貴族じゃなくなった私は魔法道具店で働きます

一ノ清永遠

第1話 新生活、始まる

「父さんの会社が倒産したので少しでも良いから賃金が欲しくてウチの店で働きたい、と」



 街の外れにある掘立て小屋の小さな応接室、簡素なキッチンに簡単な机のテーブルに木箱のような背もたれのない椅子が4つ。

 いくら普段使わない部屋だからあまりにやる気が感じられない……と、シェフィは思っていた。が、それを極力表情に出さないように努めている。

 何故なら今はアルバイトの面接中だからである。

 


「まあ、正直なのはいい。だが、父さんの会社が倒産したから働きたいってのは、父さんの会社が倒産しなかったら働く気はなかったという事か?」

「はい、家の手伝いをしようと思っていました」

「なるほど、貴族のお嬢様……か」



 シェフィの向かいの席に座ってカップに入ったお茶を啜りながらシェフィの志望動機を聞く人物は街の外れの魔法道具店の店長兼オーナー兼魔法道具職人のナギ・グラスヘイムである。

 シェフィの見立てによれば20代後半のヒューマ族、魔法道具職人なので魔法力はなかなかのもの、服装は安っぽいが魔力の込められたアクセサリーをいくつか身につけている。

 ブルーの入った黒髪に瞳は深紅、笑みをあまりに見せないクールな雰囲気……に見せかけた怠惰な表情は女子ウケが良さそうだ。もっとも、シェフィは情熱的な男子が好きなのでナギ店長は射程圏外だが。



「シェフィ、さん。ウィルガリア魔法学園では成績は上位に入っていたそうだが……体力に自信は?」

「体力、ですか? 学園では人並みだったかと」

「人並みか、フィールドワークは平気か?」

「フィールドワークですか」

「やれたら時給が1.5倍になるんだが」

「いってんごばい」



 シェフィの瞳に金貨が浮かぶ。

 魔法使いといえば一般人からすれば建物に引き篭もり対圧鍋に謎の薬品を投入し、イヒヒヒ……など不気味な笑い声をあげながら鍋の中身をかき混ぜるイメージがあると思うがそれは魔法開発職に近い。

 だが実際の魔法使いは魔法戦闘職としてダンジョンに潜ったり魔物を討伐したり、救命現場に出向したりと外での仕事が大半だ。

 だがシェフィは魔法を勉強してはいたものの、魔法事務や教会での医療の仕事を想定していたためフィールドワークはあまり得意ではない。

 そもそも野生生物や虫が苦手だ。



「じ、時給が1.5倍というと」

「1800アルク、8時間勤務として日給14400アルク、月に20日勤務したとして29万足らず……健康保険とか雇用保険とかさっぴいて手取り22万くらいだな」

「そ、そんなにもらえるのですか!?」

「まあ、楽な仕事じゃないからそんなもんだろ。本当ならカウンター業務とか魔法道具の加工処理とかしてもらおうかと思ったんだが、店員のカジックが本格的に魔法道具職人を目指すことになってな」



 カジック・ブレイウィル、22歳。18歳のシェフィより4つ年上で、4年前に入社して今月から職人としての修行を始めたとのこと。

 そのカジックがフィールドワークをはじめとする業務を担当していたが、魔法道具製作を手伝うことになったためカジックとナギが分担してやる事になったのだ。



「カウンターや経理担当はお前と同い年のララがいる、ララは今年から魔法研究員生だからあまり無理はさせられない」

「私がフィールドワークをやれば、うまくお店が回って私には沢山お金が入るって事ですか?」

「ああ、この店で働きたいのならやってほしい」



◆◆◆◆◆◆◆



 シェフィの実家からグラスヘイム魔法道具店は徒歩90分程度、馬車を使えば30分ほどかかる。

 馬車を使うにも金がかかる、それにシェフィが実家を離れれば家族にも負担がかからないというものだ。

 それ以上に——



「朝6時出勤ってどういう事なの」

「フィールドワークなんてそんなものだ、その代わり早く上がれて良いじゃないか」



 なけなしの小遣いを使い、馬車で実家からの荷物を持ち込む。

 お気に入りの枕、お気に入りの布団、お気に入りの家具、お気に入りの服、お気に入りの漫画——

 これさえあれば落ち着ける、というものを持ち込むのむのが引越しのコツだ。

 これからの事を早速不安がるシェフィの引っ越しの手伝いをナギがしながらぼやくシェフィに付き合う。

 


