第194話 落ちこぼれと癒やしの天使

 満を持してエメラルド・リゾートの第1期工事がスタートした。

 エルメ島にマリンリゾートを建設する一連の工事は、完成まで2ヶ月ほど掛かる見込みだ。

 これほど大規模なリゾートであれば、計画から完成まで優に3年は掛かるが、BIM(建築情報モデリング)とMOG(多次元物体生成装置)の組み合わせにより、工期を10分の1以下に短縮できたのである。


 建設担当は、女神フィオナと女神フィリス、それに妖精族のスーである。

 例のUFO型飛行船をエルメ島に派遣し、建築ユニットの生成から施工まで昼夜を問わず稼働させるのである。

 基本的に全てコンピュータによる全自動制御なので、彼女たちは異常がないかチェックすれば良いのだ。 


 それとは別に温泉の掘削を目的に執事長のローレンを派遣する予定である。

 火山活動により、海底から隆起した岩礁帯に過ぎなかったエルメ島や周辺の島々は、気の遠くなるほどの長い年月を掛けてサンゴの死骸が堆積し、形成された群島である。

 火山帯に有り、温泉が湧出する可能性があるのだから掘ってみる価値はあるだろう。

 事実、島の中央部には泉が有り、小川が流れているのだ。

 周りは海ばかりの島で真水が湧き出るのだから、温泉が出ても不思議ではないというのがローレンの理屈だ。

 エルメ島は温泉が無くても十分に魅力的であるが、温泉が出るとリゾートの魅力度は格段に増すのは確かである。


 エメラルド・リゾートの従業員採用試験が領都エルドラードで実施され、選考の結果366名を採用した。

 従業員は1ヶ月後から勤務を開始し、エメラルドリゾート出資企業6社、24のホテル、約60の飲食店・小売店に分かれ研修を開始し、その後完成したホテルで約1ヶ月の実務研修を行い、開業に備えるのである。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 錬金工房に採用したトリンの弟子候補4人の内、唯一の男子であるラピスが錬金術の才能が無いと言う理由で、ついにトリンが破門を言い渡したのである。

 トリンの言葉を借りると知識はあるが、錬金術師として術が使えない以上、弟子として置いておく訳にはいかないと、厳しい評定が下ったのだ。

 悩んだ末の苦渋の決断であったと、トリンがオレに打ち明けてくれたが、早い内に見切りを付けるのも温情なのだと言う。


 採用して、まだ1ヶ月も経たない内にラピスを解雇する訳にも行かず、関係者と相談の結果、ローレンのもとで執事として働かせる案が浮上した。

 ローレンは執事長だが、このリゾートには他に執事が居らず、部下は女性のメイドばかりなので、ローレンも男手おとこでが欲しいだろうと言う理由だ。

 確かにそれは一理ある。

 オレはラピスを呼んで、その件を話すことにした。


「失礼します。

 カイト様、お呼びでしょうか?」

 ラピスが11階のダイニング・ラウンジへやって来た。

 まだ15歳の少年であるが、理知的な目をしており、どう見ても無能なようには思えないのだ。


「ご苦労さま、そこに座って」

 そう言うとラピスは一礼してオレの向かいの椅子に座った。

「何故、ここ呼ばれたか分かるかな?」


「はい、錬金術が使えないので、トリン師匠から破門を言い渡されたからです」


「そうだ、錬金工房勤務なのに錬金術が使えないんじゃ、話にならないからな。

 人には、向き不向きがある。

 結論から言うと、君は錬金術師に向いてなかったと言う事だ」


「自分、会社クビになるんですね…」

 そう言ってラピスは肩を落とした。


「ちょっと待った、誰もクビにするなんて言ってないぞ」


「え、クビになるんじゃないんですか?

