今度こそ、貴方と共に

本編

1.再会(旭)

唯華ゆいかちゃーん! 悠真ゆうま捕まえてー!」


 お風呂上がりに、びしょ濡れのまま走って行った悠真。梨華りかを拭いていて追いかけられなかったから、唯華ちゃんに助けを求めた。


あさひ、連れてきたよ、ってうわぁ、床びちゃびちゃ……もー、悠真、今度はちゃんと拭いてから来てね?」

「はーい!!」

「うん、いい子」

「へへっ」

「ママ、梨華は?」

「もちろん、梨華もいい子」

「わーい!」


 何この天使たち……可愛すぎる……


「旭、顔」

「え? あぁ、緩んでた? だって可愛すぎるんだもん」


 悠真をタオルで拭いていた唯華ちゃんが呆れたように言ってくるけど、3人とも可愛すぎるから仕方がない。


「ね。可愛いよね」

「唯華ちゃんも可愛いよ?」

「……早く服着たら?」

「唯華ちゃんのえっちー!」

「ママ、えっち?」

「ちー?」

「ちょっと、旭変なこと言わないでくれる?」


 こんなやり取りができるようになるなんて、人生何があるか分からない。過去の私に、唯華ちゃんと過ごせる未来が待ってるよ、と教えてあげたい。


 *****


 あなたと別れて、どれだけの月日が過ぎ去ったんだろう。まだ高校生だった私は、新しい土地で大学生活を送るあなたを支えてあげることが出来なかったね。


 会いたくても会いに行けなくて、忙しいかなって連絡も躊躇して、心の距離も離れていくことを止められなかった。


 恥ずかしくて、好き、って気持ちも伝えることが出来なかった私の気持ちが見えなくて、不安に思われても仕方なかったなって今なら思う。


 会えなくたって平気、って強がるんじゃなくて、もっと素直に我儘に、会いたい、寂しい、って言えてたら違う今があったのかな?

 あの時、なんで"分かった"なんて言ったんだろう……


 唯華ちゃん、元気かな。子供だった私も、23歳になったよ。もう一度やり直したいなんて、遅いよね……


 もうすぐ、あなたと別れてから何度目かの冬が来る。



 珍しく兄から連絡があって、結婚すると伝えられた。近いうちに両家顔合わせをするから、参加して欲しい、ってことらしい。

 兄は7歳離れていて、遊んでもらった記憶もなければ、特別仲がいい訳でもないけれど、結婚するというのは素直に喜ばしいと思っていた。

 当日を迎えるまでは。



 顔合わせ当日、兄と共に現れた人を見て、目を疑った。この世界はなんて残酷なんだろう……

 こんな再会、したくなかったな。


 数年ぶりに見る唯華ちゃんはあの頃と変わらず綺麗で、いや、あの頃より更に綺麗な大人の女性になっていた。


 冷静を装って"初めまして"と挨拶をして、お祝いの言葉を伝えれば、一瞬戸惑った表情で、でも唯華ちゃんも初めまして、と返してくれた。


 唯華ちゃんと再会出来たら何を伝えよう、なんて会う約束もしていないくせに考えていたけれど、まさか"初めまして"だなんてね。


 私と唯華ちゃんがすれ違い始めたのは、唯華ちゃんが高校を卒業して県外の大学に進んでから。私はまだ高校生だったし、簡単には会えないし、ちょっとした喧嘩が増えていった。


