第337話 ルミエール・ド・エトワール開店

 オレたちは、『ゲート』を使ってアプロンティア王国から公爵邸へ戻った。

 結局、クリスタリア王宮では、呑気にサファイアレイクの視察を申し出るような雰囲気ではなく、諦めて戻ることにしたのだ。


 セリーナ・セレーナ王女姉妹は、レオニウス国王からたっぷりとお灸を据えられ、かなり落ち込んでいた。

 オレは姉妹に、それ相応の仕置きを課すことを条件に面倒を見ることとなった。

 王女2人の身分を、6ヶ月ほど剥奪し、オレの1スタッフとする勤務させることが許可されたのだ。

 オレはアレコレ考えて、王女2人に何をさせるか決めていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 マリウス王子の廃嫡は、国王から本人へ通知された。

 本人は廃嫡される事を予想していた様子で、国王の話を神妙な面持ちで聞いていた。

 その後、王妃と3人の王女にマリウスの廃嫡が知らされると、王妃はショックのあまり寝込んでしまい、3人の王女が交代で看病することになった。


 マリウス王子の今後の処遇を心配した3人の姉は、国王からオレが引き取る事になったと聞いて安堵していた。

 廃嫡になったとは言え、マリウスが王族であり王子であることに変わりはない。

 王子として一生涯の生活は保証されるが、国家や王室への発言権は剥奪され、余生を隠居老人のように過ごすことになるのである。

 それは、余りにも可哀想な話で、本人が希望することをさせてあげようと、オレは考えていた。


 数日後、ジェスティーナとアリエスに付き添われ、マリウス王子がアクアスター・リゾート12階の専用居住区へやって来た。

 リビングへ入るとマリウス王子は、オレに深々と頭を下げた。

「カイト兄さま、僕が原因で色々と迷惑を掛けて申し訳ありませんでした。

 それと僕の居場所を用意して下さり、本当にありがとうございます。

 この御恩は一生忘れません」

 マリウス王子は、疲れた顔をしていたが、その中にも安堵の表情を見ることができた。


「マリウス、ここには君の姉たちもいるし、君が好きなASR39のスタジオもある。

 これからは自分を偽ること無く、自分の思うがままに暮せばいいさ」


「カイト兄さま、僕、ASR39の練習に参加してもいいんですか?」


「マリウスが望むなら、毎日参加していいよ」

 オレの言葉を聞いてマリウスの目は輝き、小さく歓声を上げた。


 マリウスには、アクアスター・リゾート10階のスタッフ居住区の1室を割り当て、居住区内とアクアスター・プロダクションの専用設備内の移動を許可した。

 マリウスは身分を隠し、女装して正式にASR39の研修生となり、レッスンに参加することとなった。


 マリウスは、以前から週2回レッスンに参加しており、他の研修生とは顔見知りである。

 彼が男性であり、しかもこの国の王子であることは、サクラやリオナなど一部のスタッフを除き、他は誰も知らないのだ。

 因みにマリウスの研修所での名前はマリエルである。


 アクアスターに移住してからのマリウスは、男性として過ごすことを止め、普段から女装で過ごすようになった。

 女装のマリウスは女性以上に女性らしく、しかも超絶美少女3姉妹の弟であり、傍から見ても女性として十分魅力的であった。

 マリウス改めマリエルは、アクアスターリゾートの生活に順応し、ASR39の正式な研修生として毎日過ごすことに生きがいを見出した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 一方、セリーナ・セレーナ姉妹は、ヒカリの店でスタッフとして働くこととなった。

 王女の身分を6ヶ月間剥奪された2人は、自らの罪を償うため、新規オープンするスイーツの店『ルミエール・ド・エトワール』で接客スタッフとして、1日9時間働くことを命じた。