 良かった~、親になんて言おうか困ってたんですよ」


「キミを呼んだのは、このリゾートで別の仕事をする気がないか確認するためだ。

 オレから提案なんだが、君、執事をやってみる気はないか?」


「えっ、執事?、ですか?」


「そう、執事だ。

 このリゾートには色々な仕事があって、執事もその1つだ」


「それは、どんな仕事なんですか?」


 オレはラピスに執事の仕事を詳しく説明した。

 執事とは、主人(オレ)の直属の部下であり、領内及び館全般を管理監督し、公私に渡り主人を補佐する重要な職務であると話した。


「え、カイト様の直属の部下になるんですか?」


「厳密には執事長のローレンの配下だから、上司は居るが直属の部下には変わらない」


 ラピスはオレが言った『直属の部下』と言う言葉に惹かれたらしい。

「分かりました、ボクやってみます。

 いえ、是非やらせて下さい」


 なんと切り替えの早い男だろう。

 破門された師匠のトリンや、他の弟子達と同じ敷地内で働くのは、嫌じゃないかと聞いてみたが特に気にならないそうだ。


 そのような訳で、ラピスがローレンの部下として働くことになった。

 果たしてローレンのもとで執事として上手くやっていけるのか心配だが、暫く様子を見ることにしよう。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 一方、妾候補のピアニスト、レイチェル・エイントワースは、サクラがゲートを使って迎えに行き、翌週にはアクアスター・リゾートへ到着した。

 まだ16歳になったばかりのレイチェルは、親の言いつけとは言え、右も左も分からない辺境の土地に連れて来られたのだから、本人は不安で仕方ないだろう。


 オレは気を利かせて、秘書のサクラとソフィアにレイチェルの面倒を見るように命じた。

 彼女の住まいは、10階のスタッフ専用居住区にあるソフィアの隣の部屋を割り当てた。


 ソフィアはレイチェルを連れて10階から12階の全員に紹介して回った。

 流石は貴族の娘、礼節はわきまえており、相手の身分に合わせた適切な挨拶を行っていた。


 オレのところに挨拶に来た時に、先日公邸でレイチェルがオレに披露してくれた曲が誰の曲か聞いたところ、自分が作った曲だと話した。

 他にも20数曲のオリジナル曲があるそうだ。

 レイチェルのピアノの腕前をみんなに聞いてもらおうと、その時間にいたスタッフを呼び集め、11階のダイニング・ラウンジで急遽ピアノ・リサイタルが行われた。

 ピアノは公邸の応接室にあったものを拝借して異空間収納で持って来たのだ。


 演奏が始まると、レイチェルの癒やしの音色に誰もが耳を澄ませ、安らかな表情で聞き入っていた。

 背中までの黒髪ポニーテールに、黒い瞳の優しい眼差しで一見すると日本人のように見えるレイチェルは、それから約1時間にわたりピアノを弾き続けたが、終盤になるとトリンやリオナ、ステラまでもが演奏に感動し涙を流していた。


 演奏が終わり、レイチェルが一礼すると、その場にいた全員が立ち上がって拍手した。

 所謂いわゆるスタンディングオベーションと言うやつだ。


「カイト、凄い、見つけたじゃない。

 ピアノの腕前も凄いけど、曲が素晴らしいわ、まるで癒やしの天使よ」とジェスティーナが言った。


「ピアノでこんなに癒やされたのは、初めてです」とトリンとリオナは涙を拭いながら感動していた。


「この、絶対に売れるわ」

 そう言ってアスナは、如何に商売に結びつけるか思案していた。


「カイト様、早速ピアノリサイタルを企画しましょう」とサクラはアクアスター・プロダクションで売り出そうと画策していた。


「まあまあ、みんな落ち着いて。

 レイチェルは、今日ここに来たばかりだから…

 まずはこのリゾートに慣れて貰って、それからじっくり考えよう」


 そういう訳で、とりあえずレイチェルには、リゾート滞在客の朝食と夕食時にBGMとしてピアノ演奏してもらうことにした。

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