「何時に起きれば良いのかな、朝6時……」

「俺は5時ごろには起きている、朝飯に歯磨きに洗顔に着替えで5時45分。荷物を持って店を出発すれば概ね間に合う」

「それなら女子の私は4時30分……?」

「念のために言っておくが……シェフィ、さん」



 何が入っているのか分からないやたらと重たいコルクボックスを床に置き、ナギが言葉を続ける。



「魔法道具職人に、特にフィールドワークで素材集めとかをしているような人間に——男も女もない」

「えっと、それって……」

「店番をする時はまだ理解出来るが、出勤日からはフィールドワーク用のツナギを貸すからそれを着るといい。お気に入りの服はやめておいた方がいい、汚れるしそれに最悪……死ぬことになる」

「で、DEATHよねー……」



 私は貴族のお嬢様だし、身体を動かすのは嫌いじゃないけどフィールドワークはそれに相応しい人がやるものだー。

 なんてつい先日まで考えていたのに、父さんの会社が倒産して破産手続きを踏んだ事で貴族としての基本権利を全て剥奪されて騎士号まで失ってしまったのだから私までこんな目に……。



 なんて風に考えるのはシェフィは嫌で、貴族だから平民を見下すような絵に描いたような貴族でありたくはないと思っていた。

 でもいざフィールドワークで魔物を相手に虫にたかられながら素材集めをやるとなると、どうしても抵抗感が出てしまう。



「でもまあ、慣れたら案外楽しいぞ。この仕事」

「そう、ですかね?」

「魔法道具職人ってのは良いものだ。美味い肉を食えるし、美味い水を飲めるし、最高の魔法道具を作れる。高級ブランドの量産品なんか目じゃないほどにな」

 

 

 美味い肉を食えて美味い水を飲めるのは金持ちだけなのでは?

 まさか、フィールドワークで出会った魔物や動物を狩って食べているって事?

 そんな野蛮な……などと頭の中で考えては振り払う。そんな考えは狩りをしている人に失礼だし、良質なジビエ肉が出回るのはハンターという仕事のおかげだ。



「丁度いい、明日のフィールドワークから帰ってきたら最高の魔法杖を仕立ててやろう」


 

 語っているうちに上機嫌になってきたナギからの突然の提言。



「魔法杖ですか、これもかなりの業物ですし……それに、ここのお店の魔法道具も決してお安くはないのでは」

「業務用と考えれば良い。安心しろ、金は取らん」

「そうですか、でも……」

「さては性能を疑っているな? まあ良い、明日のフィールドワークで分かるさ」



 昨日の面接の態度とは打って変わり、得意気……というよりさもフィールドワークを楽しみにしているような顔に戸惑うシェフィ。

 だが、今は旅の疲れと引越しの疲れで休みたいという気持ちでいっぱいだ。



「あの、ところで……美味しい晩御飯を食べられるお店はありますか?」

「美味い店? だったらカジックが美味い飯を作れるぞ」

「え、カジックさんって確か魔法道具店で職人見習いをされている方ですよね?」

「ああ、ここに住んでいる」

「ここって、私の引っ越し先ですよね?」

「そうだ、俺が無理を言って大家に安く済ませてもらったアパートメントだ」



 シェフィの下宿先はオーナーのナギが用意してくれたアパートだと聞いていた。

 費用は月2万アルク、魔法機関による光熱関係もバッチリ対応しており魔法鍵完備でセキュリティもバッチリだという。

 部屋の下見もしたが、なかなか綺麗な部屋だった。



「ちなみに俺もこのアパートに住んでいるし、ララも住んでいる。後は書店の店員とかタバコ屋とか色んな人が住んでいるから興味があれば挨拶すると良い」

「ちょ、ちょっと待ってください。魔法道具店の人全員住んでるんですか!?」

「ああ、何か問題あるのか?」



 男女共同アパートなだけで結構辛いのに、同じ職場の人が全員同じアパートっていうのはなかなかに辛いぞこれ。



「いや、問題っていうか……まあ、良いですけど。っていうか、ナギ店長はあのお店に住んでいるのだとばかり」

「あの店の2階部分か、あれは俺の娘が住んでいるんだ」

「娘」





「娘!?!?!?!?」

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