第240話 ゴラン帝国皇帝の勅命

 早朝、リアンナ王女は、フォマロート王国軍の奇襲によりエルサレーナ王宮を反乱軍から奪還したとのしらせを聞き、国境の街エルセベスに避難していた国民と共に歓喜した。


 シュテリオンベルグ伯爵の奇策が功を奏し、反逆者のサルーテ将軍とロズベルグ公爵を始めとする反乱兵全員を捕縛したのだ。


 しかし、フォマロート王国の大半はゴラン帝国連合軍に占領されたままだ。

 リアンナ王女は、カイトの次の作戦が成功するよう女神に祈った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「よ、余を何と心得る、ご、ゴラン帝国皇帝、ミアゲーテ・ゴランなるぞ!」

 見苦しいぐらいに狼狽え、怯えながらも皇帝は虚勢を張った。

 

 ゴラン帝国の帝都にあるレクサグラード宮殿を完全制圧し、宮殿内にいた皇族と重臣全員を捕らえ、宮殿正門に繋がる展望台の床に座らせたのだ。

 その数4~50人は居るだろうか。


「陛下、お初にお目に掛かります。

 私はソランスター王国情報大臣のシュテリオンベルグ伯爵でございます」


「は、伯爵風情が、よ、余を捕らえるとは、何事か!

 無礼者、は、早く、縄を解け!」


「陛下は、我々の捕虜となりました。

 ですから、助けて欲しいのであれば、エルドバラン将軍に助けを求めては如何ですか?」


「なに?、エルドバランが助けに来ると申すのか?」


「はい、エルドバラン将軍は、たいへん義理堅い方とお聞きしております。

 大恩ある皇帝陛下が助けを求めれば、必ずや来てくれることでしょう」


「しかし、どのように助けを呼ぶのだ?

 鷹便では時間がかかるぞ…」


「それでは、これに向かって直接、エルドバラン将軍に助けを求めては如何でしょう?

 この魔導具は、フォマロート王国の王都エルサレーナと通じておりますので、エルドバラン将軍に助けを求めれば、すぐにでも駆けつけてくれるでしょう」


「そうか、魔導具で助けを呼ぶのか…

 お主、なかなか頭が良いのう…」


「それでは、早速助けをお呼び下さいませ」

 そう言うと、オレは三脚に取り付けたビデオカメラの録画ボタンをオンにした。


「こ、これに向かって話せば良いのか?」

 オレが頷くと皇帝がビデオカメラに向かって話し始めた。


「エルドバランよ、見ておるか?

 よ、余は、ソランスター王国軍に捕まった。

 頼む、今すぐに余を助けに来るのじゃ。

 エルドバラン、全軍を率いて余を救いに来い。

 良いか、今すぐにじゃぞ、今すぐに来るのじゃ。

 たのむ~、助けてくれぇぇぇ~!」

 後ろ手に縛られ、床に座らされた皇帝ミアゲーテ・ゴランは、涙を浮かべ鼻水と涎を垂らしながら救出を懇願した。

 皇帝の背後には、軍務大臣のアベノハ・ルーカスを始めとする主な重臣と、皇帝の正室や側室の姿が映っていた。


「はい、オッケーで~す。

 陛下、中々迫真の演技でした」


「そ、そうか?

 余は、演技などしておらんぞ」


「これを見てエルドバラン将軍は、必ずや駆けつけることでしょう」


「うん、そうでなければ余が困るからのぉ…

 それにしても腹が減ったわい、飯はないのか?」


「はい、別室にご用意しておりますので、移動願います」

 オレは、捕虜たちを5箇所に分けて監禁した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 午前5時50分、エルドバラン将軍は、ゴラン帝国連合軍14万人に総攻撃命令を下す直前であった。


 先代皇帝のバカ息子とは言え、腐っても『皇帝』から下された『全軍による総攻撃』のめいに従わなければならないのだ。

 エルドバランは、昔気質の人間で、先代皇帝には随分と目を掛けてもらい、人一倍に恩義を感じていた。

 それに先代が心血を注いだ侵攻作戦の結末を、この目で見てみたいと言う思いもあった。


 連合軍の内、ゴラン帝国軍7万人は、鍛えに鍛え上げた精鋭部隊であり、敵の連合軍と比較しても、決して引けを取らぬ戦闘力を持っていると自負していた。

 同盟国のデルファイ公国軍も、ゴラン帝国軍には1段劣るものの、よく鍛えられた部隊である。

 問題は、その他の同盟諸国軍3万6千人だ。

 その殆どは、普段は別の仕事を持つ兼業軍人であり、寄せ集めである事に加え、圧倒的に練度が足りないと感じていた。

  