 最後の日も、些細なことで喧嘩になって、"もういい別れる"という言葉に、"分かった"と返してしまった。

 どちらも引けなくて、お互い意地になっていたんだと思う。少なくとも私はそうで、どうしようもなく子供だったんだ。私の返答に唯華ちゃんが戸惑ったのは分かっていたのに。


 唯華ちゃんからの連絡が途絶えて、本当に終わったのか、と実感して心にぽっかり穴が空いた。思い出すと今でも苦しくなる。


 学生時代の2歳の差は大きくて、進む大学を考え始めた時には既に終わっていたから、追いかける勇気もなかった。


 分かっていたことだけれど、前に進めていないのは私だけだった。


 唯華ちゃんの手には兄から贈られたであろう指輪が輝いていて、もう1度やり直せたら、なんて望みは叶わないのだと突きつけられて、ちゃんと笑えていたか自信が無い。


 愛想笑いでやり過ごし、普段よりハイペースでお酒を飲んだ後、一人暮らしをする家にどうやって帰ったのかも記憶にない。

 朝起きれば部屋にはお酒の缶が散乱していたし、酷い顔だった。


 忘れられなかった元カノが兄と結婚する、という出来事を突きつけられて絶望したって仕事は待ってくれない。


 私にとって救いだったのは、海外勤務の内示を受けていたこと。

 認めてもらえているということだし、期待してもらえているのは分かっているから、推薦してもらえて嬉しかったけれど、正直魅力を感じていなかった。


 でも、今の私にとっては願ってもないことだ。

 唯華ちゃんの近くにいるのは辛すぎる。


「おはよう、って田中、どうした? 顔やばいけど」

「顔やばいのはいつもです」

「あ、間違ったわ顔色。田中が顔やばいなら俺はどうなんだよ?」

「主任は目つき悪すぎますもんね」

「人殺してきました? って感じですよね」

「ほぉ……そうか。お前らはそんなに仕事がしたいのか。これ、明日までな」

「「ちょ……明日ぁ!? 無理ぃ!!」


 先輩たちの悲鳴を聞きながら、今日もここは平和だな、と少し元気が出た。


「田中、大丈夫か?」

「あー、まぁ…? ちょっと昨日の夜の記憶ぶっ飛んでて」

「なに? 旭飲みすぎたの?」

「そんなとこです。さ、今日から死ぬ気で働くぞー」

「え、旭、忙しすぎて遂におかしくなった……?」

「え、俺のせい? 仕事振りすぎ?」


 上司と先輩の心配そうな視線には気付かないふりをして、席についた。唯華ちゃんのことを考える暇なんてないくらい、仕事をしよう。

 周りから驚かれるほどのやる気を出した私は、会社に住んでいるのか、と言われるくらい仕事漬けで、併せて海外生活の準備も始めた。


 もしかしたら結婚式に出なくて済むかも、なんて思っていたけれど、残念ながら赴任日より結婚式の方が先だった。


 結婚式が終わり次第、本格的に海外で生活することになる。本当なら結婚式なんて出たくないけど、仕方がない。



 ひたすら仕事に没頭し、赴任の準備や引き継ぎで忙しく過ごして迎えた結婚式当日、ウエディングドレス姿の唯華ちゃんは、言葉に表せないくらい綺麗で、気づけば涙が溢れていた。


 こんなに苦しい事って今後あるのかな……

 もう一度あの日に戻れたのなら、絶対に"分かった"なんて言わないのに。



「兄さん、改めておめでとう。こんなに綺麗な人、幸せにしないと全人類から恨まれるからね」

「全人類……すげぇな。もちろん、幸せにする」

「……うん」

「海外生活、頑張れよ」

「はは、頑張ってくるわ」

「え、海外……?」

「あぁ。旭は海外転勤が決まったんだ」

「じゃ、私は行くわ。兄さん、唯華さん、お幸せに」


 最後に唯華ちゃんの目を見て、一生に一度の姿を目に焼き付けた。再会してから、きちんと目を見たのはこれが初めてかもしれない。私だけを真っ直ぐ見つめてくれる眼差しが大好きだった。

 これ以上幸せいっぱいな二人を見ているのも辛いし、説明は兄に任せよう。


 はー、これで本当に失恋、か。きっとこの胸の痛みも、時間が解決してくれる。辛いのは今だけだ。頑張ろ。




「旭! 旭! 見てくれ、これ!!」


 呼ばれて振り向けば、現地スタッフのオリバーが笑顔でスマホを見せてくる。そこには可愛らしい女の子が覚えたての言葉を話している姿があった。


「うちの子がな、パパって呼んでくれたんだ」

「おー、おめでとう!」

「ほら、可愛いだろう?」

「金髪碧眼の美人さん! あれだね、オリバーじゃなくて奥さんに似てよかったね?」

「その通り! うちの奥さんは誰よりも美人だからね!」


 え、そんなに嬉しそうに肯定するの??


「いや、冗談のつもりだったんだけど……?」


 こっちの人は愛情表現がすごいよなぁ……


「子供はいいぞー」

「知ってる。うちの姪っ子も天使だから」


 現地スタッフとも親しくなって、忙しいけれど充実した毎日を過ごし、早いもので海外生活も3年が経過した。

 海外生活をしている間に、唯華ちゃんは子供を産んだ。兄にそっくりな女の子。今は2人目を妊娠中らしい。


 両親と同居しているから、一時帰国で実家に行った時に会ったけれど、戻りたく無くなるくらい可愛くて、別れが辛かった。

 兄と私は血が繋がっているわけで、兄の子供ということは、私とも血が繋がっているということで……しかも好きな人の子供。可愛くないわけが無い。


 唯華ちゃんもすっかりママの顔で、まだ胸は痛むけれど、穏やかな気持ちで向き合うことが出来ていると思う。こうやってこのまま思い出になっていくんだろうな。



 2人目も無事に産まれて、両親はもうでれっでれで、頼む前に写真を大量に送ってくるからカメラロールは姪っ子と甥っ子の写真でいっぱい。

 毎日送られてくる姪っ子と甥っ子の写真は私の癒しになっている。


【拓真と唯華ちゃんが離婚することになった】


 ……は?

 今日はなんの写真かな、とウキウキしながらメッセージを開いたのに、そこに表示されたのは写真ではなかった。


 どういうこと?? 離婚?? お母さん、情報が足りないよ……


「もしもし? これ、どういうこと??」

「拓真が不倫してて……」

「はぁ!?」


 唯華さんと結婚しておきながら、不倫?

 経緯を聞けば、怪しい行動が目立つようになって、調べたら発覚したらしい。


「拓真は追い出すから」


 冷たすぎる母の声に、悪いのは兄なのに私までゾクッとした。怒ると本当に怖いんだよな……


「あ、そうなんだ……」


 唯華ちゃんは引き続き実家に住むってことでいいのかな? 唯華ちゃんが自分の実家に帰るにも、お兄さん夫婦が同居しているって言ってたもんね。


「唯華さんは?」

「一人暮らしをする、って言っていたんだけど、悠真も産まれたばっかりだし、もう少し2人が大きくなるまでは残ってもらうようにお願いして、一応は納得してくれた」

「そっか……」


 幼い子供を抱えての一人暮らしは大変だし、実家に残ってくれて良かった。

 それにしても、兄は馬鹿なことを……幸せに暮らしているから諦めたのに、こんなんじゃ私が幸せにする、って思っちゃうじゃん。


 近ければすぐに会いに行くのに、距離がもどかしい。帰国した時にも実家にいてくれてるなら、気持ちを伝えてもいいのかな……任期通りならまだ2年あるけど……


 受け入れて貰えなかったとしても、傷ついている唯華ちゃんを支えたいし、なにか手助けをさせて欲しい。

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