王女救出編

第31話 王女ジェスティーナ救出

 次の日は朝から曇りだった。

 昨日は、ステラが『男と一緒のテントでは寝ない、自分は外で寝る』と騒いだのだ。

 仕方なく、オレは女性陣にテントを明け渡し、アウリープ号のシートを倒して一人で寝たのである。

 お陰で少々腰が痛い。


 空を見上げると雲行きが怪しい。

 これは、早めに国境を超えた方が良さそうだ。

 まだ、寝ていた女性たちを起こし、簡単な朝食をとってアウリープ号に乗り出発する。


 1時間半ほど走り、国境検問所の手前で、アウリープ号からバレンシア商会の2頭立ての馬車へ乗り換えた。

 御者を務めるのはアスナ・バレンシアだ、と言うか彼女しか馬車をぎょせないのだ。

 アスナはオレと同じ18歳なのに、馬車もぎょせるし、商才もあり、商談も上手で、よほど父親に鍛えられたのだろう。


 馬車で10分ほど走ると国境検問所に到着した。

 今回はバレンシア家の家紋が入った馬車なので、検問もスムーズに通過できた。

 しかも護衛としてS級冒険者のステラ・リーンが同乗しているのだから、出入国管理官も言うことはないのだろう。


「通行税は1人小銀貨1枚だ」

 相変わらず、横柄な口ぶりだ。

 小生意気な木っ端役人め。


 ソニアが小銀貨5枚を出入国審査官に渡した。

 それと引き換えに通行証明書をくれた。


 馬車でしばらく街道を走っていると、小雨が降り始めた。

 辺りに人目がないのを確認して、再びアウリープ号に乗り換えた。


 館までの距離は残り100km弱、時間にして約2時間と言ったところか。

 このまま順調に進めば、今日の昼頃には着くはずだ。


 アウリープ号はレーダーを使い、目視でも確認しながら、慎重に馬車や旅人を避けて走る。


 1時間半ほど走ったところで、アウリープ号のレーダーが異常反応を示した。

 前方4km先におびただしい赤い点と、その10分の1くらいの青い点。


 普段旅人とすれ違う時は、ほぼ青い点で、たまに赤い点が交じる程度だが、ひょっとすると赤い点は、危険または悪意がある人間と言うことだろうか?

 それぞれの点の配置から判断して、現在交戦中と見て間違いなさそうだ。


 オレはアウリープ号の速度を上げ、その500m手前で停止した。

 雨の中、馬車5両の隊列が盗賊団と思しき集団に襲われているのだと分かった。

 護衛の兵士が、馬車を背に交戦中だが、敵と味方の数から見て圧倒的に不利な様子だ。


 戦えるのはオレを含めても4人、盗賊団は少なく見ても300人はいるようだ。

 こちらには、S級冒険者で蒼雷そうらい剣姫けんきの二つ名を持つステラ・リーンがいるが、300対1 だと、流石さすがに厳しいだろう。


 どうするオレ、このまま通り過ぎるか?

