屍商人

萩原なお

第1話


 アルトリアスは貧富の差がはっきりと目視できる国だ。豊潤な魔力を持った王族と貴族が暮らす王都を中心に、平民達が暮らすマルハラ街が囲い込み、その更に外側には貧民が暮らすスラム街が存在している。

 貧民窟に住んでいる人間は犯罪を犯したマルハラ街民や移民、親に捨てられた子供等。アルトリアスの中でも生きている価値のない人間が集う、ごみだめだ。

 そんな塵だめに甘栗色の髪を持つ少年——ジルは祖父母の代から暮らしていた。




 塵だめはいつも糞尿と水や鉄が腐った臭いがそこかしこから漂っている。今日は前日に降った雨のせいで臭いは一段と強烈で、長年、ここで暮らすジルでも吐き気を感じた。喉奥から込み上げてくる胃液を無理矢理、押し留めて前方を駆けていくアベルに声をかける。


「本当に今日?」


 灰色の髪を振り乱したアベルは口角を持ち上げるとジルに一瞥を投げる。この塵だめには似つかわしくない繊細で整ったおもて嬉々ききと高揚し、柘榴の瞳は好奇心と興奮からいつもより美しい輝きを放っていた。


「本当さ! クシェの爺さんが広場で見たって!」

「急がないと!」

「ああ、だから早く行かないと貰えなくなるぞ!!」


 その言葉を聞いて、ジルは走る速度をあげた。黒い水溜りを飛び越え、道端で眠る酔っ払いを避けつつアベルの隣に並ぶ。


「間に合うかな?」

「間に合うさ」

「買ってくれるかな?」

「買ってくれるさ」

「これで合っているかな?」

「これがいいに決まっている!」


 息も絶え絶えにジルは疑問を口にして、アベルが自信満々に肯定するのを繰り返していると広場に辿りついた。

 広場の中央には黒いローブに身を包んだ人物が佇んでいた。身長はジルとアベルの肩程で、ローブのせいで男か女か、子供か腰の曲がった老人かも分からない。声すら老若男女、全てに当てはまる声質のため判断の材料にはならない。


(本当にいた。この人が


 その名前が本名かは定かではないがスラムでは〝ルゥルカ〟という名で浸透している。ルゥルカという名前がどこから来たのかは不明だが、クシェの爺さんの父の代からそう呼ばれていたという。

 もし、それが本当ならルゥルカは最低でも百歳の高齢だ。

 出身地も性別も不明なルゥルカは普段はどこで過ごしているのかは誰にも分からないがごく稀に塵だめに現れては遺体をいい値で購入した。

 なぜ、ルゥルカが遺体を購入するのかは誰も知らない。性別や種族、痛み具合を問わず、遺体というだけで金を出す事実しかスラムの人間は知らない。

 素性が知れない人物像と、行動のせいでマルハラ街では嫌気され近づかない者が多いと聞くが法が届かないスラム街には関係ない。遺体は至る所に存在するのだから最初は罪悪感を覚えても次第に薄れて金の為にと喜んで遺体を差し出した。気まぐれに飼っていた動物を、道で死に絶えた人間を、血の繋がった家族すら喜んで。

 ジルが声をかける前にアベルがルゥルカの前へ進み出た。


「なあ、ルゥルカ。あんたに売りたい人間がいるんだ」


 ルゥルカは顔をあげた。目深く被ったローブのせいで表情は分からない。


「こっちに来てくれよ。俺達だけじゃ運べなくてさ」


 踵を返したアベルは来た道を戻る。ジルもルゥルカとともにその後を追った。


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