第41話 リゾート化計画の課題

 この館を滞在型リゾートとして営業するには、幾つもの課題がある。


 ひとつ目は人員の問題だ。

 この館には執事長1名とメイド長1名、それに36名のメイドが、オレ1人のためだけに広い館内の維持清掃、調理、配膳、洗濯、庭園の整備などを行ってくれている。

 しかし、有償で客を受け入れるとなれば、明らかに人手が足りない。


 次は料金の問題だ。

 滞在型リゾートとして最低1週間は滞在し、ゆっくりとリゾートライフを満喫して欲しい。

 しかし、客に提供する部屋や食事の問題、温泉、アクティビティとして釣りやカヌーは、すぐに提供できるが、その料金設定や受け渡しをどうするか考えなければならない。


 安くする必要もないが、かと言って必要以上に高く設定する気もない。

 ひとつの案としてはオールインクルーシブにして、室料や飲食、温泉の入浴、アクティビティの料金や滞在中に発生する費用を全て、コミコミにしてしまうと言う方法だ。

 この方法だとイチイチ料金の受け渡しが発生しないのでスタッフも楽だ。


 3つ目は交通手段をどうするかだ。

 ここは王都から約600kmの距離にあり、馬車で来れば、まるまる1週間かかってしまう。

 往復2週間とリゾート滞在1週間を合わせると、最低3週間の時間的余裕が無ければ来られないと言うことだ。

 この往復に費やす時間を短縮する交通手段を考えねばならない。


 4つ目は設備の問題だ。

 館内の客室27室(収容人数は最大で60人)をフルで回転させるとすれば、それなりの設備が必要となる。

 例えば、露天風呂だ。

 今は源泉が1つで露天風呂も1つだが、宿泊客が増えると混浴露天風呂だけでという訳には行かないし、キャパオーバーだ。

 出来ればもう1つ露天風呂を作って、男女別にしたいところだ。

 それとスタッフの人数が増えた場合、スタッフ用の宿舎を用意しなければならない。

 今、メイド達がどのように寝泊まりしているか把握していないが、外部からの人間を受け入れ、スタッフとして雇用するには、きちんとした宿舎が必要だ。


 5つ目は通信手段をどうするかだ

 当然ながら、電話もインターネットも無いこの世界では、伝書鳩などで文書を運ぶしか通信手段がない。

 そうなると王都で宿泊予約を受け付けても、それをこちらに伝えるには最低でも1~2日はかかってしまう。

 それでは全く用をなさないので何らかの通信手段が必要だ。


 6つ目は資金の問題だ

 スタッフ用の宿舎の建設や、2本目の源泉の掘削、露天風呂の増設、調理器具や宿泊客用の食器、什器備品など、準備期間中の使用人の賃金など、それなりの開業資金が必要だ。


 他にも、まだ細かい課題はあるが、それは上記に比べると些細な問題だ。


 オレとアスナは、ラウンジでお茶を飲みながら、これらの問題を話し合った。


「リゾート経営の中核スタッフはバレンシア商会の使用人の中から選抜して4~5人は派遣できると思うわ。

 あとは、王都で新規採用するしかないわね」


「勤務地が600kmも離れたこんな僻地だし、果たして集まるかな~」


「リゾートホテルなんて、王都では珍しい仕事だし、給金を高目に設定するれば、それなりに集まると思うわ」


「宿泊料金はどれくらいが妥当なんだろう」


「安くする必要は無いわね。

 こんな立派なホテルに泊まれて、しかも素晴らしい自然環境もあるし、絶対受けると思うわ。

 王都って娯楽が少ないのよね~。

 都市としては十分に繁栄してるし、お金持ちも多いから、高めの料金設定で問題ないと思うわ」


「具体的には、どれくらい?」


「ん~、そうね~…

 1泊1部屋2人でスター金貨1枚と言ったところかな?」

 ちなみにスター金貨1枚は約10万円である。


「スター金貨1枚か、ちょっと高すぎる気もするけど、大丈夫かな?」


「まあ、その辺が妥当なところじゃない?

 飲食も娯楽も全てコミコミで、追加料金無しなので適正な料金設定だと思うわ」


「これをベースにして、反応が鈍ければ、早期予約割引とかキャンペーン割引を打てば対応できるから大丈夫よ。

 初めから安い料金にすると、後で上げるのが難しいのよ」


 なるほど、さすがはバレンシア商会の副当主であるとオレは思った。

 アスナは商売において天性のバランス感覚を持っているのだろう。


「という事は2人で1週間(6泊7日)滞在するとスター金貨6枚と言うことか……

 その代わり、それに見合う価値を提供しなければならないから、大変といえば大変かな」


「でも、幸いなことに、この地には森と湖の素晴らしい絶景、温泉、釣り、インフィニティプールなど他にはない優れたリソースが、あるんですもの…

 それを整理して上手に提供すれば、ゲストも絶対納得してくれると思うわ」  


「他に提供できそうなリソースは考えてあるから心配はいらないよ。

 スイートの料金は倍と仮定して、1週間満室で稼働すると、それだけで金貨180枚、1ヶ月4回転するとして金貨720枚か、それは凄いな」

 実際は満室でフル回転することはありえないので、取らぬ狸の皮算用なのであるが…


「あれ、ひょっとして収益は全てカイトのモノって思ってない?