 それでも贅沢は言っていられない。

 様々な兵を適材適所で上手く使うのが、総司令官としての腕の見せ所だ。

 フォマロート王国の7割を手中にし、あともう少しで1国を掌握できるのだ。

 何としても、この戦いに勝利し、故郷に錦を飾りたいとエルドバラン将軍は思っていた。


 そこに1人の兵士が息せき切らして走ってきた。

「しょ、将軍、大変です!」


「いったい、何事だ!」


「フォマロート王宮が敵に奪われました」


「な、なんだと!

 そんな馬鹿な…、あり得ない…」


 深夜、フォマロート王国軍が王宮を急襲し、短時間で奪還したと言う知らせに、エルドバラン将軍はド肝を抜かれた。

 リーゼンベルグから王都エルサレーナの間には、ゴラン帝国軍の陣地が幾つもあるのに、それをすり抜け、どのようにして兵を移動させたのだ。

 そもそも門を閉じている城壁の中へ、どのようにして入ったのだ。

 エルドバラン将軍は『神の使い』が魔法のような奇策を使ったに違いないと思った。


 エルサレーナ王宮が制圧されたとすれば、王宮の反乱軍1万人余りは殺されたか、捕縛されたかの何れかだ。

 14万人の兵力から1万人減るのは何とも痛い。

 しかし、ここまで来たら総攻撃を中止するわけには行かない。


 エルドバラン将軍は、ゴラン帝国軍司令部(旧フォマロート王国軍駐屯地)の屋上に立ち、出陣の命を待つ10万の兵たちに向けて激を飛ばそうと口を開いた。

「誇り高きゴラン帝国軍、並びに連合軍兵士諸君…」


 その時、空に巨大なスクリーンが現れて、帝都レクサグラード宮殿に居るはずのミアゲーテ・ゴラン皇帝の姿が映ったではないか…

 それは、ステルスモードのクジラ型飛行船からホログラフィ・スクリーンに映し出した映像である。

 エルドバラン将軍を含め、全軍の兵士がその映像に釘付けとなった。


 映像の中の皇帝が、こちらを向いて話し始めた。

「こ、これに向かって話せば良いのか?」


「エルドバランよ、見ておるか?

 よ、余は、ソランスター王国軍に捕まった。

 頼む、今すぐ助けに来てくれ。

 エルドバラン、全軍を率いて余を救いに来い。

 良いか、今すぐにじゃぞ、今すぐに来るのじゃ。

 たのむ~、助けてくれぇぇぇ~!」

 地べたに座らされた皇帝ミアゲーテ・ゴランは、目に涙を浮かべ鼻水と涎を垂らしながら救出を懇願していた。

 皇帝の背後には、軍務大臣のアベノハ・ルーカスを始めとする主な重臣と、皇帝の正室や側室の姿があった。


「こ、これは……」

 エルドバラン将軍は、驚きの余り二の句が継げなかった。

 あのみっともない取り乱し方は、紛れもなくホンモノの皇帝陛下であるとエルドバランは思った。


 皇帝はソランスター王国軍に捕まったと言っていた。

 ソランスター王国兵が、なぜ1000キロも離れた帝都に現れたのだ。

 恐らく「神の使い」が我々の想像も付かない方法を使ったのであろう。


 全軍総攻撃を命じる直前に、このような映像を流すとは、きっと敵の策略に違いない。

 皇帝陛下は全軍を率いて助けに来いとエルドバラン将軍に命じた。

 皇帝のめいは絶対である。

 ソランスター王国の「神の使い」の策略と分かっていても、義理堅いエルドバラン将軍は、皇帝を救出しにゴラン帝国へ戻ると言う決断を下した。


「ゴラン帝国軍全軍に命ずる。

 皇帝陛下救出のため、祖国へ帰還し、ソランスター王国兵を討伐する。

 全軍直ちに出立せよ」

 エルドバラン将軍の命令により、ゴラン帝国軍7万は祖国へ向かって出発した。


 その場に残された同盟諸国軍3万6千人とデルファイ公国軍2万4千人の兵士は、ゴラン帝国軍の突然の撤退を呆気に取られながら見ていた。

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