 でも、ここで助けねば、男がすたると言うものだ。


「ステラ、馬車の隊列が盗賊団に襲われてる、力を貸して欲しい」


「契約は、あなた方の護衛任務だ。それ以外のことはしない」

 ステラは、素っ気なく言った。


 クソっ、肝心な時に役に立たない奴め。

 そのままスピードを落として戦闘の最前線50mまでアウリープ号を近づける。

 ステルスモードにしているので、相手からは見えないのだ。


 護衛の兵士達は、真ん中の白い馬車を守るために必死で戦っているようだ。

 あちこちで剣戟けんげきの激しい音が聞こえる。

 誰か高位の役人か富豪でも乗っているのだろうか。

 護衛は多く見積もっても40人ほど。

 兵たちは鍛え上げられた精鋭のようだが、敵は300人と多勢に無勢。

 窓の外からは怒声と阿鼻叫喚あびきょうかんが入り交じり、護衛の兵士が一人、また一人と倒れていく。


 戦闘の様子を見ていたアスナが大声で言った。

「見て、あれはソランスター王家の紋章だわ」


 その時、白い馬車の扉が開き、中から従者に支えられながらスカイブルーのドレスを来た美少女が地面に飛び降り、こちらに向かって走ってくる。

「あの方はジェスティーナ殿下!」

 アスナが叫んだ。


 その少女にはオレも見覚えがあった。

 王都の『花の女神のパレード』で見たジェスティーナ王女だった。


「王女殿下?」

 ステラが顔を上げ、窓の外を見た。


「野郎ども、王女を逃がすな。女は生け捕りにしろ、男は皆殺しだ」

 盗賊の頭目と思しき巨体で凶暴そうな男が大声で叫んでいた。


 王女が捕まれば、盗賊団の捕虜となり、救出は極めて困難となる。


 これはもう迷っている場合じゃない。

 オレは王女を救出することに決めた。


「ステラ、頼む、王女救出に力を貸してくれ」


「分かった、力を貸そう、で、戦術は?」


 オレはステラたちににわか仕立ての王女救出作戦を説明した。

「時間がない、この作戦は一か八かの1回勝負だ」


「ステラ、敵が多すぎるから、殲滅せんめつとか無理なことは考えるな、王女救出が最優先だ」


「承知した」


 他の者たちもオレを見て頷く。


 猶予はあと僅かだ。

 リアはトランクルームに移動して王女の座席を用意した。

 オレはアウリープ号を発進させ、戦況を見ながら王女の馬車の近くまで走らせる。


 その間に側近の従者数名が盗賊の前に立ちはだかり、行く手を阻もうとするが、多勢に無勢、哀れ盗賊の剣の餌食となっていく。

 既に盗賊たちを阻むものは無く、王女の背後まで魔の手が迫っている。


 アウリープ号で王女まで約10mの距離に近寄り、王女と盗賊共の間にオレのスキル『防御障壁』を展開した。

 突然出現した見えない壁に激突し、盗賊たちはもんどり打って倒れた。

 

 その様子を確認したところで、後部ドアを開けステラが飛び出し、王女と盗賊団の間に着地した。

 もちろん、その前に防御障壁は解除済みだ。

 突然透明な壁に激突し、立ち上がろうとした所にステラが現れて、その場にいた盗賊たちはパニックに陥った。

 

 ステラはその盗賊めがけて、いきなり大技を繰り出した。

蒼雷波そうらいは!』

 ステラがそう叫び、剣を振ると、辺りの盗賊共は雷撃波(雷を伴う衝撃波)で吹っ飛び、直撃を受けた十数名は絶命した。


 その間に、オレとアスナは車を降り、王女の元へ駆け寄った。

「王女殿下、助けに参りました、こちらへどうぞ」

 ジェスティーナ王女は、突然現れたオレとアスナに驚いていたが、救出に来たとすぐに理解した。

 アスナが王女の手を引き、後部ドアから車に乗せると急いでドアを締め、オレは運転席へ乗り込んだ。

 それは時間にして30秒くらいの出来事だ。

 アウリープ号はステルスモードのまま発進し、500mほど後退して停止した。


 そこで、ステラを乗せるため待機しているのだ。

 ステルスモードのままだとステラはアウリープ号が、どこにあるか分からないので、後席のドアだけ開けてある。


 ステラは盗賊相手に、またも派手な技を繰り出している。

蒼雷斬そうらいざん

 ステラがそう叫び、剣を天にかざすと暴風と雷を伴う 斬撃ざんげきが盗賊共の一団を切り裂いた。


「あなた達は誰?、この乗り物はどこから?」

 突然、自分に起こったことが、理解できない様子の王女が疑問を口にした。


「王女殿下、私は王都のバレンシア商会の娘アスナでございます。

 こちらの方はハヤミ・カイト様です。

 我々は偶然ここを通りかかり、王女殿下御一行が盗賊団に襲撃されていたところを、お助けした次第です。

 今、一人で戦っておりますのは、S級冒険者のステラ・リーンです」


「え、ステラがいるの?」

 王女はステラを知っているようだ。


「ステラは、私どもの護衛として、たまたま同行していたのです。

 詳しいことは、後ほどご説明致しますので取り敢えずは、この場を離れるのが先決と存じます」


 ステラはまだ盗賊団と戦っているが、なんせ多勢に無勢、圧倒的な戦力差に押され始めている。

「ステラ、任務完了だ、引け!」

 オレは窓を開けて大声で叫んだ。

 その声を聞き、ステラはきびすを返すと、疾風の如く駆けて来た。

 当然、ステラを追い盗賊団も大挙して走って来る。


 驚くほどの俊足を活かして車に乗り込んできたステラを収容し、ドアを閉めると盗賊どもには、もう何も見えない。

 盗賊共にしてみれば、ステラが突然消えたように見えただろう。


 アウリープ号はステルスモードで、その場を走り去った。 

 王女が襲われた現場から500m程離れた場所で暫く様子を見る。


 王女が足に怪我をしているのに気付き、アスナが応急手当した。

 外では王女の側近や侍女たちが逃げ惑っている。


 圧倒的な戦力差で、程なく勝敗は決し、護衛の男性兵士は殺され、女性兵士や侍女などは捉えられて行く。


 オレたちは、それに介入することはできない。

 残念ながら、今は黙って見ているしか無いのだ。

 その様子を見ていたジェスティーナ王女は、ショックの余り気を失った。


 忽然と消えた王女を盗賊たちは血眼ちまなこになって探していたが、見つかる筈もない。

 オレたちは無念の思いを噛み締め、盗賊団の横を抜け、帰路についた。

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