第2話⑥ ドタバタランチタイム

「うーん、このオムライスおいしー! 特にこのホワイトソース!」


 日菜さんが、まさにほっぺが落ちそうという表現の通りに、緩み切った表情で歓声を上げた。


「白いオムライスって珍しいですよね。でもとっても美味しいです」


 結月さんも気に入ってくれたようだ。上品にスプーンでチキンライスをすくい、口に運んでいる。

 

 ……ふう。


 俺は心の中だけで息を吐いた。女子と食事する機会なんてまったくないから(例の先輩はノーカン。色んな意味で)、どんなジャッジが下されるのか正直なところ気が気でなかったのだ。特に日菜さんはそのあたり厳しそうだしな。さっきもエスコートうんぬん言ってたし。


 若い子に「ださーい」「オジサンくさーい」「無理しちゃってイタい……」とか言われたら、三日は寝込むこと請け合いだ。


 俺は、とにかく対女性に自信が持つことができない。


 そんな俺の緊張をよそに、結月さんが柔らかい笑みを浮かべている。


「光輝さんが頼んだのは普通のケチャップのなんですね。そっちもシンプルで美味しそう」

「え? ああ。そのホワイトソースのやつは前に先輩の来た時食べたから。だから今日は……」


 その先を言う前に、今度は俺の手元をジーっと見ていた日菜さんがぼそりと言った。


「オムライスに加えて、ハンバーグにエビフライのプレートセット……。カロリー高くない? 太っちゃうよ?」


 う……痛いとこ突くな。でも、せっかくこういう機会なんだからいいじゃないか。毎日仕事に明け暮れるリーマンの小さくも確かなご褒美。独身男の楽しみなんてマジで上手いもん食うか、ガチャでSSR引いたときか、休日に昼まで惰眠をむさぼるくらいしかないんだぞ。


 ……それとも、あれかな。俺も今日結構浮かれてる?


「だ、だってうまそうじゃん。それに、実は前来た時もちょっと気になってたんだけど、頼んだら例の先輩にからかわれそうだったし……」

「ああ、その先輩さんの気持ち、すっごくわかる。光輝くんって、なんか舌がお子ちゃまっぽいなーって、あたしもたった今思っちゃったもん」


 日菜さんは吹き出すのをこらえている。


「な、なんで笑うんだよ。何歳だろうがハンバーグもエビフライも好きでいいじゃんか」


 つーか、この辺のメニュー嫌いな奴なんてそうそういないでしょーよ。


「でも、今回は私もそう思います。光輝さん、なんだかかわいいです」


 結月さんにまでクスクスと笑われてしまった。何だよ、もう……。


「でも、カロリーはマジで気を付けたほうがいいと思うよ。さっきベッドでちょっかいかけた時も、少しお腹回り怪しかった気がするし」

「え、ちょ、ちょっと日菜さん……!」

「あはは、ごめんごめん。さすがに今のはちょっとひどかったよね。大丈夫、見た目はまだわかんないから!」

「や、そういうことじゃなくて」


 体型の件で逆セクハラを受けたことが問題なのではない。いや、これもわりとショックではあるんだけど。

 

 でもそれより……。


 心なしか、今の日菜さんの発言でいくつかのテーブルから胡乱な視線を向けられた気がする。声結構デカかったし……。

 やばい。さっきマスターに釘を刺されたばかりなのに。


 ち、違うんです。彼女たちとやましいことなんか何も……。あれです、あれ! 俺はこのアイドル姉妹のマネージャーなんです!

 

 俺が心中だけでソシャゲの設定のような土下座外交を展開していると、その隙を見た日菜さんが屈託のない笑顔のまま、


「というわけで、体重が心配な光輝くんのためにあたしも手伝ったげる!」

「……は?」


 何を言うよりも早く、彼女はひょいと俺のプレートに乗ったエビフライにフォークを突き刺し、その小さな口で一口ぱくり。


「へ」


 思わず絶句した。あ、あれ? お、俺のエビフライさん……?


 そのさすがに勝手な振る舞いに、結月さんが怒りの声を上げた。


「ちょっと日菜!? 何やってるのよ!」

「一口もらっただけだってー。それに、光輝くんが美味しそうに食べてるのみてたら、あたしも欲しくなっちゃったんだもん」


 悪意など一切なく得意げにしている日菜さんによほど頭にきたのか、結月さんのボルテージは下がらない。


「だからって……! いくらなんでもやっていいことと悪いことがあるでしょ!? ほ、本当にすみません……! 今朝からずっと、この子が失礼なことばっかり……!」


 結月さんが恐縮したように何度も頭を下げてくる。まるで姉というより母親だ。


「ちょ、ちょっと結月さん!?」


 いや、謝ってくれるのは嬉しいし正しいが、これもこれで外聞が極めて悪い。また周囲の客の視線が鋭くなった気がする。

 そしてそんな姉を見て、さすがに日菜さんもバツが悪くなったのか、


「ご、ごめんなさい、光輝くん。さすがに調子に乗りすぎちゃった……」


 と神妙に謝ってきた。


「う、うん、ありがとう。俺は平気だから。だから二人とも顔上げて、ね?」


 このままじゃ俺が警察に通報されてしまう。そんなことになったら手首が後ろに回ること必至だ。

 そんなこんなで俺は必死にジェスチャーをするのだった。


 ×××


「まったくもう……。日菜、光輝さんはせっかくのお休みなのに、私たちに付き合ってくれてるのよ? 今日中にきちんと何かお詫びをすること。いい?」

「はーい……。ううっ……」


 その後10分はこってりと絞られた日菜さんはすっかり意気消沈した様子。


 しかし、ここでめげないのが彼女である。

 日菜さんは何かを思いついたようにパッと顔を上げると、


「あ、そうだ。だったら、光輝くん、今ここで早速お詫びさせてもらうね?」

「へ? 別にいいけど、ここで何を?」


 俺の答えに気をよくした日菜さんは、自らの白いオムライスをスプーンですくい、


「はい、どうぞ。あーん」


「……え?」

「……えっ?」


 ぷるぷる弾力たっぷりのオムライスを俺の口元に差し出していた。

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