! お嬢様はなしって!」


 頬を膨らませて抗議する。


「ごめんごめん」

 アーニーも苦笑して返す。


「こんな美しい鏡を使ってる人、貴族にもいなさそう」

「古い時代の魔法帝国時代の品があるぐらいかも」

「アーニーさんって魔法帝国時代の技術に詳しいよね?」

「工作術式は古代魔法の派生だしな」

「秘密がありそう……」

「ウリカに喜んで欲しいだけだよ」


 ごまかされた気もするが、それでもウリカは嬉しかった。


「もう一つあるんだけどな。これを」


 懐から取り出し、ウリカに見せる。


「え?」

 まじまじと手のひらとアーニーの顔を交互に見る。


「俺の作ったものだから高価なもんじゃないが……」


 手のひらに載っている品物は、ミスリルをベースにしたガラス細工のネックレスだった。


「アーニーさん?」

「はい」

「私を殺す気ですか。こんな素敵なものを頂いたら、眠れなくなります」

「いや、大したものじゃないから」


 細部も美しい文様が細工が施され、下手な宝石のそれらよりも明らかに高級品だ。

 色彩鮮やかな小さなガラス玉一つ一つアーニーの手作りなのだ。


「つけてほしいなー、なんて」


 思い切っておねだりする。


「いいよ」


 アーニーがウリカの後ろに回ってネックレスを取り付ける。

 鏡にその姿が映る。

 アーニーにもらったばかりのネックレスを付けた自分が、だ。


「良かった。やっぱり似合っている」


 アーニーも自分で言って照れておるのか、声が固い。本心である証拠だ。


「泣いていいですか」


 もうすでに嬉し涙を浮かべている。


「だめ」

「本当に嬉しいです…… こんなに幸せでいいのかな」

「大げさだ」

「大げさじゃないです! もうこれ、厳重に宝箱にしまって……」

「身につけてくれよ。割れたらまた作るからさ」


 ネックレスを握りしめて、ウリカはぱっと振り返った。

 アーニーに飛びつき、キスをする。


「!」

「今日はこれぐらいで勘弁してあげます! もう本当に嬉しい……ありがとうございます……」


 顔を真っ赤にしながら、自室に駆け込んだ。


 アーニーも顔を真っ赤にして硬直していた。

 同じ部屋で寝ているのだ。どんな顔をして、自室に入れば良いか皆目見当がつかなかった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


水車と鍛造です。


西洋とは趣が違いますが実際に明治時代の初期を再現にした施設に取材にいきました。

香嵐渓で有名な愛知県豊田市足助にある「三州足助屋敷」にありまして、そこで予約すれば実際に鍛冶も体験できます。

炭の作り方も書いてあります。製鋼に良い炭は必須です。鉄に炭素を加えないとダメです。

ここらはへんは前職での研修でたたら製法の説明を受けました。


産業革命は「川が無くても動力が維持できる蒸気機関の普及」が一つにありますが、川が間近にあるこの村では必須ではありません。

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