第2話⑧ 遠い親戚?

「わ、悪かったよ。ごめん。機嫌直してくれって」


 いや、俺のどこが悪いのかわからんけど。

 だが、女子がこうなってしまった時はあれこれ言い訳するよりも素直に謝ってしまったほうが楽だと、今の俺は知っていた。主にどこかの小悪魔JKのせいで。


 ……でも、こういうやりとり、なんだか本当に痴話喧嘩みたいじゃないか。

 なんて気色悪くて自意識過剰なことを考える。


 その俺の平謝りに効果があったのか、神楽坂は「はあ」と息を吐きつつ視線を戻してくれた。


「別に怒ってないわよ。……それで? 今さらだけどなんであなたが今日ここにいるの? すっかり私やゼミのメンバーの事なんて忘れて、大学時代を過去に葬っていた桜坂光輝さんが? こんなところに何の用があるのかしら?」


 ……全然怒ってるじゃん。

 ていうか、神楽坂ってこんなキャラだったろうか。昔はもっと冷静で理知的だったと思うんだが。

 ……こんな、可愛らしくて女子っぽい態度を取る奴じゃなかった気がするんだが。


 そして、この質問は今の俺にとって触れられたくないアキレス腱を突いたもの。

 ……というわけではなく。

 

 俺は脳内に何度も書き込んだカンペの文章を海馬のメモリから読み出し、そのまま口に出す。


「実は、この連休中に遠い親戚の高校生が遊びに来てるんだよ。受験のモチベーションを上げるために、うちの大学を見学したいって言い出してさ。それで連れてきてるんだ」


 何かあってもいいように、幾度もシミュレーションを重ねた言い訳だ。ゆえに、動揺することもなくスムーズに言葉になってくれたはずだ。

 ……まあ、本当に使うことになるのは想定外だったけど。

 その相手がまさかこいつだとは夢にも思わなかったけど。


 しかし、神楽坂は納得しかねるのか、ジト目で俺を睨む。俺の表情から何か情報を読み取ろうとするかのように。


「ふーん……。遠い親戚……ね」

「な、何だよ。その奥歯に物が挟まったような言い方は。てか、引っかかるポイントおかしいだろ」

「それって女の子?」

「な、なんで性別を限定するんだよ。そんなの、どっちでもいいじゃんか」

「しかもすごい美少女? 光輝には全然似てない?」

「いや、だから……!」

「茶髪のミディアムヘアーでアクティブそうな子?」

「は、はあ?」

「それとも案外、長い黒髪の子かしら。こっちの子はかなり大人びて見えるけど」

「おまえ―――――」


 そこまで言われてようやく、神楽坂が俺の背後に目にしているものに気づき、ハッと後ろへ振り返る。


「光輝くん。まったく、いつまで待たせるのよ」


 腰に手を当て、ぷりぷりと怒っている日菜さんと。


「……すみません、お話中のところ。光輝さんのこと、心配になってしまって」


 恐縮したようにペコリと頭を下げる結月さんが立っていた。



 ×××



 ~Another View~



『実は、この連休中に遠い親戚の高校生が遊びに来てるんだよ。受験のモチベーションを上げるために、うちの大学を見学したいって言い出してさ。それで連れてきてるんだ』


 光輝の、あらかじめ準備していたかのような、逆に不自然なくらいに淀みのない答え。

 それをいまだに木の陰で聞いていた日菜は。


「へえー。ねえお姉ちゃん、聞いた? あたしたち、光輝くんの遠い親戚なんだってさ」


 めちゃくちゃ不機嫌そうにぼやいた。


「し、仕方ないわよ。普通に考えて、そのくらいしか他の人に説明のしようがないもの。……私は話題にさえ出てないけど」


 結月も、表面上では理解を示しながらも、不満を隠し切れていない。


「はあ……なんかバカらしくなってきた。そもそも、なんであたしたちがこうやってコソコソしなきゃいけないの」


 イライラを募らせていた日菜は、物陰から足を一歩踏み出す。


「ちょ、ちょっと日菜!? 見つかっちゃうわよ!?」

「……別にいいじゃん。なんたって、あたしたちは“親戚”なんだからさ。隠れる必要なんかないでしょ」


 一足先に通りに出た日菜が、身を隠したままの結月のほうに振り返り、冷めた口調で言う。


「ま、待って。だとしても、邪魔はしないほうが……。電話で呼び出せばいいじゃない」

「……イヤだよ。光輝くんが未練タラタラっぽいあの人、どんな人なのか興味あるし。からかってやんなきゃ。“親戚”としてさ」


 台詞とはまるで合っていない真顔のまま、日菜は堂々とした足取りで二人の下に向かっていく。


「……“家族”なんじゃなかったの。日菜」


 後を追う結月のその小さな囁きは、春の日差しに溶けていく。



  ×××



「「「「………‥」」」」


 三者三様……いや、四者四様の沈黙がこの場を支配し、そして互いに忙しなく視線が行き交う。


 ……なにこれめっちゃ気まずい。

 ていうか、どうする?

 確かに二人のことを対外的に説明できるように様々な詭弁を考えてはあったが、“親戚”という設定は二人にはまだ言っていなかった。

 特に、結月さんはともかく、日菜さんは俺たちの関係性をごまかすのを嫌がっている。

 

 それに、逆に神楽坂のことは二人になんて説明する?

 ……いや、アホか俺は。ただの大学時代の同級生だろうが。それ以上でもそれ以下でもない。

 どれだけ動揺してんだよ。

 ……どれだけ、舞い上がってんだよ。


 そんなテンパっている俺をよそに、この静寂を破ったのは。


「ねえ光輝くん。この人、どちらさま? なんだか盛り上がってたみたいだけど」


 やはり、コミュ力に長けた、明るくて活動的な妹だった。

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