 その中には、バレンシア商会が旅行代理店として戴くべきマージンも含まれてるんですから、その辺はお忘れなく」

 そう言ってアスナがウィンクした。


「なるほど、すっかり忘れてたよ」


「マージン貰わないとバレンシア商会はタダ働きですからね」

 アスナが少し怒ったように言う。


「ごめんごめん。

 それで、バレンシア商会の副当主様としては何%ぐらいがご希望ですか?」


「そうねぇ…、旅行代金の15%でどうかしら?」


「いいんじゃないかな、妥当なところだと思うよ」


「あ~、でもゲストを馬車で送迎する場合は、別に10%もらってもいい?」


「え、それはちょっと取り過ぎじゃない?」


「でも往復2週間かかるし、その間の馬車の傭車代と御者と護衛の人件費、食事代、諸経費を考えると、それでも安いくらいよ」


「う~ん、まあ確かにそうか、それくらいは掛かるかもな…

 アスナはホントに交渉上手いよな~」

 なんかアスナにうまく丸め込まれているような感じがする。


「設備の増設は、こっちで考えるけど、使用人専用の宿舎や食堂、風呂なんかもいるだろうな」


「そうね、できれば男女別でお願いします」


「そうか、使用人の中には、当然男性もいるってことだよね」


「もちろんよ…

 女性が出来ない力仕事もあるし、必ず男手が必要になると思うわ」


「了解、男女別にきっちり分けて作るよ」


「露天風呂は、森に新しい露天風呂を作ろうと思ってるんだ。

 森の露天風呂っていいと思わない?

 霊峰ミラバス山を眺めながら入る森の湯、きっと癒やされるだろうな~」


「それはいいアイデアね、完成したら私も入りたいな」


「今度は廻りから覗かれないように、ちゃんと目隠ししなきゃな」


「それって、わたしへの当て付けでしょう」

 アスナが怒っている。


「まあまあ、抑えて抑えて…

 森の湯は、最初から浴槽を男女別に分けた方がいいな」

 オレとしては楽しみが減るんだけどね…

 ところで通信の件は、やはり伝書鳩しかないかな~」


「早馬を走らせたとしても4日は掛かると見ておいた方がいいでしょうね」


「ん~、やっぱりそれくらい掛かっちゃうか…

 交通と通信が一番の難問かも知れないな~。

 アウリープ号だって2日かかる訳だし、何とか解決したいな」


「最後は開業資金の問題だな」


「開業に当たって、揃えなきゃならない物が色々あるんで資金が必要になるんだけど…

 取り敢えずスター金貨500枚は必要かな~」


「カイトさん、開業資金でしたら、当バレンシア商会で幾らでも御用達ごようだてしますよ」


「なんか、アスナが言うと怖いな~。

 で、やっぱり利息取るんでしょ」


「はいもちろん、それはもう商売ですから当然利息はいただきますが…

 他ならぬカイトさんですから、お安くしておきますよ」

 アスナはニコニコしてオレに言った


「利率はどれくらい?」


「年利3%、1年均等払いの毎月償還で如何いかがでしょう?」


「年利3%っていう事は、スター金貨500枚(5000万円)借りたとして、元本が毎月金貨42.7枚と利息が1.2枚で合計45枚という事か…

 まあ、払えない額じゃないか」


「もし、差し支えなければ、この領地で取れるポーションや薬草、ハーブ、スパイス、それにニジマスの燻製の代金と相殺させていただいてもいいですよ」


「そうか、そう言う手もあったな」


「あの~、お話の途中ですが、宜しいでしょうか?」

 傍でオレたちの話を聞いていたソニアが割り込んできた。


「ソニア、何か用?」


「はい、今資金のお話をされていましたが…

 私が管理しております当家の資金が、現在スター金貨で1500枚ほどございますので、アスナ様からのお借入は必要ないかと存じます」


「え~、いつそんなに稼いだの?」


「薬草やハーブ、スパイスなどを執事長のローレンが、たまに王都へ運んで換金していたのでございます。

 カイト様がいらっしゃるまで、約1年の準備期間がありましたので、その間に、領内で生産した農産物や酒類など、売れるものは換金しておりました。

 それらが積もり積もって金貨1500枚となったのです」


「なるほどね~、それじゃ借り入れは必要ないな」


 それを聞いていたアスナは顔をしかめ、露骨に嫌な顔をした。

 きっと設け損ねたと思っているのだろう


 持つべきは有能な部下ということか。

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