 それがオレの決めた『仕置き』であり、あまりに世間知らずなお姫様の社会勉強となると考えたのだ。


 セリーナ・セレーナ姉妹は、接客経験などある筈もなく、アスナとヒカリがオープン前の『ルミエール・ド・エトワール』店舗内で繰り返し指導した。

 元々姉妹の基本スペックはかなり高く、商品名や価格、接客の注意点などを教え込むと瞬く間に覚えていった。


 店長のヒカリは、朝6時に起きて朝ごはんを食べ、7時には店に出て他の製造スタッフと分担して、ケーキなどの生地を作り始め、開店時間の10時に間に合わせるように次々とスイーツを仕上げていった。

 アスナの店『カフェ・バレンシア』にスイーツ・ショーケースを置いて『ルミエール・ド・エトワール』の商品を試験販売した結果は上々であった。


 そして『ルミエール・ド・エトワール』は、遂に開店の日を迎えたのだ。

 王都のメインストリートから1本裏の目立たない通りにあるが、開店1時間前から長蛇の列が出来るほど盛況であった。

 きっと『カフェ・バレンシア』にポスターを貼ってPRしたのと、先着100名にオープン記念品をプレゼントと言うのが功を奏したのだろう。


「て、店長、あんなにたくさん人が並んでます」

「ど、どうしましょう、店長…」

 接客スタッフとして初仕事のセリーナとセレーナはパニック寸前だった。


「だ、大丈夫です、この番号札を並んでいるお客様に、先頭から順番に配って下さい」

 こうなることを予想していたヒカリは、セリーナとセレーナに番号札を渡すように指示した。


 番号札は100枚あり、札を持っている順番に入店し、商品を選んでもらって、会計時に番号札と引き換えにオープン記念品を渡すのである。

 因みにオープン記念品は、ヒカリ手作りのクッキー詰め合わせ(4種類12枚入り)である。


 セリーナ・セレーナ姉妹は、店の前で順番待ちしているお客たちに番号札を配り始めた。

 そして番号札の順番で入店し、スイーツの販売とオープン記念品の引き換えを行うことを説明していった。

 可愛い双子の美少女が、番号札を配って歩くのはかなり目立ったが、客の殆どは女性であり、声を掛ける輩はおらず、特に問題はなかった。

 双子の美少女姉妹がアプロンティア王国の王女であることを、客たちは知る由もなかった。

 万が一に備えて、エレナの護衛を務める現役の聖騎士隊女戦士ヴァルキュリーアストレア・レーベンハウトを警備兼店外整理要員として配置した。


 午前10時となり、ヒカリの店『ルミエール・ド・エトワール』が遂にオープンした。

 事前に番号札を配っていたお陰で、大きな混乱もなく4時間ほどで用意していた商品は完売した。


 その様子をオレは外で見ていたが、店は大盛況で売り切れた後も次から次へと人が訪れ、人気の高さを伺わせた。

 開店して30分ほどすると、誰かがオレの肩を叩いた。

「カイトさん、大繁盛で良かったねぇ…」

 その声は、踊る銀ねこ亭の女将であった。


「女将、来てくれたのかい、ありがとう」


「そりゃ、そうさ、この店もカイトさんが企画した店なんだろ…

 応援するに決まってるよ」

 そう言ってオレに『ルミエール・ド・エトワール』のスイーツが入った紙箱とオープン記念品のクッキーを見せてくれた。


「女将も、クッキー貰えたんだね」


「混みそうだから早めに来なきゃって、9時半ころに来たんだけどさぁ、もう行列ができてて、確か72番だったかねぇ、でも何とかクッキーは貰えたよ」

 銀ねこ亭の女将も、ヒカリのスイーツの大ファンだそうで、近くに店ができたから、毎日でも通いたいと言ってくれた。


 本来午後6時閉店の『ルミエール・ド・エトワール』は、午後2時に閉店した。

 販売する商品が無くなったので止む無く店を閉めたのだが、接客担当のセリーナ・セレーナ姉妹は、かつて経験したことがない忙しさにヘトヘトであった。

 目の廻るような忙しさとは、この事を言うのだろう。

 ヒカリも自ら店頭に立って接客したが、初日の混乱もあり思ったよりもお客様を待たせてしまい、商品の量も足りないなど多くの課題が残った。

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